第7話 道場
冴を見送ったあと、藤吾は、考え込んだ。 結局、藤吾が主に喋っただけで、彼女からは、少ししか、話を聞けなかった。
大上に、仲間がいるかどうかも尋ねてみた。が、冴にもわからないようだった。大上も、道場生以外は、友人がおらず、そのわずかな知り合いも、今回の大上の行動については、何も知らなかったらしい。
これ以上、藤吾にできることは、何もなかった。
大上佳典は、コンビニの袋を下げ、世話になっている先輩の下宿に帰ろうと、角を曲がった。
異様に身体がだるかった。
あのことがあってから、日々、疲労感が増すばかりだった。誰よりも強くなりたい、そう願ったのが間違いだったのだろうか。
いや、そうではない。この弱肉強食の世界で強くなりたいと願うのは、あたりまえではないか。
ふと、立ち止まった。目の前に大きな身体があり、道をふさいでいた。
避けようと、ななめ前に踏み出すと、そいつが声をかけてきた。
「御子神典膳殿?」
一瞬で、大上の身体がふくれあがった。胸筋が盛りあがり、腕がひとまわり太くなる。血ばしった目で、そいつをにらみつけた。
「何者だ?」
目の前の大男は、からからと笑った。大上の問いには答えず、
「試合を所望する」
大上は、にやりと笑った。
「のぞむところだが、一生立てぬ身体になるやもしれぬぞ」
「それは、お主になるかもしれね」
大男は、大上に向かって一歩踏みだした。
大男と大上、ふたりの手に、荒々しく白く輝く刀が、すでに現れていた。
激しい互いの気が、辺りを圧迫した。
その道を通ろうとする第三者は、立ちこめる気を感じて、無意識にルートを変えた。
無言の激しい戦いが始まった。
「おっす。――昨日の美少女は誰?」
なんという早耳か。
美雪が、朝、登校すると、すぐに聞いてきた。藤吾の母親が、近所で喋ったのに違いなかった。
「大上の通っていた道場の娘らしい」
べつに、何らやましいことはないのだが、声がうわずってしまった。
「ほんとに? 大上、部活だけでなく、道場にも行ってたの?」
「うん。小学生から通ってたらしいな。熱心な道場生だったそうだ」
「その道場の娘が、何で来たの?」
「責任を、感じてるのかなあ」
藤吾は、昨日、寝ながら、ばくぜんと考えていたことを、美雪にも話した。
大上は、吉見冴のことが好きだったのではないか、冴は、それに応えることができなかったのではないか……。
美雪も、考えこんだ。
そのことが、今度の事件の動機になるんだろうか。
美雪と藤吾は、目を見合わせた。
と、藤吾の携帯が鳴った。
あわてて、受信ボタンを押す。
一応、規則では、放課後までは、携帯の電源を、切っておくことになっている。が、守っている人間を見たことがない。
吉見冴だった。昨日、携帯の番号は、交換していた。
美雪がそばにいたため、携帯を手で覆い、もごもごと、返事をかえした。
「今日、うちの道場に来てほしいんです」
緊張した、かすれた声だった。
何かあったのだろうか……。
「どうしたの。誰から?」
美雪が、携帯をのぞきこんでくる。
「家から。今日は早く帰れってさ」
とっさに、嘘をついた。
「ふーん……」
美雪が、疑りぶかい目で、藤吾のほうを見た。が、それ以上は、何もいわなかった。珍しく、何も追求してこなかった。
美雪にみつからないよう、こっそり、学校を出た。別に秘密にする必要はないのだが、そうしたほうがいいような気がした。
家の玄関に鞄を放りこむと、吉見冴の家でもある、剣道の道場に向かった。
吉見冴の家は、小学生の頃に、興味があって、冒険がてら見に行ったことがあった。武家屋敷を思わせる、二階建ての堂々とした瓦屋根の建物で、まわりにマンションなどもないため、遠くからでもよく見えた。
重たい両開きの門を開けると、道場の玄関まで、白い砂利と、青みがかった灰色の丸い踏み石の続く小道があった。
丸石から落ちないようにして玄関に渡ると、引き戸を開けようとした。が、固くてなかなか開かない。力いっぱい引っぱると、騒々しい音をたてながら、右側に動いた。藤吾の家の何倍もの広い三和土があって、何足かの下駄履きが、でたらめな向きで散らばっている。
左側に、でかい靴箱があった。汚れた靴が、半分、棚からはみだしそうになっている。4~5人、道場にいるようだった。
藤吾は、深呼吸をひとつすると、内側の引き戸を開けた。今度は何の障害もなく、スムーズに開いた。
入ると、異様な光景が広がっていた。
吉見冴が竹刀を持ち、道場生と思われる、道着を着、防具を身につけた男と、向きあっていた。まわりには、やはり道着を着た、若い学生らしき男たちが、倒れていた。
倒れた全員が、意識を失っているように見えた。
冴と向かいあっている道場生が、カラスのような雄たけびをあげ、激しい気合とともに、打ち込んだ。
吉見冴は、わずかな動きで、よけた。動いたか動いていないか、わからないくらいだった。
道場生は、何度も何度も打ち込んだ。そのたびに、冴はそれをよけた。
観ているうちに、妙な違和感を覚えた。
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