第3話

 朝もやのような色合いの、薄青い空色のドレスは、クロードの細身の体によく似合った。

 仕立て屋による採寸からほんの数日、「腕が鳴りすぎます」とお針子総動員で仕上げてしまったという。手袋グローブや靴といった小物も揃えてあつらえており、血の繋がらない母である伯爵夫人が最後の仕上げのアクセサリーをクロードの肌にあて、ああでもない、こうでもない、と考え込んでいた。

 一方で、セリーヌは貧血でも起こしたかのように額に手の甲をあて、足元をふらつかせながら呟く。


「素敵です、姉さま……。銀の髪は暁に名残の光を投げかける月のよう。どなたかに名を尋ねられたら『夜明けの姫』と答えてお相手を煙に巻いてしまえば良いと思います……。ああ、美しすぎて、拝むだけで寿命が伸びそう。お姉さまの妹で良かった」


 着付けを終えたばかりのクロードは、今にも倒れてしまいそうなセリーヌに手を差し伸べて「私に捕まって」と軽く抱き寄せた。

 途端、その場に集まっていた屋敷中のメイドたちの間から、声無き悲鳴が上がる。

 クロードとしては常日頃から慣れた反応ではあったが、男装ではなく女装をしているのに? と不思議でならない。しまいに(女装した男性に見えているのかも!)との結論に至った。


(美少女好きの好色男が、こんな男性にしか見えない年嵩の女の色仕掛けに引っかかるものだろうか。胸を触らせれば女だとわかるかもしれないが、さほど無いわけで……。いっそ濡れ場にでもなだれこみ)


 さすがに際どいかな……と逡巡しつつも、そこは現役戦闘職。いざとなればどうにでもできるはず、と握りしめた己の拳に目を落とす。

 そのクロードに、女性陣は熱っぽい視線を注ぎながら手に手を取り合って頷いていた。


 * * *


 十日の準備期間はまたたく間に過ぎて、夜会の当日。

 エスコートは必要ない、と言い張るクロードをなだめたのは、なんと計画に一枚噛んでいたらしい第三王子のマルセル。

 王侯貴族の通う学び舎でセリーヌと懇意にしているとのことで、話はすべて筒抜けだったらしい。


「せっかく、正体不明の美女として夜会会場に現れるのに、馬車や従者で正体がバレてしまうのは面白くありません。そこで、不肖私めがすべて手配しました!!」

「面白いかどうかはともかく、警備上の理由で素性を明かす必要はあると考えておりますが」

「ございません!!」


 力強く断言され、クロードは鼻白んだ。そこに、マルセルが間髪おかずたたみかける。


「夜会など、一人や二人身元の知れぬ者が紛れ込むなどよくあることです」

「あってはいけません」

「お義姉ねえ様は『ガラスの靴』の童話をご存知ないのですか!? あれはヒロインが身元不明だからこそ成立するストーリーなのですよ!?」

「殿下、お義姉ねえ様とはなんですか。私は殿下の姉ではございません」

「はい、そんなわけで馬車にご乗車ください!! 警備には私がすでに話を通しております、お義姉ねえ様はただ会場に向かうだけで良いのです!! 本名を名乗る必要もありません、ただ『夜明けの姫』と告げていただければ」

「私は姫ではありません」


 だいたい、お義姉ねえ様とは……、殿下、話はまだ終わってませんよ? と喋り続けているクロードを、セリーヌがぐいぐいと引っ張って馬車へと押し込む。

 マルセルと肩を並べて「それでは姉さま、いってらっしゃいませ」と盛大に手を振っていた。

 その二人の様子を見て、何かと鈍いクロードもうっすらと事情を察する。


(よもやセリーヌと殿下が思い合っているとは……。ならば大公閣下からの申し入れなど、迷惑千万でしかないのも頷ける。これは姉として、なんとしても閣下に婚約を諦めさせねば)


 屋敷で確認したところ、たしかにバーゼル公からの書簡には「リーヴェル伯爵家のご息女」とあり、セリーヌ指名ではなかった。

 もし大公が首尾よくクロードのハニトラに引っかかったとして、土壇場で「騙されただけ」と言い逃れしようものなら、クロードはクロードで「私は婚約が決まっていたので身を任せたというのに。まさか姉の方お前ではないと言われてしまうだなんて」と泣いて相手の非道を訴えれば良い。


騎士団同僚の聴取があった場合、私が男に手折られて泣かされたというのはいかにも説得力が無いだろうから、言い訳が難しい。いや、大公閣下、噂通りなら歴戦の勇者だから強い………? もとから興味はあったんだ。もっと別の形で会ってみたかったな」


 王家専用の贅を凝らした馬車に揺られながら、クロードは声に出して呟く。

 そのとき、なぜかリュカの不吉な前髪が脳裏をよぎったが、気のせいだと思おうとした。

 もし万が一クロードが大公から手を出されてしまったとしても、ただの友人であるリュカにはなんの関係もない。そう自分に言い聞かせるものの、妙に胸が疼く。

 しまいに、(ハニトラなんて柄にもないことをしていないで、リュカとのんびりお茶でも飲んでいたいな)と考えていた。


 これまでクロードは夜会と言えば警備での参加が常であったが、世捨て人風のリュカが参加しているのは見たことがない。

 であれば、今日も王城のどこかでダラダラしているはず。

 会える可能性がまったくないわけでもないが、いまは女装だ。気づかれないかもしれない。顔を合わせても無視されてしまったら、それなりに堪える。

 

 そう思って別のことを考えようとしても、気づけば(リュカに会いたいな、元気かな。あの日話しそびれた件はなんだったんだろう)とリュカのことばかり考えている。そんな自分に困惑し、クロードはそっと息を吐き出した。


 * * *

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