桜色の記憶3
「はーい。みなさん席についてくださーい」
俺たちの教室に若い女性教師が入室してきた。おそらく彼女が俺たちの担任なんだろうが、その声には覇気がなく、初日で盛り上がっている集団には効力がなかった。
「えっと。……みなさん机に張っている学籍番号を確認して座ってくださいね」
女性教師も少し困りながら指示を続けている。数人が言うとおりに着席を始めると、軍隊蟻のように席に座っていく。怒られるのが怖いのか、初日から問題児としてマークされたくないのか、周囲に合わせて行動を決める人間達は自らの意思を持っていないように思える。
窓際の席だった俺は下らない光景に嫌気が差して外を眺める。外にはそよ風に吹かれながら1羽の鳥が行き先も決めず自由な空に飛び立とうとしていた。
「……中学生からやり直したほうがいいんじゃないかしら?」
「それは言い過ぎじゃないか?」
俺が外に注目している間に内では口論が始まっていた。それも、言い合っているのはさっき雰囲気が悪くなっていた2人だ。不運にも、2人の席は近かったことも口論の原因かもしれない。
「言い過ぎかどうかはあなたが判断するものではないわ。あなたたちが輪を乱す行為をしている自覚がないから言ってあげているの」
「確かに席に戻るのは遅かったけど、もう少し言い方を優しくするべきだって言ってるんだ」
「席に戻るのが遅かっただけ? 座ってからも話し続けて先生が困っていたのもわからなかったのね。やっぱり中学で集団行動を学んできたほうがいいわ」
金崎と断られた男子の口論は徐々にヒートアップしていく。先生も止めようにも割って入る勇気がないように思える。周囲の生徒も傍観することを決めていて、このままだと高校生活初日からクラス全体がバラバラになるな。俺の望む平凡な高校生活のためには、こういう物語でありそうな対立とか勘弁してほしい。
「はぁ。……ちょっと静かにしろよ」
俺はわざとらしく机を一蹴りしながら注目を浴びるように大声を出す。この状況で角の立たない止め方はない。目立つようなことはしたくないが、このまま言い合いを傍観していても長期的に見れば過ごしにくい1年になるのは目に見えている。それなら強引にでも今日で解決したほうが俺のためになる。
「……水瀬くん?」
「次から次へと何なんだよ」
クラス全員が俺の発言と物音から一瞬で静かになる。これまで口論で済んでいたが、俺の出した衝撃音からクラスの危機感が高まったからだろう。この程度で萎縮するなら最初から無駄に強がらないでほしいものだ。
「……先生、始めましょうか。喧嘩も止まったようですし」
俺は何事もなかったかのように通常の声量で先生へ促した。俺のせいで驚かせてしまったことは申し訳ないが、先生も自分の仕事を思い出して気持ちを入れ替えたようで、困惑した表情はすでになくなっていた。
「それでは、みなさん
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