第2話 先生と呼ばれる研究者。
彼女の話を続ける前にこの世界についてお話しさせていただこう。
僕らが生きているこの世界はロイネ二四三年で今は丁度氷の葉が舞い降りる季節だ。
寒い時期といってもほとんどの街は一つの大きな透明な屋根の下にあり、氷や雪が降っていようともただ綺麗だなと思うくらいであり、ましてや寒さなんてほとんど感じることはない。
むろん、外がどんな極寒地獄であろうとどんな灼熱地獄であろうとこの透明な屋根の下であれば快適すぎるくらいの生活を送ることができる。
ロイネ二四三年とはちょうど二四三年前に大きな戦争があり、文明、いや世界が一瞬で滅んだとされている。
それでも生きていた人やAI達がどうにか頑張り二四三年かけてここまで復興させた。
とされている。
どうやら戦争前は人口の九割を人間が占めており、残りの一割をAIが占めていたらしい。
現代……そう、ロイネではちょうどその真逆の比率なのである。
戦争前の世界ではAIと人間の比率がアンバランスであるのにどうやって動いていたのか?その世界自体はいったいどのようなものだったのか?どのような生物がいて、戦争はなぜ起き、実際世界が一瞬で滅ぶほどの兵器とはなんだったのか?など
これら多くの疑問について現在まで我々にはほとんどわかっていない。
過去の文明についての資料は戦争でほとんど残っておらず、我々は「他に手掛かりはないのか?」と探していた。
そんな時彼女に出会った、そうだ。
彼女はどうやら戦争前世界屈指の高性能AIとして制作されたらしかった。
そのおかげで、多くの生物たちが一瞬で滅んだあの戦争を耐えロイネの世界で生きている。
政府は「彼女は過去の世界を探る最後の手がかり」だとし、彼女からどうにか戦前の記録を入手しようとした。
これで過去の文明、そこで生きる生物や様子、文化、そして戦争について様々なことが解明できるとまるで地獄に垂れる蜘蛛の糸に群がるように一筋の希望を見出した。
ただそんな政府の希望とはうらはらに彼女のデータは損傷が酷かった。
もちろん全てではなく、それでも"一部を除いて"損傷が激しかった。
目の前に喉から手が出るほど欲しいものがあるのにも関わらずどうすることもできなかった。
どうにかデータを取り出せないか?と悩んだ政府は直属の研究員たちにデータを渡した。
破損の激しいデータを渡された研究員たちは諦めることなくとにかく少しずつ少しずつデータを解析していった。
そんな時にまたもや問題が起きた。
彼女の性能の話である。
彼女は確かに戦前の世界でこそ高性能AIだった。
しかし、今このロイネの世界では骨董品かと思うほどのまさに過去の遺物である。
どう考えても当たり前であることではあったが問題はここからだ。
世界が一瞬で滅ぶほどの戦争を耐え抜き、かつ世界最古のAI。
至極当然ではあるがメンテナンスが必要であると言う結論が出た。
メンテナンスではデータに直接関係のない部分は、現在では普通に使用されている部品に交換された。
だが困ったことに、彼女にとって心臓に当たるバッテリー部分がどうやらとても重要らしく、以前バッテリーも他の部分同様新しいものに取り替えようとしたところデータが破損しかけた事件が起きた。
あくまで未遂であり、データ自体は無事であったが政府はこのことから彼女のバッテリーを取り替えることを全面禁止にした。
バッテリー部分やその他データと直接関わりのある部分は昔のままな彼女の命は一週間で尽きてしまう。
それこそが毎週土曜日きっかり足繁く僕が彼女に会い行く理由である。
僕は毎週彼女の命が尽きるのを見届けた後変えのバッテリー交換と一週間分のメモリーの回収をするのが仕事だ。そう、僕は政府直属の研究員なのだ。
これを政府直属の研究所へ持って行き、メモリー内のデータや毎週彼女にとらせているレポートを読み記録し、過去の世界への手がかりを見つけようとしている。
そう、これが本来の僕と彼女の関係である。
研究者と被験者。ただそれだけだ。
僕が最初この仕事に興味を持ったのは単純にAIが一割しかいない世界がどのように動いていたのかに興味を持ったからだ。
AIが少なくても回る世界に興味があった。
「だって、AIが少ないんだぞ?」そんな世界がうまく機能していたなんて不思議でたまらなかった。
僕はAIとして生まれた。
AIは人間に比べ優れている。
それは頭脳がどうとかそういったことではなく、怪我をしてもすぐに治すことができる。ゆえに、単純に人間に比べ寿命が長いのだ。
人間よりも一生が長いのだから、たくさん興味のあることややりたいことができる。それはとても素晴らしいと思った。そして、僕はこの考えを一度たりとも疑ったことがない。
僕らAIが多い割合で世界が回るのは当たり前だと思った。
なぜなら、僕が生まれた頃はもう既にそういった世界だったからだ。
なにせ、ロイネが二四三年経っている中僕はこの世に生まれ落ちて二六年しか経っていないのだ。
僕らAIの一生は大体二〇〇年とされている。これはいわば平均寿命というものだ。
AIの死とは一体いつなのか?それは、僕らの体に使われているパーツの生産が終了するときだ。
怪我をしても変えがない。その時初めてAIは死を覚悟する。
それがこの世のAIの運命なのだから。
AIに比べやはり人間がどんどん少なくなっている。
もちろん政府も人間の減少に対し危機感を覚えどうにか人間という生物を存続させようと必死である。
ただ、人間を増やすのはそう簡単ではないのも事実である。
人間を増やすには人間と人間から子供が生まれないといけない。
では、人間とAIの間に生まれた"モノ"はどうなるのか?という疑問に対し答えはAIになる。
この場合のAIは親である人間のDNAとAIのデータを複合しできたAIである。
もちろん、AIとAIの間にできた"モノ"は言わずもがなAIである。
これらのことから政府はなんとかして人間同士がパートナーになることを望んでいるようだが、僕からしてみればまるで興味がない。
人間とAIにほとんど違いはないし、AIにだってプログラムされた感情がある。
人間だって、最初親から教わる感情があるだろう。
だから、僕は人間がいなくなろうとAIがこれ以上増えようとさほど興味はなかった。
そんなことより、ほとんどAIのいない過去の世界がどのように繁栄し、そしてどのようにして一瞬で終わりを迎えたのか?の方が気になって仕方がなかった。
これは、いわば考古学者に近いことだと思う。
かく言う、この"考古学者"というのも彼女のデータから得られた過去の情報だ。
僕はこの響きが大好きなので使っている。
昔のことを知ろうとする者のことを考古学者と言うらしい。
過去の世界に考古学者と言う言葉があったというのは僕にとって過去の世界であるその世界よりも過去の世界があると言う何よりの証拠であった。
過去の世界よりも昔に世界があっただなんてそれはもう興味の対象でしかない。
まぁ、そんな感じで僕は政府直属の研究者になった。
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