第56話 郷土史家
「ご先祖が残した記録が、あるのですか?」
「ああ、会のメンバーのなかには、奈良、平安時代からの系図が残っている家も、あってな……」
斎藤は、自慢げに胸を張った。いかり肩をさらに上にあげ、身体を大きくみせている。
「わしの家にも、平安末期からの、系図が残っておる」
「古文書のようなものが、あるのですか?」
「さよう……分厚い和紙をたばねた文書記録が残っておる。そのなかに〝こだま憑き〟という、霊魂にとりつかれた人間、あるいは、自分から霊魂をとりつかせた人間のことが、でてくるのじゃ」
「そのような古文書は、いくつもある?」
「そうだな。30人近い会員のなかで……儂が聞いているだけでも、6人の者の家に、そうした文書が残っている。……じゃが、古文書を持ちながら、隠している者もいると、儂はにらんでおる」
古文書のなかに、藤原さんが行ったような〝こだま〟を呼び出す儀式の書かれたものがあるかもしれない。
「難しいかもしれませんが、どうにかして、その文書を、みせてもらえませんか?」
「儂の一存では、なんとも……。今度の定期会合で、話し合ってみないことにはな……」
ためらう斎藤をみて、茂が口をはさんだ。
「あのう……その会合に参加させてもらうわけには、いけませんか?」
斎藤は、眼を見開いた。
腕組みをして、何回か、首を振った。
「儂は、かまわないんじゃが。会のなかには、気難しいやつもいての。会合に、一切部外者を入れるな、といい張るやつもいるのじゃ」
結局、最後まで斎藤さんを説得することができなかった。
会への参加は許してもらえなかったが、〝こだま憑き〟に関しては、それとなく訊いてみるという約束はしてくれた。
〝こだま憑き〟の存在を信じてくれただけでも、良しとしなければならないか。
武の故郷の街でも、実際に〝こだま憑き〟をみた者しか、信じてくれなかった。その時、経験を共にした幼なじみとは、今でも、その頃のことが話題にのぼり、ふたりで悔しがっている。
斎藤家を出て、10分ほど経った頃だろうか、前を歩いていた茂が、ふいに立ち止まり、武は、茂の背中に衝突した。武のほうが背が高いので、茂が転びそうになった。
「おい、あぶない!」
武は大声を上げ、転びかけた茂の上腕をつかんだ。
「――あれ(をみろ)!」
茂が、前方にたたずむ人影を指さした。
ちょうど住宅地のはずれに出たところだった。
道の両側に、建築中のまま放置されている家屋があって、右の家屋から細い坂道が、武たちの今通っている道までくだっている。
太い角材が埋めこまれ階段状になった、その坂道の途中に、2m近い身長の男が立っていた。
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