第9話 冴の父

「いくら、相手が刀、持ってるからって、やりすぎよ!」

 吉見冴を抱きかかえながら、美雪がどなった。

 藤吾も、蒼白な顔をした冴のそばにしゃがみ込んだ。冴は、今、立ち上がれる状態ではなかった。

 今まで、相手をしてた男は、どこへ行ってしまったのか。いや、冴のなかの、どこに引っ込んでしまったのか?

 見当もつかなかった。

 吉見冴は、美雪の腕のなかで動かず、目を閉じたままだった。


「冴!」

 道場の入り口から、叫び声が聞こえた。

 藤吾がふりむくと、白い道着を着込んだ初老の男が、駆けよってきた。

 吉見冴が、細い目をあけた。

「とうさん……」

 どうやら、冴の父親らしい。目の下におおきなくまが出来ており、両手は、冴と同じように白く細く、血管が浮き出ていた。

「おまえも、〝こだま〟が、取り憑いていたのか、気づかなかった」

 藤吾は、状況を説明し、謝ろうとしたが、冴の父が、手で制した。      

「君のせいじゃないことは、わかっている」冴の父は、心配そうに、青ざめた冴のそばにしゃがみこんだ。  


 冴の父は、別棟にいた弟子らしい数人に命じて、倒れている道場生と冴を、家の奥に連れて行き、休ませた。全員、なんとか無事なようだった。

 別室に、藤吾と美雪を案内すると、口を開いた。

「君たちは、どこまで知っている?」

 藤吾と美雪は、顔を見合わせた。

 今日起こったことも含めて、ほとんど何もわかっていない。

「わけが、わかりません」

 美雪は、いままでの事を、説明した。学校での出来事から、今日の道場での事件まで、順を追って話した。

 藤吾は、美雪のよこで、じっと冴の父の様子を窺った。


 冴の父は、うなずいた。

「〝こだま〟のことは、どこまで知っている?」

 藤吾と美雪は、同時に首を振った。

 〝こだま〟は、普通に使う意味の〝こだま〟とは、違う意味で使っているようだった。 

 冴の父は、大きく深い、溜め息をついた。組んでいる腕を一度ほどき、もう一度組みなおした。

「このことは、できるだけ、他では話さないでほしい。……話しても、信じない者のほうが多いだろうが。」

 冴の父は、上を見上げた。頭のなかで、話す内容を吟味しているようだった。 

  

「霊魂とか、魂という言葉は、君たちも、聴いたことがあると思う……」

 藤吾は、うなずいた。漠然とではあっても、〝魂〟というようなものが、人間のなかには、あるらしいと子供の頃から、感じていた。

「霊魂とよばれるものは、実はある。……人間は生まれながらにして、それを持っている。霊魂という言葉が悪ければ、一種の生命エネルギー、と言いかえてもよい」 


 冴の父は、とてもゆっくりと、噛んで含めるように話した。藤吾たちには理解できないのではないかと、案じているようにも見えた。

「人が死ぬと、霊魂も消えるのが普通なのだ。だが、生命力の強い、半端でないエネルギーを持つ人間の霊魂は、すぐには消えぬ。……その強力な、霊魂のエコー(反響)が、いつまでも……いつまでも残る。それが、幽霊とか、単に霊とのみ、呼ばれているものなのだ」      

     

 美雪が、とまどったような声を出した。

「心霊現象だと、いうんですか?」    

「そうだ。一種の心霊現象だといってもよい。オカルトと勘違いされるのが嫌なので、あまり心霊という言葉はつかいたくないが……。生物には、物理的な存在であるだけではなく、霊的な存在という、別な面があるのだ」


 霊魂のエコー(反響)、初めて聞く言葉だった。そんなものが、本当にあるのか。

 藤吾は、まだ半信半疑だった。

「吉見さんには、霊が、とりついていたというのですか?」

 冴の父は、うなずいた。

「そうだ。霊魂のエコーは、共鳴するものにとりつくことができる。……我々は、それを〝こだま〟と呼んでいる」


 共鳴、キョウメイ、って何なんだろう?

 藤吾は、もう一度、聞いた。

「キョウメイ、とは、いったい何なんですか?」    

「霊魂には、それぞれ、独自の波長がある。人間には皆、独自の霊魂の波長――霊波があり、それが似ているもの同志が、ちょうど、音叉が反応するように、共鳴し、共鳴した者に、〝こだま〟は、とりつくのだ」


 冴の父は、さらに続けた。

「我々は、その〝こだま〟のとりつきやすい者たちを、共鳴者、と名づけた。さらに、とりついた〝こだま〟が共鳴者の身体をのっとって、共鳴者の意思とは関係のない行動をさせる場合がある……。そういう〝こだま〟に操られている者たちのことを、特に〝こだま憑き〟と呼んでいる」


「吉見さんは、高柳又四郎となのっていました。高柳という人物が、とりついてたんですか? 高柳って、何者でしょう?」

 美雪が、疑問に思ったことを、口に出した。 

「高柳又四郎は、江戸時代の剣豪だ……。相手の剣の先の先を読んで、刀の打ち合いをほとんどせずに敵を倒した。又四郎の試合では、竹刀の打ち合う音が、ほとんどしなかった。……そのことから、又四郎の剣技は、音無しの構え、といわれ、恐れられたという」


 冴の父は、続けた。

「偉大な剣豪や文化人は、常人の何倍もの強力な霊魂を持っている。当然、〝こだま〟も強力だ。……何百年ものあいだ、残っていく〝こだま〟もあるのだ」 


 冴の父が、さらに何か続けようとしたとき、 弟子のひとりが、あわてた様子で、部屋に入ってきた。

 冴の父に小走りで近寄ると、何事か耳打ちした。 

 冴の父の顔色が変わった。

「すまない。急用ができた」

 弟子と一緒に、別室に向かおうとする。


 藤吾は、ある予感がして、冴の父の背中に向かって問いかけた。

「ひょっとして、また事件ですか?」  

 冴の父は、何かいいかけたが、思い直したように、

「いや、何でもない。君たちは、もう帰って休んだほうがいい」

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