桜色の記憶4

佐々木先生は一言で表現するなら春風のような人だろう。少々小さめな身長だが女性らしい可憐さは周囲を安心させる。一生懸命さも言葉と身振り手振りからよく伝わり、教師という職業が似合う人物と言えるだろう。ただ、生徒に注意できないのは今後改善していく必要がありそうだが……。そこも含めて、これから生徒に愛されそうな教師になりそうだ。


「まずは自己紹介をみんなにしてもらいたいので、番号順に教卓前まで来てください」


それからは特に代わり映えのしない自己紹介が続いていった。もちろん、一部の生徒間ではにらみ合いが続いていたが、先ほどのような問題は起こりそうにはない。俺の計画通りではあるが、同時に俺も今日から過ごしにくい高校生活になりそうだ。


「……それでは、次は水瀬大和くん」


「はい」


周囲の人間関係に気を取られて、肝心の自己紹介を聞き逃していた。聞いていたとしても全員の名前を覚えられる自信もないので影響はなさそうだが、問題は自己紹介の参考例となるはずだった話を聞き逃したことだ。とはいえ、こうなってしまっては仕方がない。手短に済ませてしまおう。


「水瀬大和です。よろしく」


「……えーと、それだけなの?」


「まぁ、特に伝えたいこともないですから」


「……はい、それじゃあ、次の……」


どうやら佐々木先生からすると、俺の自己紹介には問題があったようだ。クラスメイトがどんな自己紹介をしたのか聞いておけば、今の気まずい雰囲気を味わうこともなかったが、過ぎ去ったことを悔やんでも仕方がない。


それから全員の自己紹介が終わり、今後の時間割やら高校生としての過ごし方など、よくあるような面白くもない話を聞き流し、本日のホームルームは終了した。


多くの生徒は周囲の人と仲良くなりつつ、これから部活動の見学に行くようだ。俺は特にやりたいこともないし、このまま帰宅してもいいな。


「ちょっといい?」


「ん? あぁ、確か君は……」


「金崎穂花よ。まさか2回も自己紹介しているのに覚えてなかったの?」


「あぁ、いや名字は覚えているよ。……それで、金崎穂花さんが一体なんの用で?」


初日からクラスメイトと口論をしていた金崎とこれ以上関わったら俺の高校生活が狂ってしまいかねない。だが、声色からして逃げられるとも思えないし、ここは様子を見た方がいいか。


「水瀬くん、さっきは強引に問題を解決しようとしたでしょう?」


「はぁ。……それに何か問題でもあったのか?」


「いえ、むしろ高校生活初日であんなことする変人に興味を持ったわ」


こっちも空気読まずに突き進む変人とクラスメイトで、俺の趣味が人間観察なら飽きなさそうだよ……。なんてことは実際には言えず、無難な言葉で返すことにする。


「そうですか。それじゃあ、俺はもう帰るんで」


そのままカバンを持って金崎の隣を過ぎ去ろうとすると、右肩を強めに捕まれた。正直、振り返りたくないが、いま金崎の顔を見たら間違いなく笑顔だろう。もちろん顔だけで内心は計り知れないが。


「一緒に部活動を見て回りましょう。もちろん、いいわよね?」


「あぁ、金崎さんのような女子に一目惚れされて辛いわ~」


拒否権がなさそうだったので、盛大な嫌みでも言ってやり返してやったが、その答えは背中に一発重い一撃だった。平然とクラスメイトに暴力振るってくるこの野蛮人をどうして入学させたんだ。


「……わかったから、もう掴むの止めろ。あとすぐ殴るな」


「馬鹿げたことを言わないなら手も足も出ないわよ?」


俺の高校生活は金崎穂花によって端から見れば羨ましい刺激的なものになっていくのかもしれない。憂鬱になりつつも、この先の高校生活をいかに彼女から距離を取れるか考えるのだった。

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