第15話 雷魔法

「今日はその身に雷を撃ち続けてあげるわ! ありがたく思いなさい!」

「ヒェー! 初めて会ったのに、なんでこんなに嫌われてるのー!?」


 姫君、挑発はホドホドにしてほしいでござる! くっ、忍びゆえ、忍ばねばならぬのが、これほどまでに心苦しいとは! 今すぐにでも、あのバケモノの目が届かぬ処まで、姫君をお連れしたい処なのでござるが……いや、そんな処はあるのでござろうか? 城の外にお連れするワケにはゆかぬし……あああ八方塞がりでござる!


 昨日、バケモノの居室に潜入したでござる。どうしても姫君の事が心配で、おつきの忍びとして独断で情報の収集にあたろうとしたのでござる。なにせあのバケモノときたら、風曜日には暴力で城を破壊しようとし、火曜日には呪術で城下町を巻き添えにし民を混乱させ、挙句の果てには水曜日、城内にて魔族の宴を開いたのでござる! 自らは何一つ手を下すことなく!


 北の山地の奥深くにて四年に一度、おぞましい魔の気配が訪れると共に開催されるという噂の宴、本当に在るかどうかもわからぬその宴が、あろうことか場内で開かれてしまうとは! 道が違うとはいえ我らが一目置いているあの賢者が、すんでのところで破滅を止めた、というのが今朝、里から届いた文に書いてあった、長老の見立てでござった。


 あのバケモノはバケモノなどという言葉では言い表せぬ、バケモノの中のバケモノでござる。それは昨日の潜入にて、身に染みてわからされたでござる。拙者の考えは甘かった、甘すぎたのでござる。あれは触れてはならないモノ、けして呼び出してはならないモノに違いないでござる。勇者などと呼ばれておるが、拙者にはわかる、あの日、あの降臨の儀にて、本物の勇者とすり替わったに違いないのでござる。あの黒い煙がなによりの証拠でござる。


「どうしたのかしら? 私は手加減をしてあげているのでしてよ? いちいち呪文を唱えて雷を出してあげているんですからね。一応は訓練ということになっているようですから? 仕方なく、ですけど。オホホホホ!」

「たーすけてー!」


 あのフザけたノリに惑わされてはならぬのでござる。普段はフニャフニャ、まるでコンニャクのような立ち振る舞いで、いつまでも口を動かし続けるだけの凡人に化けているのでござる。ひとたび素を出せば、堂々たる武人の立ち振る舞いとなるのでござる。そして魔術は言うに及ばず、忍術も使い、その他もろもろの虹アフロ等はおそらく呪術なのであろう、おそろしや、あのバケモノには使えぬ術など無いのではござろうか……


 詠唱の独特さも際立っているでござる。昨日、拙者が聞いたものは、ひたすら似たような文言を繰り返す狂気がほとばしるモノと、面妖な小噺になっていたモノとがあったでござる。あんなに長い詠唱をするなど、北の山地では命がいくつあっても足りなくなってしまう悪手でござるに。それでも悠然と唱えるというのは、それだけの自信の表れなのでござろうか……? ともかく、狂気の詠唱の方は危険極まりない術でござった。


 エターナルフォースブリザード、あれはマズいでござる! バケモノが居室に入ってくるなり急に笑い出したときに気づくべきだったのでござる。すでにあの時、拙者がいることは見破られていたのでござる! あの狂気の詠唱は、拙者に向けられていたのでござる。そして寒気が襲ったと思った次の瞬間のあの言われよう!『相手は? 死んでないだと!?』……賢者の封印でバケモノの力が弱められていなければ、拙者はあの時おそらく死んでいたのでござろうな……


 それにしても、相手が死ぬ術、でござるか――死ぬ、というのは、それだけで何を意味するか明確にならぬ、とらえどころのない抽象でござる。あたりまえのように誰もが知っているようで、ハッキリとそれが何かは誰も知らぬ、そういうものでござる。ひたすらに死を具象化する――まさにバケモノにしか使えぬ禁術でござるな。そんな術を『死亡フラグの呪文』と小噺のネタにしてしまうとは――震えが止まらぬでござる。


