一目惚れと変身

「どういうことだ?」


鏡にはいつも通りの平凡的な顔の自分しかおらず、絶世のイケメンはどこにもいなかった。


もしや自分の見た出来事は夢だったのだろうか、そうだとしたらあまりにもはっきりし過ぎた夢だ。


「はぁ、しょーもな」


きっとフラれたショックのせいだろう、幻覚に近いなにかを見たに違いない。


何がともあれ人生に一度の中学校が終わったのだ。最後は割と最悪な結末だったとはいえ全体的に見れば悪くない学校生活だった。


恋が終わるまでの過程で得たものは莫大だったし、きっと何年もすれば黒歴史に近いものではあるが若さゆえの行動ということで先の人生の教訓になるはずだ。


フラれたばかりとは言え長くそれに縛られる謂れもない、お前の恋は簡単に捨てられる程度のものだったのかと言われるかもしれないがこれは俺の積み重ねてきた恋愛観からくるものであるので、後悔はすれど戻りたいとは思わない。


折角洗面所にいるのだ。手を洗ってうがいという日常的動作に加えて決別の意味を込めて水で顔を洗う


「よし!高校こそは!彼女を…」


鏡に向かってダダ漏れの決意を表明しようとしたが覗き込んでいる母親のニヤけた顔が見える。

顔が一気に赤面し、折角の決意は水と共に流れていった。



⚪︎⚪︎⚪︎



時が過ぎて4月、八葉幸司は高校へと入学した。結構頑張って入試に合格しただけに感動はひとしおだ。


現在入学式の途中であり、生徒会長が式辞を読んでいる。生徒会長が女性だったら何かしら感じるものがあったかもしれないが残念ながら男性である。


なにやら学校生活のことについて言っていたが、入学式はただただ退屈なだけである。


入学式は慣例なのはわかっているが、正直式辞や祝辞の回数か文字数を減らしてほしい。読み上げる相手の真っ先に注目するところは制服のポケットかスーツの胸ポケットである。


そこから取り出す祝辞や式辞の分厚さで歓喜したり絶望するのだが生憎と歓喜できた経験はない。


結局のところ、あの出来事はフラれたことによるショックが見せた幻覚ということで結論がついた。


あれから二、三日が経とうともさっぱり変わらないのだ。しかし、少しでも見目をよくするためにスキンケアを学んだが自分の肌質に合うものはまだ見つけられていない。ある程度は親が買ってくれるものの、あまり負担はかけたくないため月々のお小遣いでやりくりしている。


「……祝辞と代えさせていただきます。羽咲高等学校生徒会会長、沖田英二」


祝辞が終わり、体育館全体に拍手が広がる


生徒会長は仰々しい足取りで元の席へと戻っていく。


この後も多少の式辞などがあったが適当に聞き流し、入学式を終える。


退場の誘導に入り、先生が先導し体育館から退場していく


これからクラスごとに各々教室へと向かっていく。自分の学年は8クラスまで存在し、学年全体は約320何くらいのため1クラス大体40人ほどである。


八葉は1-5である。そのため退場は中盤位となるのだが割と待たずに体育館から出ることができた。


自分がこれから三年間通う場所となるため、様々なところを興味本位に見回していく。


正直なところをいうと周りのクラスメイトに話しかけてみたいが生憎そこまでのコミュ力は持ち合わせていない。焦らずともよほどのことがなければ溶け込めるのだ、今から急ぐ必要はない。


体育館からの渡り廊下を渡ってすぐの場所に階段がありそこを二回昇る、つまるところ三階に一年生の教室がある、手元の地図を見たところ二階が4組までのクラスの教室となっており、5組から8組までは3階の教室が割り当てられている。


階段を昇ってすぐに扉の上に5組と表示してある。廊下を挟んだ向かいには大きめのロッカーがある、おそらくそこに荷物や教科書などを入れるのだろう。


教室に入ってすぐの黒板には「入学おめでとう」の文字とともに席の場所が記されていた。


その黒板によると八葉の席は真ん中の席あたり、悪くない。


中学のときからなぜか後ろの席を求める者がかなり存在するが自分はむしろ前の方がありがたい。


自分の席を確認し終え、改めてクラスメイトとなる顔を見ようと見回し







思考が凍りついた、視点と思考はまるで引き寄せられているかのようにそこから動こうとしない。



流れるような黒髪は肩にかかるくらいまで延びており、一本一本が綺麗に、艶やかに思わせる。制服のわずかな部分から除く肌は一般的にみても白い。少し力不足だが切れ長な眉の下から覗く瞳はどこまでも暗いが、綺麗な黒髪と相まってどこか儚げな雰囲気を匂わせている


少し離れた場所からでもこれだけの情報が流れ込んできても八葉はそこから意識をそらそうとしなかった。


20秒くらいたったくらいだろうか、一点をじっと見つめている自分に気づいたのは


ハッとして不自然に思われないように目を逸らす、視点は逸らせたものの意識は完全に彼女に向いていた


急いでクラスの名簿を確認する


名前は坂田英理世さかた えりせ、それが彼女の名前らしい


わずかとはいえ時間が経っても顔が熱いままであり、心臓がバクバクと鼓動している


これが一目惚れというやつだろうか、今の状態をトキメキというのならばそれは卒業式の告白直前以上の状態だ。呼吸が浅く、気取られないようにしたら殊更に悪化していく。


この状態がいつまで続くのだろうか、いっそ話しかけてみるか?いや、それは悪手かもしれない、第一こんな奴に話しかけられた時点で不審者にしかならない、あ、でも彼女が離席したときに、、、、、、


「なあ、大丈夫か?呼吸がかなり乱れてるけど、保健室いくか?」


もはやパニックに近い状態になっていた八葉に話しかけていた声は後ろから聞こえてきた


突然の気遣いの声に驚いたがそのおかげでかなり落ち着いて考えられるようになった。ひとまずは気遣いに対する感謝を述べなくては、と後ろを振り向く


「大丈夫だよ、気遣いありがとう」


返事とともに振り向いたところにいたのはいかにもスポーツできますよ、といった感じの爽やかさ溢れる男子だ、ひとまず名前がわかるまでは爽やかさんと呼称しよう


爽やかさんは自分の顔みてかなり面食らった表情をした、まるで振り向いた姿が想像と違ったときに浮かべるような感じだ


「どうしました?何か顔についてます?」


浮かべた表情を変えない爽やかさんに問いかけてみるとハッとしたかのように表情を取り繕うのような顔に変える


「い、いや思った以上にというか、、すっげえ顔がイケメンでさ、びっくりしたというか」


「俺がイケメン?なんか冗談でも言ってるのか?」


「はあ?どっからどう見ても極上のイケメンじゃねえか、いいか?過剰な謙遜てのは嫌味に聞こえるんだぜ?」


「はあ?」


おもむろにポケットから携帯を取り出し、カメラ機能を起動する。最初は画面に爽やかさんが映った。自撮り機能をあまり使わないためである。


画面を操作しカメラを反対にするとそこには朝見た平凡な顔はどこに行ったのか、これまでみたことのないような絶世のイケメンが写し出されていた

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