桜色の記憶2

あの無礼な出会いから数十分の時間が経ち、教室は俺たちだけの場所ではなくなっていった。俺と金崎は名前だけの自己紹介から話すことはなく、教室に近づく集団に気づいて、すぐに互いに距離を取った。ぞろぞろと入ってきた男女混合の集団からすれば、俺と金崎の2人のぼっちが静かに過ごしているようにしか見えないだろう。


「おぉ、びっくりしたわ! 俺らより早い人なんていないんじゃねって話してたからさ」


「ほんとほんと。とりあえず、これからよろしくね」


彼らは俺たちのことなど気にかけず、黒板に落書きを始めた。俺は性格的に他人に話しかけるタイプではないので、その光景を眺めるだけだが、俺とは真逆で初対面の相手にも話しかけそうな金崎が興味なさそうな表情をしていたことに疑問を感じた。どうやらさっきの無礼な態度と挨拶は似たもの同士扱いをされた俺限定のものだったのだろう。それはそれで少し気にくわないが。


「ねぇ、君も一緒にどう?」


流石の行動力というべきか、集団のリーダー的な男子が金崎に声をかける。黒板で落書きをしている女子はあまり良い表情ではないが、あの男子としては金崎と仲良くしたい欲求のほうが優先されるのだろう。


早速、クラスの人気が決まりそうで、傍観者としては楽しい限りだ。実際、彼のような人間が物語で主人公になるのが王道だろう。正直、人間関係に問題を抱えている人が主人公になっても、大抵がご都合主義で解決していったり、現実には存在しない主人公補正とやらで解決できちゃっていることがほとんどだろう。


もちろん、このどこにでもありそうな教室……多少の美少女がいるくらいでは、そんな展開は存在しない。俺は特にそれらに無関心な人間だし、つまらないことには荷担するつもりもない。


「そういう落書き、悪目立ちしたいの?」


これから人気者になるだろう男子からの誘いに対して、金崎は俺に声をかけたときとは違って冷めた声色で尋ねた。まさか、俺と会話よりも冷めた態度が可能だったとはおもわなかったが……作り笑いで断ったほうが円滑に進むというのに、感情を隠そうとせず男子の提案を拒否している。やはり、間違いなく金崎は空気を読まない生き方をしている人間のようだ。これは周囲に馴染みづらい。


「えぇっと。……わかった。なんかごめんな」


「……何あれ」


「せっかく誘ってるのに態度悪いよな」


「あたし仲良くなれないタイプだわ」


断られた男子は落ち込みを隠せず3人のところに戻っていく。あれだけ自然に声をかけられるわけだし、これまで冷たい態度を取られたことがなかったのかもしれない。

女子は明らかに金崎への敵対心を持って小声で悪口を始める。まさか入学初日から教室の雰囲気を悪くさせる人間だとは思わなかった。この場で傍観者を演じている俺にまで火の粉が飛んでこないか心配しかない。


それから徐々にクラスメイトが集まり、落書きをする集団に混ざる人もいれば、すでに仲良くなった集団で話し始める人たちもおり、様々な集団によって賑やかな雰囲気になる。もちろん、その輪に俺たちが入っているわけもなく、近くに座るクラスメイトと適当な挨拶を交わして静かに過ごすことになった。

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