第11話 水魔法

 えーと、まずは対象を中央にとらえてロックオン――よし、うまくいったぞ。あとは自動でログが記録されていくのか。で、これを耳に着けると、対象の心の声が高めの周波数で流れてくる、と。


『あー、あの人は大丈夫だったみたい。よかったー』


 で、近くに人が来ると参考としてそれらも収集され、こちらは低めの周波数で流れてくる、と。


――大丈夫だよな? バレないよな? ああ、プランの練り直しも何もあったもんじゃない! 結局、一睡もできなかった! 目の下のクマを隠すのにさらに時間を取られるなんて、もう踏んだり蹴ったりだ……ちくしょう! どうしてこうなった!


 あの人、大丈夫か? 来るのは水魔法の導師のはずだよな? ……うん、本人で間違いない。なんか雰囲気がいつもと全然違うな。不審者として通報しそうになったじゃないか、まったく。あの人は普段から謎だらけで、ただひたすらにイケメンな水のエキスパートだ、という情報しか本部でも持っていない。本来ならそういう得体のしれない輩を勇者育成ミッションに関わらせるべきではないのだが、差し迫る脅威の前では背に腹は代えられない、といったところか。ちょうどいい、お国のためだ。倫理的に問題はあると思うが、貴重な情報を得る機会として活用させてもらおう。


「動作に問題はなさそうですか?」

「はい、ちゃんと聞こえてきています。賢者様、この度は貴重な機材をお貸しいただきまして、大変助かります」

「扱いに気をつけないといけない類のものですので、くれぐれも、うっかり放置などしないでくださいね」

「もちろんです。このまま私の監視のもと動作を継続させ、厳戒態勢が解除され次第、賢者様と合流、動作を停止、ログの確認、その後、賢者様に機材をご返却いたします」

「それでは、お仕事の邪魔になるかと思いますので、私はここで失礼します」

「お疲れ様です」


 賢者から直々にご指名があったのだ。信頼を裏切るわけにはいかない。なにより、精鋭部隊の唯一の良心と自他ともに認めるこの私が、失態をさらすわけにはいかないのだ。そして、勇者にこれ以上好き勝手をさせてはならぬ、と密かに厳命が下った。精鋭部隊としても失態はさらせない。とはいえ、昨日のアレは特に問題ないと思うのだが。我らの間では今朝、虹アフロが部隊の制式ヘアスタイルとして、全会一致で決定したというのに。まあとにかく、勇者が危険水準以上の不穏な事を考えた場合、及び、治安上の危険を訴えかける声が聞こえた場合には、ただちに本部に緊急通報をせねばならん。私としてはこんな事はしたくないのだが、お国のためだ、しかたがない。勇者には、すべてが終わった後に懺悔しよう。


――だめだ、どうしても気になる。風が吹くたびに心が凍る。


『いきなりむずかしいなー。うぉーたーっていつもワリと言い慣れてたと思ったんだけどなぁ』


――やっぱり色は妥協するべきだったのか? いや、虹色だなんて俺のプライドが許さない! いつだって完璧でなければ俺じゃないんだ!


『あっ、できたー。わら、ってノリなんだ。そういえば昔そんなこと習った気もするなー』


――ゴワゴワの方はまだどうにかなったんだよ。それでも俺の全魔法力を尽くして、風呂場で五時間はかかったが……強敵だった。まさかあそこまで抵抗を続けるとは。


『わら、って言ってわらがわらわら出てきたらおもしろそうだなー。あれ、でもわらってどんなのだっけ? なんかハッキリ覚えてないなー』


 あの二人は今なにをやっているんだ? まだ大きな動きをしていないから、遠目だと良くわからないな……お、イケメンが水を前方に放出したぞ。あれはスプレーの魔法だな。消火作業でも使うことがある魔法だ。


――あの染色はいったいどういう仕組みだったんだ? あの手この手を試してもぜんぜん落ちやしなかった。


『うー、また出来ないよー。昨日からぜんぜんうまくいかないの、いいかげんイヤになってきた……』


――もう疲れ切ってしまっていたんだ。早く楽になりたかった。つい、カッとなってしまった。現実に耐えられなかった。そして逃げてしまった。反省しなければ……


『あーもしかしてまたLとRこのハナシなの!? 呪文ってなんでこればっかり絡んでくるの? もーほんっとイライラする!』


――ああ、それは似てるけど違うんだ。Lにしてしまうと前方でなく周囲に飛び散らせるタイプの、あまり知られていない呪文になってしまうんだよ。水魔法マニアであれば外せないポイントではあるんだけど、この緊急時ではそんなことで楽しんでいるわけにもいかないんだよなぁ。


『もういい、テキトーにまき散らしちゃえ! ……あっ!』


――あーやっちゃったか。集中も途切れていたんだな。俺もまったく集中できていなかったし、ちょっと休憩をはさむとするか。


 おや、イケメンが水をかぶったと思ったら、なんか頭が光ってないか? ……あ、カツラ見っけ。アレはもう使えないな。


『どうしようどうしようどうしよう……今日もやっちゃったよぅ……』


――随分落ち込んでいるな。ちょっと水の出し方を間違えただけなんだから気にしないでいいのに。訓練を開始して日も浅いのに、もう中級魔法が発動していることは、実はそれなりに凄いことなんだけどな。


『気づいてない? もしかして、このまま逃げ切れれば、私のせいだってバレないんじゃ……』


――本当に魔法を愛しているんだな。少しの妥協も許さない、その姿勢はとても共感できる。


『よし、今日はこれから最後まで、超絶マジメ生徒になってなんとかやり過ごそう!』


――お、気力を取り戻したようだな。よし、ここからは俺もマジメにやろう。水魔法のエキスパートとして完璧に振舞えないのなら、そんな奴は俺じゃない! こんな当たり前のことを今さら確認しなければならないとは、俺もまだまだ未熟だな。




 噴水の水が盛大にグルグルと渦を巻く。あれはメイルシュトロームか。美しいな。


『よし、あとはあれを乗り越えれば終わるんだ……!』


――そう、あとはこれを乗り越えれば終わるんだ……!


『くっ、LとRあのハナシの二段構え!? 激ムズなんだけどコレ!』


――がんばれ勇者! 逃げちゃだめだ!


『でもヘコたれるわけにはいかないっ! あれがバレるのにくらべたら、こっちの地獄の方がまだマシだっ!』


――楽な方に逃げたって、あとで後悔するのは自分なんだ!


『やった! これで逃げ切った! 今日の事は忘れよう!』


――やった! 逃げずに頑張った! 今日の事は忘れないだろう!


 なんて美しい魔法なんだろう。




「まあ、何事もなかったようでなによりです」

「このログは現時刻をもって、独断で水に流すことにします。責任は私一人で追う覚悟です」

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