第44話 接触
「よし、行こう!」
岩瀬が、それぞれ散らばって柔軟運動のようなものを行っているメンバーに声をかけ、先頭に立って、歩き始めた。
その後ろに、柳原が続き、さらに、その後から、武たちと、ナギナタ女子が、ひと固まりになって続く。
武は、橋が近づくにつれて、身体がこわばってくるのを感じる。心霊の類(たぐい)は、本当に苦手だ。岩瀬は、人間のやってることだと決めつけているようだが、万にひとつ、本物の亡霊である可能性はある。
並んで歩いている茂をみると、歩きながら、やけに大きなメガネ拭きで、メガネを拭いている。ひょっとしたら、このメンバーで一番落ち着いているのは、茂かもしれない。
「ちょっと、怖いな……」
小声で、茂にささやくと、
「うん。何か、待っている気はする」
茂は、スケッチブックを用意していた。もし、本当に亡霊がいたなら、素早くスケッチしようと持ってきたらしい。今まで、スマホやカメラで写真を撮ろうとした者たちは、ことごとく失敗している。
橋の前に、とうとう来た。
亡霊の噂が広まっているせいか、ちょっと前なら、帰宅する大学の学生や講師、教授でにぎわっている時間帯なのに、橋を渡っている者は、ひとりもいなかった。
「――行くぞ」
岩瀬が、緊張でしゃがれた低い声を発した。
皆、一様にうなずくと、岩瀬のあとに続いた。話していたとおり、柳原、宮田(並んで松田)、片山、関、の順だ。
誰も何もいわず、黙々と歩いている。
橋のなかほどまで、来たときだった。岩瀬が立ち止まった。立ち止まった理由は、明白だった。
岩瀬の前、6mぐらい先に、噂どおりといっていい、落武者が立っていた。亡霊の類ではない――現実の、生身の人間だった。
歴史に詳しくない武には、わからないが、戦国時代を描いた時代劇によくでてくる、ひたすら重そうな甲冑を着ている。よろいの肩と腹の部分に、赤い液体――血を装ったモノが、返り血をあびたかのように、飛び散っている。
顔は、汗と頭頂から額にかけてしたたり落ちる赤い液体が、髭や頬を伝い、顔色の悪さも加わって、死人のようだった。
噂通りの、亡霊にみえる。が、生身の人間としての存在感があった。
「ここは、通さぬ――」
よろい武者は、腰に差した2本の刀のうち、長いほうの刀を引き抜いた。武の身長くらいはありそうな、大ダンビラだった。
刀を抜いた途端、空気が変わった。
武は、妙な息苦しさを感じた。ねばり気を持った空気が武たちをおおい、全身を締めつけてきた。
「あんたは、人間だろ! 近くから観たら、生身だってことが、すぐわかる。なんで、こんなことをやってるんだ?」
岩瀬が、震える声で問いかけた。
武は、岩瀬のことを見直した。
こんな空気のなかで、しゃべりだせるなんて、たいした胆力だ。レスリングをやっている柳原なんか、蒼白な顔で、ひと言もしゃべっていない。
そう思っている武も、握りしめたこぶしが、ぶるぶる震えている。これほどの気をみなぎらせた人間など、みたことがない。
よろい武者は、岩瀬の問いを無視した。
「ここは、通さぬ。通りたければ、我を倒して通るがよい!」
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