桜色の記憶5
あれから学校中の部活動を片っ端から回って、その都度気に入らないことに首を突っ込んだり、疑問を解決するまでは永遠と質問攻めしたり……この高校始まって以来の変人として有名になったことだろう。そして俺は金崎の制御役になりそうな勢いだ。
「おいおい、金崎さんよ。これだけ部活を見て回って結局何がしたいんだよ?」
「文芸部、書道部、新聞部、放送部……。今日のところは後4つね」
「ちょっと待て。もうすでに文化部結構回ってるぞ。……というか、まだ質問に答えてないぞ!」
こちらの質問はまるでなかったかのようにスルーされて連れ回される。無理矢理帰る案もあるが、非常に残念なことに金崎とはクラスメイト。今日を免れたとしても、むしろ明日からが地獄になることだって充分考えられる。
「なぁ、連れ歩いているんだからちょっとくらい理由話せって」
「……それもそうね。パンフレットに載っていた部活全部見て判断したかったけど、なんだかどこも求めているものとは違いそうだから」
腕を引っ張られて次の文芸部へ向かう途中、俺の意見を聞いてくれたのか、この高校の部活動に失望したのか知らないが、ようやく会話をする気になったようだ。ここまで自己中心的な人間もそういない。文句は言っているが付き合ってあげている俺に感謝してほしいものだ。
「で、金崎さんは何がしたい……というか、何を求めているんだよ?」
とりあえず、中庭にあるベンチに座って連れ回した理由を聞く。桜が舞い散る中、ベンチに座る2人を想像する上では初々しいと言えるが、ここまでの自分勝手に振り回され、出会って間もない2人の間にはとても恋愛的な要素はなかった。
「なんかねぇ……水瀬くんにもあるんじゃない? こう、退屈というか、思ってたものよりスケールが小さいっていうか」
「小説とかテレビの見過ぎじゃないか? 世にある高校のほとんどは今俺たちが感じている程度だと思うけどな」
「で、納得するの?」
俺は平凡の何事もなく過ぎ去る高校生活を望んでいた。中学だって別に自慢できるほどの青春を送ってないし、そんな輝く人生というものは自分にはないと思ったからだ。でも、金崎の今の言葉は端的だが俺の心をえぐるには充分なものだった。
「納得、ねぇ。確かに納得して諦めて……そんな俺みたいな人間は多いのかもな」
「別に悪いとは思わないわ。現実主義者は現状をそれなりに評価できているわけだし。ただね、私はそれだと楽しくないのよ」
「言いたいことはわかる。金崎さんの行動力なら平凡な俺らより充実した高校生活が送れそうだな」
これは嫌みではない。金崎穂花という女子生徒は出会って間もないが、これまで生きてきて関わった誰よりも変人だった。しかし、その奇行にも彼女の考えがあることを多少聞かされた今なら感じ取れなくはない。少なくとも、俺のような諦めた人間よりは面白い人生になるだろうと思えた。
「たださ、ならなんで俺を連れ回すんだよ。まぁ、ちょっと強引に口論を止めたけど、俺は金崎さんに目をつけられるほど夢想家じゃないぞ?」
「そう。……君がそう言うならそうなのかもしれないね。けど、決めたから」
「何を?」
金崎はベンチから立ち上がり、桜の花びらを背景に俺の前に立ってこう言った。
「今日、クラスで最初に会った人に声をかけようってね」
「……は?」
全く論理的ではない。余計にわけがわからない回答に俺は困惑する。しかし同時に今の光景は彼女のためにセッティングされたかのようにタイミングが良く、このときを待っていたと言わんばかりの輝かしさを帯びていた。
「意味分からないって顔ね。まぁ、私も実はよくわからないの。ただね、決めたの。今朝起きたときに」
「なんだそれ。感覚で生きすぎっていうか、無計画すぎるっていうか……」
「それって悪いこと? 別にいいじゃない。今こうして、話してて面白そうな友人を得られた。結果的にね!」
今日一番というより、金崎が笑ったのを今日初めて見た。どうやら彼女からすれば俺との会話はそれなりに楽しいもののようだ。
「面白いか。それに付き合わされる俺の感情や意見は無視か」
「でも、楽しかったでしょ?」
無邪気に質問してくる金崎を見て、連れ回されている間のことを振り返った。強引で自分勝手で悪目立ちする彼女に振り回されて、もともと入るつもりもない部活動を見学した時間は楽しくなかったといえば嘘になる。
だってそうだろう。こんな他人を遠慮なく連れ回す人間と関わったことがなかったし、この時間は新鮮なものだったのは紛れもない事実だ。しかし、俺が望んでいた普通の生活とは大きく離れつつある。それも金崎の言う現実への納得から生まれた消極的な価値観だったのかもしれない。
「楽しくなかったといえば嘘だな」
「素直じゃないようね。うん、やっぱり君を選んで正解だった」
「……そうかよ。もう金崎さんの好きにしてくれ」
たぶん俺はもう金崎に振り回される高校生活を受け入れてしまったんだ。今までの自分の価値観を簡単に壊してくるような変人に不覚にも魅力を感じてしまった。きっとこれから面白くなりそうだと。
「まずは呼び方を変えましょう。大和、私も名前でいいわ」
「距離感も普通じゃないことがわかったよ、穂花。……よろしくな」
幸か不幸か入学式で最初にクラスにいた2人。それは偶然でしかなかったが、俺と穂花にとっては人生において初めて色が付いたページなのかもしれない。
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