第8話 導師会議

「ヤバいな」

「ああ」

「勇者様なのでしょう? あのくらい出来て当然ではなくて?」

「いや、勇者っつっても記憶が戻ってないんだろ。魔法に関してなんも知らないド素人だって話じゃねーか」

「そもそも転生前の勇者様って魔法は一切使わなかったんだろう? 我らが英雄様と同じく」

「あなたたち資料は読んでいないのかしら? あちらの世界でしっかりと、暗黒魔法っていう聞いたこともない系統を修得してきている、って書いてあったわよ。導師として選ばれたからにはしっかり仕事なさいな、まったく」

「けっ、あんなもんハッタリに決まってんじゃねーか。オレだって昔は暗黒魔法の一つや二つ……うっ頭が」

「……」

「? 知らないのって私だけなの? なによ暗黒魔法って。魔族かなんかが絡んでるのかしら?」

「やめろ……やめろ……」

「気にしない方がいい。大したことではない」

「魔法使いに対して知る権利を否定するなんて、よりによってあなたがそんな……いいわ、表に出なさい! 今日こそじっくり話し合いましょうか」

「おぬしら落ち着かんか全く。賢者もあきれとるぞ」

「私を巻き込まないでくださいますか老師」


 挙動不審な風魔法使いを遠目に見ながら、自然と場が盛り上がる。あんな派手なパフォーマンスに晒されたとあっては、常日頃から魔法に親しんでいる身として、気持ちも高ぶってしまうというものだ。一連の対処が終わってしまって、落ち着いた後に会話が弾むのも仕方がない。それはそうとあんなものを普段から無差別に撃ちまくられては、死人が出るどころでは済まないな。対処が必要か――


「賢者よ、勇者をこのまま野に放つわけにはいかんぞ」

「ええ、普段は私が抑えておくことにします。訓練の間だけはリミッターを解除した方がいいと思いますので、結界等について防衛軍との調整をお願いできますか」

「あーそれは俺に任せとけ、あいつら普段の防災訓練で舐めてかかって腑抜けてやがるからな。さっきのアレで目も覚めたろ。魔王が来る前に勇者に滅ぼされるぞって脅してやらぁ」

「めったなことを言うもんじゃない。ただでさえ勇者様にはいろいろ良くない噂が立っているのに、君がさらに悪化させてどうする。指導する立場として、弁えるべきは弁えるんだ」

「裏でコソコソ言ってる奴等のことなんか知らねーよ。あいつのアレは目に見える脅威なんだ。馬鹿どもの尻を叩くのにはちょうどいいんだよ」

「君は昔から言葉の使い方に無神経すぎる。即位の儀の時だって、まだ幼い王様に向かってあんな――」

「うるせーな、いいかげん水に流せよ! お前得意なんだろそういうの」

「こんな口の悪い下衆の言うことなんて気にしない方がいいわ。あなたのその筋の通ったところは、私は認めてあげなくもないわよ」

「どの口が下衆だって? 自己紹介か? あ?」

「……私の本気を見せる時がそろそろ来たのかしらね……!?」

「やめい! お祭りはさっきので充分じゃ! またせっせと防衛陣を描きまくるのは御免じゃぞ! いっそのことワシがお前らを燃やし尽くしてやろうか……」

「落ち着いてください老師」


 魔法使いはどうしても個性が強くなってしまう運命なのか。それぞれの系統の深みに嵌れば嵌るほど、まわりが見えなくなってしまうというのもある。そんな面々にチームを組ませるなど、国の上層部というものは、現場に試練を与えることが仕事なのであろうか。あの愚か者がそうであるように――


