緑色の願望3

目的の人物を探して職員室へ向かっている途中で揉め事を目にした。もちろん、俺の隣にいる首を突っ込みたがる物好きは方向転換して声のする方へ向かう。この光景を数日間隣で見ているせいか、俺まで何も言わずに方向を変えていた。慣れというのは恐ろしい。


「……おい、盗み聞きは主義に反するんじゃないか?」


「えぇ、でも、流石に状況を把握してない中で割り込んでも言葉が思い浮かばないわ」


割り込むのは前提なのでツッコミはしないが、どうやら生徒指導室で1人の女子生徒が教師に何かを言っているようだ。聞こえてきた単語から察するに、彼女の持ち物が度々紛失しているらしい。授業で必須のものだったらしく、担当の教員に問い詰められているというところだろう。


「まぁ、典型的な……」


「イジメでしょうね」


俺たちは聞こえてきた単語を基にそう結論づける。穂花のことなので当然関わるつもりのようだ。部活動の計画より目の前のトラブル優先というのが彼女らしい。


「失礼します!」


ノックをして教員からの返事を聞いた後、俺たちは部屋に入った。半ば強引に押し入ったわけだが、それが通用してしまうのは、そこにいた教員が俺たちの探していた人だったからだろう。


「なんかすいません、佐々木先生」


「水瀬くんと金崎さん。一体なんの用事でここに?」


佐々木先生の質問に対して、穂花は先生に目を向けることなく、突然の出来事に少々怯えていた生徒に顔を向けて答えた。


「あなたのその問題を解決したい」


その真剣なまなざしはこの場を静寂に導いた。ストレートすぎる言葉であり、しかしその言葉は問題を抱える女子生徒にとって、今一番ほしい言葉だった。穂花はそれをわかっていて、ハッキリと目をそらすことなく女子生徒に気持ちを伝えた。


「……え?」


女子生徒は困惑の一方、その瞳から一筋の涙がこぼれ落ちていた。この瞬間、俺と佐々木先生は何も言葉を発せられなかった。目の前の光景と手をさしのべている穂花に飲まれていた。


「あなたの名前は?」


「わ、私は2年C組のいずみみどり


「あ、先輩でしたか。私は1年B組の金崎穂花です。そして、隣の彼は水瀬大和。あなたの問題を解決しますよ」


「……え、あ、はい。よろしくお願いします」


光景に飲まれている中、さらっと紹介されたことで動揺した。穂花の真っ直ぐな生き方は問題もあるが、簡単に人ができないことをする。その堂々とした振る舞いに、泉先輩は心を打たれたのかもしれない。


「いいの2人とも? 上級生同士の問題だけど……」


「先生、年上とか年下とか関係ないんですよ。だって、私たちはボランティアクラブ所属ですから」


「さらっと嘘をつくんじゃない!」


「嘘じゃないわよ。今は2人だけだけど、本気でやるって決めたんだもの。泉先輩を助けることもその一環だわ」


「もう! 色々説明をしてください~」


佐々木先生の心配に対する回答が理解できないものであったため、穂花に変わって俺が部活動を立ち上げたいことと、その部活動がボランティアクラブであること、そして顧問として佐々木先生を探していたことを含めて説明した。


「なるほど。先生は大変素晴らしい活動だと思います。部活立ち上げの要件を満たしたらいつでも顧問になりますよ~」


「「ありがとうございます」」


揉め事に突っ込んだことで当初の予定より早く先生を味方につけられたのは良い結果だ。しかし、泉先輩のイジメ問題を解決しなければ、俺たちの信用もさらに下がるだろう。


「ということで、私たちが泉先輩の身に起こっている問題を解決しますので、まずは詳しい説明をお願いできますか?」


「え! あっ、はい。……わかりました」


こちらの事情を上の空で聞いていた泉先輩は話を振られて少し驚いていた。彼女からすれば、色々悩んだ上で佐々木先生に話すことになったのだろうから、この展開は予想外だし驚くのも無理ないだろう。しかも後輩がよくわからない部活の立ち上げの話をしていて、その活動の一環で助けたいなんて言っているのだから、普通なら警戒するものだ。


ただ、そんな状況にならなかったのは、穂花の言葉と行動のおかげだろう。泉先輩が事情を打ち明けてくれるほどの衝撃が穂花にはあったのだ。他の誰にもできない穂花の強みだろう。


「……実は本当に申し訳ないのだけど、先生これから職員会議で。……泉さん、大丈夫かしら。会議が終わったらでよければ、また話しましょう」


「はい。大丈夫です」


佐々木先生は何度も謝りながら職員室へ戻っていった。先生としても生徒の支えになってあげたいという気持ちがあっただろうが、自分勝手に集団の輪を乱すわけにもいかず、仕方なく職員会議に行ったようだ。


「先生は行ってしまったけど、俺たちが先に聞いてもいいのか?」


「そうね。……泉先輩、どうしましょうか?」


穂花は泉先輩の顔色を伺いながら尋ねる。流石に先生が戻ってきてから続きをするかと思ったが、泉先輩は俺たちのほうを向いて話し始めた。


「……実は」

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