第57話 二人目のこだま憑き

 男は、目ざとく武たちをみつけると、立っている場所から、飛び降りた。

 男が降り立つと、地面がゆれ、武と茂のところまで振動がとどいた。小さな地震が起きたようだった。

 男は、眼をぎろりと光らせた。

「俺と、勝負をしろ!」

 男の手に、白銀に輝く長い刀があらわれた。


「何者じゃ?」

 年寄りのだみ声に、武は振りむいた。

 茂が、またも偽庵に変化していた。同じくらいだった背の高さが、武の顔の半分くらいまで縮んでいた。そのかわりに、身体の太さは、倍ぐらいに膨張している。


 男は、眼をぎょろりと動かした。

「俺は、土方歳三という。――立ち合え!」

 男のどら声といっしょに、手に持った霊刀がゆれた。その刀も、戦いを欲しているようだった。


「お主も、こだま憑きか?」

 偽庵が、問うた。

「お前もだろう?」

 土方がニタリと笑う。

 と、いきなり土方が突進してきた。霊刀を、激しい勢いで突いてきた。


 ――ひゃっ!

 声をあげながら、それを武はよけた。眼のすみに、身を沈めて駆けだす偽庵が映った。


 偽庵の手にも、一瞬で霊刀があらわれた。

 土方は、武を突いた刀を、偽庵に向かって横にすべらせた。

 偽庵は、足を大きく広げ、尻が地面につくぐらいしゃがみ込み、刀を避けた。

 相手の刀が、紙一重で頭上を通りすぎると、偽庵は、足を広げたまま、すり足で土方により、ひねった身体から、神速の一撃を放った。が、左斜め上に切り上げた刀は、何の抵抗もなく上に突き抜けた、


 ななめに駆け抜けた土方は、これもまた紙一重で、偽庵の一撃を避けたのだ。

 土方は、片足に強い力を込めて止まり、刀を振りぬいたばかりで、体勢の崩れた偽庵に、肩からまわすように振り上げた刀を、全力で振り下ろした。

 偽庵は、右足を軸に半回転して、土方の刀を受け止めた。肩から腹にかけて鈍い衝撃が走る。一瞬吐き気がした。


 続けて、最小の軌道で、土方の突きが幾度も幾度も襲う。

 偽庵は、臆することなく、突きをはねのけ、かわすと、土方に突進した。

 土方は、ちょうど次の攻撃のために、肘をまげ、刀を引いたところで、反応が遅れた。

 偽庵は、土方の刀をつかんだ手に、自らの刀を垂直に立てたまま、激しく体当たりした。身体を当てただけでなく、ぐいぐいと押した。

 土方は、叫び声をあげ、身体をとばされながら、刀を投げつけた。


 ――あぶない!

 後ろに控えていた武は、茂の前に飛び出そうとした、が、すでに、偽庵は、姿勢をかえて、避けていた。


 偽庵は、右手で刀をつかむと、遠くへ放り投げた。投げられた霊刀は、すっと消える。 

 偽庵の手からも、刀が消えていた。偽庵の激しく息を吸い込むひゅうう、という音が、かすかに聞こえた。

 偽庵は両手を軽く握り、素早いすり足で、土方にせまった。


 突き飛ばされ、頭と肩を激しく打ったはずの土方は、何事もなかったかのごとく、飛び跳ねるように立ち上がった。

 血走った眼をして両手を前に伸ばし、突進する。


 偽庵は、背が低い、腕も短い。土方の突進をとても止められないようにみえる。

 土方の両腕が伸び、偽庵の顔に触れる寸前、ぽん、ぽん、と右腕、左腕ともに軽くはじかれた。


 偽庵の身体が沈む。右手が、土方の膝を平手で叩いた。土方が前にのけぞる。今度は、ごん、ごん、という音。偽庵の左手が、瞬間的に、胸と、あごを打ったのだ。

 あごを打たれ、空を見上げる形になった土方は、口から泡を吹き、そのまま膝を突き、前のめりに倒れた。


 偽庵は、その前に立ち、しばらく腰をかがめ、構えをとかなかった。

「大丈夫か?」

 武が後ろから近づくと、偽庵の身体がすっと伸びた。


「これは?」

 茂の声だった。土方と名のった倒れている男をみている。

「偽庵が――僕がやったの?」

「ああ、そうだ。激闘だった」  

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