第42話 亡霊
武が大学の講義のあと、学食で遅い昼食をとっていると、テーブルの前に、数人のジャージを着た男女が立った。皆、卓球のラケットを持っている。
「宮田、柔道の経験があるんだって?」
講義仲間の岩瀬だった。
岩瀬は、振りむいて、仲間に何事かいうと、武の前の椅子に座った。
岩瀬の仲間たちは、卓球場に先に行ってるといいながら、学食の出口へ向かった。
「高校までだけど?」
武は、高校までで、柔道はやめたことを説明した。武の骨格や筋肉では、大学、社会人まで柔道を続けるのは無理だったのだ。腰や首、肘の痛みが今でも少し残っている。
「それで、十分だ。頼みたいことがある」
岩瀬は、武の方へ身を乗り出した。
「橋の上の亡霊。――噂は知ってるだろ?」
武は、むせた。ちょうど、定食のごはんを口にほおばったところだった。
何て、タイミングが悪い。話があるみたいだから、急いで食べようとしたのに、そこに話しかけてくるとは……。
武はものを食べながら話をするのが、苦手だった。口内に少しでも、食べ物が残っていると、うまく喋れないのだ。
食べるときは、食べることに集中したい。
「ちょい、待ち。……水、飲むから」
武は、バッグから地元の飲料水メーカーが出している、天然水のペットボトルを取り出し、ごくごく飲んだ。水を口全体に行き渡らせ、そのまま飲み込んだ。
「亡霊がなんだって?」
岩瀬は、繰り返した。
「大石川の橋のうえの亡霊。――知ってるだろ?」
武は、うなずいた。武も茂も、噂になっている橋を、昼間、よく通るのだ。亡霊が出るとされる日没の頃は、めったに通らないが……。
「今度、夕焼けの頃に、橋を渡ってみようっていう話になってだな」
「へええ。勇気あるんだな」
武は、幽霊の類は大嫌いだ。わざわざ観にいこうなんて、物好きにもほどがある。金輪際、亡霊などには、かかわりたくなかった。
「いっしょに来てほしいんだ」
「無理だ。無理! 絶対無理!」
「友達といっしょでいいからさ」
「柔道では、幽霊は倒せん!」
武は、強調した。人ではないものに、格闘技が通用するわけがない。
「俺の見立てでは、幽霊じゃないと思う。……誰かが化けているんだ」
岩瀬は、何らかの確信を持っているようだった。
「ひょっとして、観たのか?」
武は、驚いて問い返した。
「観たわけじゃない。――ただ、噂のなかでも、信憑性のあるものを、選り分けて、調べてみたんだ」
岩瀬は、前々から、心霊・超常現象に興味があって、今回の事件も、当初から強い関心を持っていたという。実際に被害にあった人にも、伝手(つて)を頼って、会いに行った。
いろいろ聞いて、亡霊のやっていることは、現実の人間が扮装してやれる範囲ばかりだと気づいた。
「唯一、剣で切りつけられたのに、傷がないというのが、不思議といえば不思議だが、何らかの錯覚を利用してるんじゃないかと……。それに、傷をつけないのは、発覚したとき、重い罪に問われないため、とも考えられる……」
「ほんとに、人間がやってるのか――?」
武は、腕組みをして考え込んだ。人間ということなら、ボディガードとしてついていってもいいが……しかし、人間じゃなかったら……。
悩む武をみて、
「タダでとはいわない。知り合いに音楽事務所の人がいるんだ。ライブチケットの欲しいのがあったら、融通するよ」
あっ。武は声をあげた。茂とライブに行こうとして、とれなかったバンドのチケットがあるのだ。そのバンドのチケットがとれるか訊くと、岩瀬は、すぐにスマホで連絡を取り、簡単にとれると、請けあった。
「じゃあ、日時を知らせてくれたら、行くから……」
武は、チケットがとれるならと、引き受けた。
「――ひとり、連れて行くけど、いいか?」
念のため、連れがいていいか確認した。
「ああ、人数は、多ければ多いほどいいからな。事件の目撃者になってもらえる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます