第33話 疑問
小夜が橋のたもとからのぞくと、怪我をしているはずの少年が、焚き木を押しのけ、開けた場所をつくり、そこにわらを敷きつめ、正座をしているのがみえた。
小夜と一緒にのぞきこんだ祖母も、驚いたようで、なんて礼儀正しい子なんだろうと、声をあげていた。
小夜は、少年が気づくように、わざと音をたてて入ってゆくと、
「横になってなくていいの?」
兄上から、心配ない、だいぶ良くなったみたいだと聞いてはいたものの、今みると、まだまだ青白い顔をしている。
あれだけの血を流したのだ。一週間ぐらい寝込んでも、おかしくなかった。
「大丈夫です。助けていただき、ありがとうございました」
少年は、正座したまま向きを変え、あくまでも礼儀正しく答える。
「あの、そちらの方は?」
あっ、そうだった。おばあさまのことを忘れていた。
「千代と申す。……ちょっと、失礼する」
祖母は、自ら名のると、少年にさっと近より、額に手を当てた。
少年は驚いたが、千代ばあさんの動きが、あまりにもなめらかで素早かったので、声をあげる間がなかった。
「熱はさがっておるな」
千代ばあさんは、今度は少年のえりから手をつっこんで、傷口を調べた。
「ふむ。傷もふさがっておる。腫れは残っているが、数日すれば、治まるじゃろう」
小夜は、無遠慮な祖母に、少年が腹をたてはしないかと、ひやひやした。
「もっと、楽にしてよいぞ」
少年に、千代ばあさんがいうと、
「大丈夫です。疲れはとれています」
あくまでも、少年は意地をはり、姿勢を崩そうとしない。
「名を教えてくれますか?」
小夜は、あらたまって聞いた。
「猪之助と申します」
少年は、少し顔を赤くして答える。
「どこから来たかは聞かぬ。どこへ行くつもりじゃった?」
少年は出自を聞かれぬことに安心したのか、行き先を答えた。
「山を越えて、伊予の港まで。伝手を探して海を渡るつもりです」
「渡ったあとは、どうするのじゃ?」
少年は、迷っているようだった。が、決心した顔で答えた。
「助けていただいた方に嘘はつきたくありません。渡ったあとの行き先は、話せません。迷惑をかける人たちがいます。あなた方も、知らない方が良いと思います」
千代ばあさんは、ため息をつくと、小夜に猪之助と話をするよう、うながした。聞かなくとも、行き先の見当はついていた。藩内の若者たちも、何か事あれば、そこへ行くのだと常々、口にしている。
「なんで、故郷を出ようと考えたの? お母上やお父上は、反対なさらなかった?」
「反対されました。父上に逆らって出てきましたから、勘当同然の扱いになっていると思います。家の者には、心配をかけますが、やらねばならぬ大事があるのです」
少年は、熱のこもった声で話している。
何をやりたいのか、薄々、察しはついた。
千代ばあさんには、家族を裏切ってまでも、それを成し遂げたいというのが、わからない。
家の三郎などが、影響をうけなければよいのじゃが……。
黒船が来てから、この国の若い者たちは、おかしくなってしまった。
「いくら、大事なことがあっても、生活のあてもないのに、家を出るの? 飢え死にするかもしれない」
少年の眼に、怒りが浮かんだ。
「この国の大事です。家や自らの命のことなど、顧みる余裕はありません」
小夜は、兄上たちと少年を比べた。兄上たちは、小夜に世の中のことを、なかなか話してくれない。
外の世界では、何が起こっているのだろう。明日も明後日もずっと、この地にとどまっているに違いない小夜にとっては、少年の考えやふるまいは、ひどく無謀に思えてしかたがなかった。
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