「そろそろあなたも撃ち返してきなさいな。私ばっかり撃っていては、少々飽きが来てアクビが出てしまいますわ。ふぁーぁ」

「ふぁーん、呪文なんて、しゃべってる暇なんかないよー」


 しゃべる間もなくしゃべる、不可能を可能にする、なんと恐ろしい宣言でござろうか。エターナルフォースブリザードをくらって一時退却したのち、慎重に慎重を重ね再度、居室に入りかけた拙者がすぐ耳にしたのも、あのバケモノの強さを高らかに宣言する呪文と、それに続く、また拙者が見破られていたという、忍びにとってこれ以上ない屈辱の二連敗の宣言でごさった。もうたまらず、すぐにまた逃げてしまったでござる。


 ……『絶対マイナス一〇〇℃ひゃくど』……まさかそのような呪文をこの耳で聞くことになろうとは思いもしなかったでござる。聞いた瞬間、思わず体が固まってしまったくらい、常識では考えられないのでござる。『絶対系統』は忍術としては世に知られていない系統でござる。忍術といえば、忍びが一人前になるにあたり各々属する系統を選ぶことになる、全部で十七ある系統が全て、とされているでござる。この忍術を知っているということは、あのバケモノは抜け忍の成れの果てなのでござろうか……


 まさか隠者? 里の者はあの得体のしれぬ、忍びの目からも逃れて忍ぶ隠者の事を、忍者から頭のNを抜いて隠者になった伝説の抜け忍、と噂してござる。抜け忍など生きてゆけるワケがない故、拙者はそのような戯言には耳を貸していなかったのでござるが、はたして……百段越えでござるか。そんな段では、里の五十段越えが全員で束になっても、到底かなう相手ではないのでござろうな。


 絶対系統の基本術は忍びの間では知らぬ者が無い術ではあるが、外に漏らすことは禁忌な故、あの賢者ですら知らぬでござる。森羅万象の温度を変える術として有能であることは言うに及ばず、数値が絡む希少な術として、里では便利に使っているでござる。鍵となるのは、その温度を体で覚えていないと術が発動できぬ、という点でござる。北の山地は奥に行けば行くほど魑魅魍魎が跋扈している故、強さと数値が自然と対応するのでござる。もちろん、厳しくなり続ける寒さにも耐えられねばならぬのは、当然の事でござる。


 使い方はこうでござる。『絶対〇℃れいど』までしか下げられぬ者は一人前とは認められず『級』でその位が表され、『絶対マイナス一℃いちど』を発動した暁には黒装束が与えられると同時に『初段』に認定されるでござる。そしてその後は己との闘い、段を積み重ねるごとに里での評価も上がってゆくのでござる。拙者は恥ずかしながら未だ『絶対マイナス七〇℃ななじゅうど』の壁を越えられず、六十九段の地位に甘んじているでござる。里で最高段位の栄誉に輝いている忍びは七十七段、この者がこの段を獲得した時には、その前代未聞の記録を称えて祭りが二週も続いたでござる。


 絶対マイナス一〇〇℃ひゃくど! 里では九十九段で打ち止めなのではないかと噂になっていたというに、あのバケモノはいとも簡単にその限界を突破してきたのでござる。しかも底はまだまだ知れぬ、いったい何百段なのでござるか!? 全くもって現実離れした段で、その恐ろしさを想像をすることが全然できぬのでござる。


「……さんだーボルト、さんだーぼると、さんだーボルト――」

「もう一度ちゃんと言ってあげましょうか? サンダーボルト、ですわよ。さっきから、なんて可笑しな言い方を続けていらっしゃるの? 私もつられちゃって、発音がおかしくなってしまいそうですわー? 困りましたねぇ、まったく――」

「さんだーボルト、さんだーボルト、さんだーボルト――」


 ! うつつを抜かしておった! 拙者としたことが! バケモノがいつの間に狂気の詠唱を続けているでござる! このままでは姫君が! ええい今こそ我ら忍びの十七柱、各系統から選りすぐった忍び十七名による絶対系統最終奥義、隠密十七芒星絶対防衛陣を発動させる時! まわりに忍んでいる者どもに合図をせねば! この陣であれば、風・火・水・雷・土の五大系統はおろか、それに連なる十二小系統、全十七系統の術のどれでも、一度だけ絶対に防ぐことができる、まさにこの世随一の絶対防衛術! よし、陣は密かに発動した! これで防げねば、もう人の努力ではどうすることもできぬ、まさに絶体絶命最期の術じゃあ!!


「さんだー……あっ、これなら言える……」


 バケモノがニヤリと笑みを浮かべた! 来るぞ!


36個のさんダース『ボルト』!」

「きゃっ!」


 姫君ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

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