第5話 接触 その二

 田代先輩の父兄から連絡を受けて、南高の教師が、大上の家を訪ねると、大上の姿はどこにもなく、彼の家族もどこに行ったのか、心当たりがないということだった。

 最近の様子を聞くと、ふさぎがちだったと言う。

 事情を聞いた美雪は、田代先輩の入院している病院へ報告に行き、帰ってきた。


「先輩、まだ身体に力が入らないようだった。会話もゆっくりで、無理やり、声を押しだすようにしてた」

 思ったより回復が遅いことに、眉をひそめている。

「もう中止だろ」

 藤吾は、これ以上の犯人探しは、当然やめるつもりだと思い、声をかけた。

「いやいやいや」

 美雪は、大きく首を振った。

「あきらめないよ。先輩が、あんな目にあったんだし……。絶対に、捕まえる!」

「危険すぎるぞ」

 藤吾は、そんなことは、今の藤吾たちにできることではないと、あきらめさせようとした。あの後、あれだけタフそうに見えた武が、学校を休んでいる。あのときは平気な顔をしていたが、相当、こたえていたのだ。

 電話をすると、元気のない声で、体調が悪いと話し、学級担任からの連絡事項を聞いたあと、すぐに切ってしまった。


「やめるつもり、ないから」

 美雪は、思いつめた口調で言うと、席をたってしまった。

 もう知らんぞ、と言いかけた。が、何も言えなかった。

 美雪は、そのまま、勢いよく教室の引き戸を閉めて出て行った。ガタガタ、ガタガタと滑りの悪い引き戸の音が大きく響いた。


 美雪と藤吾は、その後も、通り魔のあらわれそうな地区を推測し、犯人を捜して、歩き続けた。

 通り魔は、藤吾たちをあざ笑うように、藤吾たちの、居ないところ居ないところに、出没した。以前の倍くらいは、活動範囲が広がっていた。

「通り魔、ひとりだけなんだろうか?」

 藤吾は、以前から考えていたことを口に出した。

「そんなはず、ないよ」

 そんな何人も、同時に似たような手口で、通り魔をやるはずはないと、美雪は主張した。が、美雪自身も、複数犯ではないかと疑ってたのか、自信なさ気だった。


「……仲間がいたとしたら」

 藤吾が言うと、

「仲間がいたとして、何のために、こんなこと、やるの? ……集団でこんなことやって、何になるの?」

「わからん」

 藤吾も、美雪もため息をついた。

 良い考えが、何も浮かんでこなかった。


 何の成果もないまま、美雪とわかれ、家に帰る気にもなれず、近くの川の土手まで、ぶらぶら歩いた。こんな川でも、昔は水が豊富にあって、渡し船が行き来していた。

 護岸工事が終わったばかりで、きれいに雑草の取りのぞかれた川べりの階段に、藤吾は、そっと腰をおろした。

 今年は、雨が少なく、ちょろちょろとしか水が流れていない。浅い川底のデコボコに応じて、盛り上がったりへこんだりして動いている水面を見ていると、気持ちが落ち着いてきた。


 水面に人影がうつった。

 藤吾から5メートルほど離れたところに、黒い学生ズボンをはいた男が立っていた。

 息をのんだ。

 大上によく似ていた。が、よく見ると、もっと太っており、高校生らしいのに、髪に白髪が混じっていた。

 男は、藤吾のほうを、じっと見つめてきた。眼差しには、敵意は感じられなかった。何かを観察しているような雰囲気があった。

「何か?」

 耐え切れずに、藤吾は声をかけた。

 男が、頭をさげた。

「この間は、大上が無礼なことをした」

 やはり、大上の仲間のようだった。

 この男も通り魔まがいの事をやっているのだろうか? もしそうなら、通り魔は、やはり、複数いることになる。

 

「わしは、小野と申す」

 藤吾は、次の言葉を待った。

 小野は、いぶかしげな顔をした。

「お主、気づいていないのか?」

 何を気づいていないというのか?

 藤吾は、答えようがなく、黙っていた。

「わしは、小野善鬼と申す」

 小野は、藤吾の顔をのぞきこんできた。

「わしの名を聞いても、心当たりはないのか?」

 藤吾は、首を振った。初対面のはずだった。

「あなたと、会ったことはない」

 小野は、何度も、首をふった。

「完全には目覚めてないのか。典善の奴め、いい加減な事を……」

 ひとりごとのように呟くと、

「――ごめん! また会おうぞ」

身をひるがえし、すばやい足取りで、川沿いを歩み去っていった。

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