第9話 火魔法
「よしはじめるぞ、勇者よ覚悟せい」
「ヒッ」
とりあえずちょっとビビらせとけば、アホなことをしようとはせんじゃろ。
「火はな、気をつけて扱わねばならんのじゃ。そのくらいはアチラでも常識じゃったろ?」
「はい、そのとおりであります」
「なら良し、呪文を唱えるときは気を張るんじゃ。これから火をつけるんだとしっかり意識せよ。日頃の火の取り扱いがちゃんとしておれば、そうそうおかしなことにはならんから安心せい」
「了解であります」
「では初級からいくぞ。まずはそのまま火を出すからな。そこのバケツの中にろうそくが置いてあるじゃろ。それに火をつけるんじゃ。まずはワシがやるからよく聞いておれ」
「はい!」
「ファイア」
勇者よ、おぬしにこれができるか……?
「おぉー」
「まあどうということはない、種も仕掛けもないただのツマラン火じゃ」
「そんなことはないであります!」
「あのな、別におべっかとかそういうのはいらんぞ? むしろイラつくからやめい」
「了解であります」
「ではさっそくやってみよ」
「はい! ……ふぁいあ」
そう来たか。予想外じゃ。
「あれ? なんでつかないの?」
「あたりまえじゃ。ちゃんと唱えよ」
「えっ? ふぁいやー」
「違う違う、もう一度ワシが言うから今度こそよう聞けよ――ファイア」
「ふぁいぁ?」
「これはちょっと骨が折れそうじゃのう……」
「ファイア――あ、ついた」
「やっとできたか。なんでおぬしは変な発音ばっかりするんじゃ? ようそんなに思いつくもんじゃ」
「英語は難しいのであります……」
「えいご? ようわからんが、ファイアなんてファイアでしかなかろう」
「そんなことはないであります。元いた世界ではふぁいあー派とふぁいやー派で戦争が起きたこともあったと聞いているであります」
「どっちも違うじゃろうが……」
「よくわからないのであります。ぶっちゃけどうでもいいのであります」
「呪文を唱えるには正確な発音でないといかん。しっかり意識し、しっかり声を出す。呪文の常識じゃ、覚えておけ」
「質問よろしいでありますか?」
「なんじゃ?」
「ファイアを紙に書いたりするとき、最後を『ア』にするか『ヤ』にするかどう決めるのでありますか?」
「うん? ……ああ、そんなもんどうでもいいわ」
「戦争は起きないのでありますか?」
「別にどう書いたって、しゃべるときはファイアじゃからの。正式な文書でも各々が好き勝手に書いとるし、自動のログなんかもそれを仕込んだヤツの趣味が出るのう。なんにせよ、読むときは書き方の違いなんて意識せんから、何の問題もないわ」
「読むときに、ふぁい……あ? や? とかってならないのでありますか?」
「それじゃと、そもそも最初の『ふ』から違うからな。わかっとるか?」
「頭が混乱するのであります」
「常識が通用せんのう……ちょっと待っておれ」
ふう、さすがにこんなもんが必要になるとは予想できんかったな。ええと『ファイア』と『ファイヤ』――これで大丈夫じゃな、よし。
「ここに二枚の板を用意した。どちらにもカタカナが書かれておるのがわかるな?」
「はい!」
「では、これを読んでみよ」
「ふぁいあ」
「それが違うんじゃ」
「えっ?」
「これはファイアと読むんじゃ」
「そう読めないのであります」
「そういうもんだと思え」
「了解であります」
「では、こっちはどうじゃ?」
「ふぁいや」
「それが違うんじゃ」
「えっ?」
「これはファイアと読むんじゃ」
「さっきと同じなのであります」
「あたりまえじゃ」
「なにがなんだかわからないのであります」
「おぬしカタカナを一文字ずつ読んどるじゃろ。それじゃ呪文にならん。まるっとまとめてファイアと読むんじゃ。それを上手く書きようがのうて、書き方が二つ出来あがってしまっとるだけなんじゃ」
「なるほどであります」
「じゃから書き方云々は気にせず、この呪文を唱える時はただファイアと言えばいいんじゃ、覚えておけ」
「了解であります」
「ではもう一度、そのろうそくに火をつけよ」
「ファイア」
「うむ、合格じゃ」
「やったー!」
「まだまだこんなもん序の口じゃぞ、次は中級じゃ」
「はい!」
「ではあちらを見よ。キャンプファイヤーはやったことがあるか?」
「楽しいのであります」
「うむ。次はあれに火をつけて、キャンプファイヤーみたいにするんじゃ」
「おぉー」
「ただし! 呪文としてファイアは使わん。それじゃ訓練にならんからの」
「なんの呪文を使うのでありますか?」
「まあまずはワシがやってみせようぞ――フレイム」
「おー! 燃え上っております!」
「ではいったん消すぞ」
「お? 今どうやって消したのでありますか?」
「まあなんじゃ、火っていうのは燃え続けるのにも原因があっての、そいつをどうにかすれば消えるんじゃ」
