第52話 田原の藤太

 武は、息をのんだ。ひと言も聞き逃すまいと、身構えた。


「〝こだま憑き〟というのは、非情に強い魂を持った人間――英雄や偉人と呼ばれる人たち――の魂が、死んでからも、この世に幾分か残って、そいつが、現世の人間に取りついてしまう。取りつかれた人のことを、そう呼ぶそうだ……」


「俺も、何度か、その呼び名を耳にしたことがあります!」

 岩瀬は、息をはずませた。


  武は驚いた。岩瀬は、知っていたのか。本当に、オカルト研究にはまってるんだ。

 以前の事件のとき、心霊現象の解説書などを読みあさったが、〝こだま憑き〟が載っている本はなかった。だから、武の故郷だけのローカルな現象で、他の地方の人間には知られていないと思っていたのだ。


「この世に残った、偉人たちの魂の残響が、波長の合う人間に取りつく……山で叫ぶと、幾つも幾つも、叫び声が反響してゆくように、何十年、何百年にも渡って反響し続けて、残っていく魂のかけら――だから、それを〝こだま〟と呼び、取りつかれた人間を〝こだま憑き〟というらしい」

 藤原は、自分でいれたお茶をひとくち飲むと、頭をかいた。


「祖父の手紙には、〝こだま〟を呼び出す方法が書かれていた。呼び出したあと、運が良ければ、身体のなかに〝こだま〟を留めておけることも……。〝こだま〟を持った者は、強い力を得られて、幸運がもたらされると。――いまでも、なぜ、そんな非現実的なことを信じたのか、わからない。――とにかく、そのときは、手紙の内容を信じたんだ」


「愚かな……。みずから、他者の霊魂を取りつかせるなど、悪霊、怨霊のたぐいであったら、どうするのじゃ」

 武は、驚いて茂をみた。口調が、〝こだま憑き〟の状態のときに戻っている。まさか、また、友松と名のった男が表に出てきたのだろうか?

 岩瀬も、年寄りのような茂の声にとまどっている。

「松田? どうした?」

「マツダ? 誰のことじゃ? ……わしは、友松偽庵と申す」


「人のことを、悪霊だの、怨霊だの、ひどい言い方をされるのだな。われは、藤原秀郷と申す。これでも、坂東武者のはしくれである」 

 藤原の口調も、ふいに変わった。

 岩瀬が茂をみたり、藤原をみたり、首をさかんに動かしている。

 

 武は、藤原の〝こだま〟が表に出てきたのだと思い、慎重に声をかけた。

「悪霊だなどと、思っていません。あなたのことを、聞かせてください」

 藤原は、身体がひとまわり大きくなった。特に首が太く、丸太のようだった。

 武にうなずいて、話し始めた。

 

 友松偽庵(茂)も興味を持ったのか、口をはさまず、耳をかたむけている。


 藤原は、大きく口を開け、笑った。

「本当に、われのことを知らぬのか――。坂東の者ではないのか?」

「俺たちは、大阪よりさらに西の方から、来ているんです」

 伝わるかどうか、不安に思いながら、武は答えた。


「われが、大ムカデを退治したことを、聞いたことはないのか?」

 岩瀬が、大声をあげた。

「――思い出した! あなたは、田原の藤太だ!」

 藤原は、さらに大きく口を開け、笑いながらうなずいた。

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