第10話 区別された者達

「ポジティブ――ネガティブ――ポジティブ――ネガティブ――ネガティブ――ポジティブ――ポジティブ――」


 数は今のところ半々といったところか。


「ポジティブ、ポジティブ」


 またこれだ、もうこのパターンは確定なのか?


「ポジティブ、ネガティブ、ネガティブ」


 これも多いな、噂になっているケースがよくひっかかる。


「ポジティブ、ポジティブ、ネガティブ」


 ノーコメント。


「ネガティブ」


 うーん。


「ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ」


 だんだんイライラしてくるのはなぜだろうか。


「ポジティブ」


 これはこれでイラつく。


「ポジティブ、ネガティブ」


 お? こういうのもあるのか……わからんな。


「ネガティブ、ネガティブ」


 あーこれはまた……


「ネガティブ、ネガティブ、ネガティブ、ネガティブ、ネガティブ」


 この人たちはこの人たちで、ひたすら楽しそうではあるんだよなぁ――


「あの、ちょっとよろしくて?」

「ネガティブ」

「? なんですの? なにか気に障ることでもしたかしら」

「ああ失礼いたしました。なんでもありません、つい」

「つい? ……まあいいわ。それより今日はもう、あのお方はお帰りになってしまわれたかしら?」

「あのお方……ああ、あのお方ですね。ええ、そうですね。もうとっくに城を出ていらっしゃいます」

「そう……今日はやけに早いわね。うっかりしてましたわ。大事な話があったというのに……」

「……」

「? えっ! ちょっと? なにを勘違いしていらっしゃるの!? 私はただ勇者様の訓練をしているチームの同僚として新しいプランの提案をしようとしていただけで合成魔法の指導なら一緒になれる時間がとれるって邪なことを考えたとか別にそういうことでは――」

「落ち着いてください姫様。雲行きが怪しくなっております」

「! ……今のはお忘れになって。いいこと?」

「もちろんでございます」

「ともかく、そういうことなら諦めますわ。それじゃ、お仕事お疲れ様」

「とんでもございません」


 お部屋に戻って行かれたか。姫様は姫様で難儀なさっていて大変だ。あのお方の件も、まあなんていうか、イケメンだからなあのお方は。イケメン過ぎてムカつくってなかなか無いだろう。とはいえ、今日のあの慌てぶりは酷い絵面で笑えたが――そうか! そういうことなのか!? さっそく検証項目に加えよう――よし、また調査に戻るぞ。




 間違いない。なんということだ。統計的に有意となってしまった。これはムカつくかどうか、いや……いわゆる現実の日常が充実しているかどうかの指標となっている。なぜこのようなことが起きているのであろうか。


 タイミングとして考えられるのはそう、あのとてつもない魔の気配、あれを感じた瞬間が関係しているのは間違いない。私は魔法だの魔族だのにそれほど詳しいわけではないのだが、あの気配はわかる。城門を守るものの一員として、常日頃最低限の警戒をせよと昔から体で覚えさせられてきた、あの気配だ。


 それにしてもとんでもない迫力だった。あんなものは生まれて初めてだ。すわ魔族の大軍の襲来か、と腰を浮かしかけた次の瞬間の衝撃も、凄まじいものだった。なにせ目の前の同僚の頭が……今思い出しても……いかん、もう大丈夫だと思っていたのに、笑いをこらえなくては……


 そう、あいつもムカつくヤツだった。いつもいつもあのウザったい話を押し付けてきやがって。昨日はどこどこ行ってきたとか、あのお店でどうたらこうたら、あの人がこうとか、この前なにがどうなったとか……いや、もう許そう。あの頭は二日三日でどうにかできるほど甘いものでは無かった。まさに神罰が下されたようなものだ。そうだ、これは神の裁きなのではないか?


 魔族の襲来は無かった。城の結界にも特に何も異常は無かった。それにここから見える範囲に限定されてはしまうものの、町の方も状況は同じように思える。これらから考えられることとしては、とてつもない力を持った存在が、攻撃ではない何かをしたということだ。その結果が例の……くくっ……そう、今また目の前に……


「ポジティブふおぉっ! ……ゲホ、ゲホン……」

「おい、大丈夫かお前」

「……大変失礼いたしました」

「なんか今日はやけにハッピーになってる奴らが多いな」

「……隊長も今日は一段と派手でいらっしゃいますね」

「イカしてるだろ! なんだか知らねーが、ハッとした瞬間にこうなったみたいでよ。気づいたらまわりの奴らも全員同じ頭してやがんの。ホラ、見てみろよあいつら」

「……! どうかご勘弁の程を……っ!」

「お前もなんだか浮かれてんな? どうした? お前は虹色に染めないのか? アフロは嫌いか? ん?」

「……仕事がございますので……」

「ああ、お堅いなー。オレらなんてそのままノリノリで仕事してたっつーの。交代の時間が来たらよ、来た奴等もまた全員虹アフロだもんなぁ。どいつもこいつも何考えてんだって話だよ、ハハハ」

「はは……」

「んじゃ、オレらは酒場行ってっからよー。またなー」

「いってらっしゃいませ」

「おら行くぞお前ら! 今夜は祭りだ!」

『イェッサー!』

「ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ、ポジティブ……ぶふっ」


 我らが誇る、神をも恐れぬ軍の精鋭部隊の皆様方、か……心強いな。ありゃかなわん。

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