「ところで今夜に予定していた会議はどうする? なんかもう、今すでに会議をしてしまっているような気がするんだが」

「そうね、風のアイドルさんはあの通りもう使い物にならないでしょうし、尊い犠牲に感謝しながら、私達だけでさっさと今後の話を進めましょうか」

「かわいそうに、成す術なく大いなる災いにのまれちまったな、ハハハ」

「おい、いいかげんに――」

「賢者よ、土を黙らせい」

「……仕方ないですね、まったく。サイレンス」

「ちょ待――」

「軍の皆様が待ってますよ隊長殿。こちらのことはお気遣いなく」

「――! ――、――――……」


 恥ずかしくなったのか、恨めしそうにしながらもスブスブと床の下に潜っていった。これでようやく落ち着いて話ができる。


「でじゃ。勇者じゃが、意外と筋がいいのう。なんなく風の極意を掴んだと見える」

「あんな粗削りじゃ実戦は無理ですわ。まわりをいくらでも巻き添えにしていいのなら別ですけど」

「まあ、魔法を心から愛しているさまはしっかりと伝わったよ。嬉しいね」

「! 私だって、魔法を愛することにかけては他の誰にも負けないわ! 一番の相手ってわけじゃないけれど……」

「想定していたより威力がかなり強いですね。十年間メンタルプラクティスをしてきている計算になりますか」

「異世界でしっかり予習しておったようじゃな、感心感心」

「初心者向けに組んでいたプランを見直す必要があるかな」

「あんなお子様に高度な内容を教えたところで、悪用するに決まっていますわ。見なさいなあれを。あんな醜悪な踊り、身の毛がよだつ思いがしますわ。噂に聞く魔族の宴って、ああいうのではないかしら」

「あれはいったいなんなんだろう」

「世の中知らない方がいいこともあるもんじゃ、覚えておけ」

「魔法使いにとってそれは屈辱以外の何物でもないですわ。とはいえあれだけは今日を限りに忘れさせていただきますけど」

「踊りはともかくとして、勇者の魔法の威力があそこまで強い以上、教える呪文は安全を考慮して初級に限る、とした縛りは意味をなしていませんね。今後どのような事態が起こるかわからない以上、手札を多く持たせるに越したことはないでしょう」

「私は基本だけしか教えませんからね。何かあっても責任なんて取れませんもの」

「うーん、せっかくだから合成魔法とかにも手を伸ばせればと思うんだけど」

「! そ、それは……!」


 城に雷が落ちた。照明が一瞬チカチカする。


「平常運転じゃな」

「……ごめんなさい。ちょっと失礼していいかしら。あとでログを頂戴ね」

「もちろんです」

「それではみなさま、そのままお続けになって。挨拶は不要ですわ」

「賢者殿、毎日一人ずつが指導をしていく、という当初の原則は崩さない方がいいだろうか」

「みなさんそれぞれのご都合もありますし、連携となるといろいろと面倒事も起こりますから、あまりややこしい構成にはしない方が良いでしょうね」

「お互いに合意の上なら好きにすればよかろう。その気になれば自分の専門以外を絡めて一人でも指導できようぞ」

「了解した」

「基本方針は当初の通りで構わないと思います。照準訓練を数日で終わらせることが現実的ではない以上、呪文のレパートリーが多少増えたところで、勇者が使う攻撃魔法として最適なのは、やはり雷ということになります」

「そうなるとさっき彼女、基本しか教えないと言っていたが、もっと上を目指すべきなのでは?」

「雷には初級しかないわ。雷魔法の初級が雷そのものじゃからの」

「ああそうなんだ。いつもそれしか使ってないのはそういうことだったのか」

「賢者よ、勇者に雷を操らせる算段があるのか? あの天性の姫には操り方を教えるなど出来るわけがないぞ」

「今日のようにつつがなく修得できるなら良し、駄目ならパーティーを組んだあとで、催眠にかけてでも刷り込みますよ」

「……おぬし、あのとき以来ずっとそんな調子じゃな」

「とにかく、我々は妥協せず完璧を目指せばいいんだな。すばらしい」

「こんなところかの。明日はワシが勇者の力量を見極めてやろうぞ。楽しみじゃ」

「老師、それなんですが、ちょっと気になっていることがありまして――」




「ふむ、なんでそんなことになっとるんか、いまいちピンと来んな。そういやさっきのアレもたまに不発だった気がするのう。それら踏まえて、明日ワシがいろいろと調べてみようぞ」

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