「なるほどであります」
「そんなことよりさっきの呪文を覚えておるか? 今度は一発で合格してみせよ」
あやつの話のとおりなら、これは……
「がんばるであります! ふれいむ!」
やはり不発か。読みが当たったのう。
「なんでー?」
「今回は惜しかったがの。『れ』のところがダメだったんじゃ。『レ』じゃ」
「うっ……それは……」
「なんじゃ?」
「RじゃなくてLっていうハナシなのでありましょうか……?」
「なんじゃと? そういう表現ができるということはおぬし、呪文の発音の仕組みだけはちゃんと理解しておるのか? ……これまでのワシの苦労はいったい何だったんじゃ……?」
「ううう……苦手なのであります……
「なんじゃそれは……アチラの世界ではそういうもんなんか?」
「人によるのであります。できる人はうらやましいのであります」
「努力せい」
「了解なのであります……」
「ともあれフレイムについてはもうわかったじゃろ? 気を取り直してやってみよ」
「……フレイム」
「うむ、合格じゃ」
「ほっとしたのであります」
「ではまた消すか」
「そっちの方が気になるのであります」
「うーむ、今は急ぎじゃからの……興味があったら、そのうち時間ができたときにでも、賢者に聞いてみるがよい」
「了解であります」
「では本日最後の試練じゃ! 上級魔法、その名もエクスプロージョン!」
「おー! ついに来たであります!」
「知っておるのか?」
「マンガではおなじみなのであります。これを魔王にブチかませば世界に平和が訪れるのであります!」
「いやさすがにそんな甘くはないじゃろうが……まあよい、やってみせよ」
「お手本はないのでありますか?」
「一度やると次の仕込みがな……とにかくじゃ、どんなに大きな爆発になっても大丈夫なようにしておるから、思い切って全力を出してみるんじゃ」
あらかじめ、一度きりの完全対火シールドをワシらに張っておいたからな。一度爆発したらすかさず、あやつが勇者にまたあの面妖な術をコッソリかける手はずになっておる。
「……えくすぷろーじょん!」
「またやってしもうたの」
「
「そのハナシじゃ」
「なら次は合格できるであります――エクスプロージョン!」
何も起きんな。
「えー? もうやだー」
「ちゃんと爆発を意識できておらんのじゃろう」
「ドカーンってイメージしているであります」
「土管じゃあるまいし、そんな雑な認識では爆発はせんぞ。爆発に至る因果の流れを全てきちんと認識できておらんといかん。ただ『爆発しろ!』と思っただけで爆発なんてしとったら、世界はとっくのとうに爆発しとるわ」
「……世知辛い世の中であります……」
「簡単に爆発する世の中の方が世知辛いじゃろうが……まあもしかすると魔王にとってはそうなのかもしれんがな」
「それでひきこもっているでありますか?」
「知らんわ。だいたい見たことも会ったこともない奴の事なんかどうでもいいわ」
「失礼したであります」
「まあ、おぬしがエクスプロージョンを使えないのはある意味、それでよかったのかもしれん――アチラでは平和な暮らしができておったとみえる」
「……待ってくださいであります! 次こそはちゃんと出来るかもしれないのであります!」
「なんじゃと?」
「今度は詳細に爆発のカラクリを組み立てたのであります! 因果応報であります!」
いつになく鬼気迫る感じがしておる――そうか、覚悟が足りなかったというのじゃな……!
「爆発させる気持ちにウソ偽りはないのじゃな。迷いがあってはならんぞ――時には、心を鬼にすることも必要なのじゃ!」
「もう迷わないのであります!」
「ではやれ! 勇者よ!」
「……享楽に溺れきっている堕落した愚かなる者どもに告ぐ――我が鉄槌を下す刻が今来たれり――
「ポジティブ」
「なんじゃ? ああ、通行証を出し忘れておったな。つい考え事をしておっての、スマンスマン」
「いえ、こちらこそ失礼いたしました。どうぞお通りください老師様」
「おつかれさん」
……はよう家に帰って、今日あったことをまとめるとするかの――しかし最後のアレはいったい何だったんじゃ? あんなおぞましい魔の気配は忘れかけておったくらいじゃというのに、何も起きんかったのう……とはいえ勇者はかなり動揺して目が泳いでおったし、城全体も大騒ぎとなっておったが……わからん、何があった?
だいたい、あの変なカツラはなんじゃ? 急にあんなもんワラワラと着けだしおってからに、いったい何をしとったんじゃろうか。ほとんどの奴らは慌てふためいとったようじゃが……うん? 町中どこもかしこもそうなっておるようじゃな。今日はなにかのお祭りでもあったかの?
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