第29話 苦悩

 雷が頭に当たって痛い。一昨日のアレに比べれば全然たいしたことはないが、痛いことは痛い。足元でたまに襲い掛かってくるこの危険そうな奴の方が気になるから、奥の手はまだ出さない方が良いだろうし、我慢するしかない……ああ、また当たった、クソッ!


 結局こいつらだって同じだ。みんな僕の敵なんだ。甘い声をかけてきて騙そうとしているに決まっている。僕には魔王様がいるから大丈夫だ。放っておいてくれ!


『どうしたのですか? またイジメられてしまったのですか?』

『……飛べないなんて竜じゃないって。風の魔法を使うだけなのに、そんなこともできないのか、邪魔だ、あっち行けって……なんで僕は魔法が使えないの? どうして!?』

『いつも言っているでしょう? それは神様が特別にお与えになった試練なのですよ。誇りをもって、強くならなければなりません』

『なんでそんなことするの? 僕はただ、みんなと一緒に飛びたいだけなのに……』

『あなたは特別なのです。熾天使として神が用意されたのです。その期待に応えなさい』

『してん……?』

『難しいことは気にしなくていいんですよ。ほら、ご飯の用意ができているからお食べなさい。今日も美味しいものを用意しましたよ』

『ありがと!』


 魔王様――いつも美味しい料理を食べさせてくれた恩人――独り身の竜である僕を物心ついたときから育ててくれた――あの人だけが僕を守ってくれたんだ――そういえば、ずっと名前を知らなかったけど、どうして聞かなかったんだろう? 今から思うと不思議だ。


『おい、アイツ、また暴れてるぜ。迷惑だよなーマジで』

『ヤベーよな。昔ちょっとイジッたことあったかも知れねーけどよ、マトモに飛べねーからって物に当たり散らすのはやめろってんだよ。いつまでもガキかよ』

『しかもときどき変な口調で痛い事つぶやいてんのな。ゾッとしたぜ』

『あー聞いたことある。ああいうのも、ちょっとねー』

『は、はは……』

『どうしたよ急に……うわ、アイツこっちを睨んでやがる! 逃げようぜ!』

『空に飛べば被害受けないもんな。ホントあいつ空飛べなくて助かったぜ』

『あんなのに適うヤツなんていねーよな、まったく。逃げろ逃げろ』

『すたこらさっさー!』

『……糞どもが』


 それにしても低能で軟弱な糞どもめ。いつも僕が修行で岩を壊しては土地をきれいに均していたのを、ただ暴れていると勘違いしていやがった。魔王様がその土地を耕して、おいしい料理の食材を作ってくれたりしたから、精も出たというものだ。


 あの修行のおかげで、僕は竜の中でもとびきり力が強くなり、体力もついてケガをしにくくなった。こいつの攻撃だって、鎧を脱いでもしばらくは耐えられるだろう。魔法での遠隔攻撃にだけは弱点のままとなってしまったが、それすらもはや魔王様が解決してくれた。


『明日、ひとりで神山に登るのですか?』

『そうです。ついに時が来たとのことです。長らく待たせてしまいましたね。いつまでもお声がかからないので、私もどうなることかと心配ではありましたが……まあ、おかげで、あなたは充分すぎるほど強くなりました。これならしっかりと期待に応えられるでしょう』

『もう、これでお別れなのでしょうか?』

『そんなことはありませんよ。私はいつでも、あなたのそばにいますから。気を強く持ってくださいね』

『……わかりました』

『いいですね。言うことをよく聞くんですよ。そのために、あなたはこれまで生きてきたのですから』

『はい』

『あなたは私の誇りです。誇り高き竜よ、今後に幸あらんことを――』


 魔王様の期待には、絶対に応えなければならない。


――来ましたか。遅くなってしまいましたが、まずはあなたに祝福を。


『……これは……?』


――これから向かう先は危険なので、絶対の防衛を施しました。使い方は直接、あなたの頭に記録しました。問題ないことを確認しなさい。


『……おお、黒くなった……これは物理攻撃を絶対に防御する鎧のようなものなのですね?』


――あなたに最後の試練を与えます。下界に降り立ったら、沈む日を背にして前に進みなさい。日が出たら、それに向かって進みなさい。邪魔をするモノは、全てを薙ぎ払いなさい。そうして果てまで進むのです。進み切った暁には、あなたの願いは叶います。


『……! 空をどこまでも飛べるようにしてくれるのですか!?』


――あなたのことは、これまでずっと見てきました。長い間苦労を掛けました。この試練を終えたら、ようやく、あなたに全ての魔法を扱えるようにしてあげられます。どんなことでも思いのままです。空を飛ぶことも可能になるでしょう。だから精一杯頑張りなさい。


『いつも見てくれて……ついに魔法を……あなたは魔法の……そして僕は確か、してんの……』


――転送の手続きを開始します。試練に向かうあなたに相応しい名を授けましょう。直接、あなたの頭に記録しました。勇気をもって礎となる、という意味を込めました。期待しています。


『……我は魔王様直下、四天王が一、がるぐれいぶ。魔王様の命により、これよりはただ、進撃あるのみ!』


 勇なる者よ、済まない。やはり魔王様の命には逆らえない。もしも生まれた世がこの世であったなら、また違った結果になったかもしれない。でも現実の僕には、もうこれだけが救いなんだ!


 ……先の方になんだか、横に広がる筋みたいなものが見えてきた。正面はまた町なるものか。とりあえずは町だけ潰して今日は終わりにして、明日また進むとしよう。さすがにあの筋みたいなものまで綺麗に掃除していたら一日では終わらないだろうからな。正面にあるわけではないし、魔王様もそのくらいは許してくださるだろう。


 ん、なんだ? あの筋から一斉になんか飛んで……魔法か!? あれはこの、こいつらが集まっていたということか? 一昨日の大量の火球どころじゃない、まるで虹の波のように向かってきて、いったいどれだけの質量の魔法を撃ち込んできたんだ……そこまでして僕を排除したいのか……いいだろう、さすがにあれだけの量の魔法をくらうのはマズい。そろそろ本気を出すとしよう。この哀れな僕に魔王様が下さった祝福を。これさえあれば、恐れるものなど何もない! 地の果てまで行って願いを叶えるんだ!!


 ……クソッ! やっぱり鎧を脱いだ瞬間に、こいつが足に刺してきやがった! 蜂かよ! 絶対、後で腫れるヤツだ、これ……

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