第31話 覚悟
雷電と呼ばれた者が落ちてきた。おもわず片手でつかみ取るが、意識がないようだ。精霊の話は昔、魔王様に聞いたことがある。自意識を持つことは稀で、成長など望むべくもなく、儚く散る運命にある者だと。ただ、世界に温かく迎えられることが出来れば、精霊は生きていけるのだという。この世界は温かいというのか? とてもそうは思えない――いや、温かい者は確かに居た。今もここにいる。
「そいつを放してもらおうか!」
「……貴様は……」
「拙者が届けるでござる。もはや拙者に出来ることは、これのみと悟ったでござる」
『……そうか。最後まで世話になった。感謝する』
「叶いますれば再び相見えんことを、さらばでござる」
『さらばだ』
「……お前……」
「ゆけ」
「……」
小さな土竜のような者が精霊を抱えて潜っていった。この世界は小さき者ばかりではあるが、多様な者に溢れているな。その中の一粒として彩を添えることが出来たなら、楽しく暮らすなどという夢物語も、もしかしたらありえたのかもしれない。だが現実はこうだ。僕の両足は既に腱が切れ、手もかろうじて片手が使えるのみ。這いずることも難しくなってしまった。
あの蜂の危険度を低く見すぎていた。奴は今は少し引いた位置で、こちらをずっと睨み続けている。手を使って這いずりだしたら、おそらくその手を使えなくしてくるのだろう。あんな小さき者に後れを取るとは、あの修行の日々の苦労を鼻で笑われたかのようだ。そうだ。僕はただ修行をしていただけだ。もしかしたらこの者は、命を削ってここまで来たのではないのか。そんな気迫が、ありありと伝わってきていた。
そして流星――この者からも今は気迫を感じる。あの精霊とは通じるところがあるようだ。あれから急変した。
『貴様――この期に及んで、まだ止まらぬというか』
『左様――足をやられたくらいで、止まるとでも思うたか』
『無理をするな。もう充分だろう。貴様はよくやった』
『何を言う。これからではないか。我は未だ奥の手を見せておらぬぞ』
『そうか――さすがは誇り高き竜――ならば見せるがいい!』
『ふふ――よくぞ言った――ならば見るがいい!』
僕も全てを賭ける時が来た! この先へ進むために! この者だけは今ここで倒さねばならない!
「なに! この期に及んで飛んだだと!」
ふん、あの蜂もこの高さまでは来れまい。まずは蜂から動けなくしてやろう!
「炎もか! 結局ドラゴンなのか! 魔法まで使ってくるとは!」
魔法――いまわしい響きだ――僕のこれは竜の息吹、断じて魔法などという小細工ではない! 舐めるな! ――ふふふ、これだけの炎を奴の周りに撒けば、いくら奴とて、どうにもできないだろう。とりあえず奴からは離れよう。
「兵長! 無事か!」
「平気だ! だが身動きがとれねぇ! お前は引け!」
「駄目だ! ここで決着をつける!」
「ルールを忘れたのか!? ルールは絶対だ!」
「絶対に終わらせる!」
「やめろ! 無茶をするな! いつもの腑抜けはどこへ行った!」
「ここでないと駄目なんだ!」
「やめてくれ! どうしていつもこうなるんだ!? 糞があっ!!」
なにやら喚いているな。さすがにこれは想定外だったか。まあ僕にしても、いつまでも飛んでいられるわけではないから、そろそろ流星とのケリをつける必要がある。まずは炎をお見舞いしよう――避けないのか、大胆なことだ。
「――!」
蜂がこちらに向かって、炎に構わず突っ込んだか。無茶をするものだ。流星は――おや、無傷のようだな。意外とやるではないか。今度はそちらの番か? また手を上にあげたか――雷を撃ってくるようだな。猪口才な。貴様の雷など殴られる程度のものだというに――かまわぬ。降りるついでに一飲みにしてくれる。
腹の中で雷を連発されて暴れられても困るから、魔法の防御はそのままにしておくとしよう。戦いが始まってからというもの、どこからともなくチクチクと魔法を撃ってきている得体のしれない者もいることだし、黒の鎧は必要ないだろう。そもそも鎧が必要な相手は、あの蜂くらいのものだ。僕には魔の鏡こそが相応しい。
「ゆくぞ流星! 覚悟しろ!」
「覚悟するのは貴様だ!」
「やめろ!」
急降下からの低空滑空に入る。口の先には流星がいる。奴は手を上げたままだ。もう一度炎を吐く。まだ手を上げたままで、やはり効いていないようだ。炎に耐性でもあるのか? まあいい、このまま飲み込まれるがいい。地の果てに辿り着いたら出してやる――その時に共に祝ってくれるなら――あらためて――
視界が暗くなった。
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