第53話 伝説

 武は、田原の藤太って誰だ? と思ったが、話の腰を折るのは嫌だったので、黙っていた。


「本当に、大ムカデを倒したんですか? 単なる伝説だと思ってました」

 岩瀬が、困惑した声を出した。

「われが、うそを申しているというのか?」

 藤原は、心外だとばかりに、大声をあげた。


「いや、嘘だといっているわけでは……。今の時代には、大ムカデなど、いないものですから。……なあ、そうだろ?」

 岩瀬は、武に同意を求めた。

「ええと、確かに、みたこと、はないかな」

 武は、急に話をふられても困ると思いながら、何とかこたえた。


「あたりまえじゃ。大ムカデが誰にでもみつかるほど、たくさんいたら、大変じゃ。――わしとて、一匹しかみたことはないぞ」

 偽庵が、口をはさむ。


「みたこと、あるんですか!?」

 岩瀬と武が、同時に叫んだ。

「おおっ、お主も、大ムカデと戦ったのか?」

 藤原が、嬉しそうに訊く。


「昔、若い頃じゃ……。旅の途中、山奥の深い谷のそばにある村での……。村の若い衆の手助けをして、大ムカデを倒したのじゃ。村人が幾人も噛み殺されての……。小さな村じゃったから、放っておくと、村がひとつ無くなるところじゃった」

 偽庵は、遠くをみるようなまなざしでかたった。


「わしが退治したのも、深い谷底に住む奴であった。国境くにざかいの、そこを通らねば、隣国に行けぬ谷と谷のあいだの道を旅人が通ると、谷底から出てきて、襲って噛み殺し、谷に引きずり込んでおった。……死体をみつけたが、ひどい有り様であった。……体液を吸われてのう。ひからびたカエルのようであった」


「伝説では、矢を射て、倒したとか?」

 岩瀬は、どうやら信じることにしたらしく、藤原に、続けて話をするよう、うながした。


「おお、よく知っておるな。家に代々伝わる破魔の矢を用いて、大ムカデの頭と尾を射貫き、矢でもって地面に縫いつけ、たやすく動けぬようにしてから、木こりたちとともに、ムカデを切り刻んだのだ。節と節の間が柔らかいのは知っておったから、そこに斧を叩きつけた。――おもしろいように、切れての。……いきおいにまかせて、バラバラにしたのはよいが、切り口から、ひどいにおいがして弱った。ムカデの死骸は、証拠にする節をひとつだけ残して、あとは焼いたんじゃが。……しばらく、身体からムカデのにおいがとれなかった。わしの家の者たちときたら、薄情にも、においが消えるまで、わしから逃げまわっておった。こっちも嫌がらせで、わざと追いかけまわしたりしての。――いや、楽しゅうござった」

 藤原は、思い出しながら、豪快に身体をゆらして笑っている。


 武は、昔の日本には、そんな怪獣まがいの生き物がいたのかと驚いた。茂に偽庵が憑いているのを忘れて、太古の巨大生物が残っていたのかもしれないな、と声をかけた。


 偽庵は、首をふった。

「太古の生き残りではござらぬ。年をとったムカデに、強力な何かが取りついたのじゃ。わしは、悪霊じゃと思っておったが、お主らの話を聞いてから、その〝こだま〟というものではないかと考えたのじゃ。人間だけではなく、動物――ムカデ――にも〝こだま〟があるのではないか? 人間に恨みを持つムカデの〝こだま〟が憑いたのではないかと思うのじゃ」

 

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