幸福な王子
「力が…欲しいか?」
3回目の誘いを終えた時点でわかったことが何個かある。
・この声は古びた小さな祠から聞こえてくること
・声はかなり低音で魔王の誘いと言っても納得する
・男性であること
このセリフは3回続いているが二回目で「もう一度言おう」と言っていたので多分会話できる
それにしても古今東西探してもフラれた奴に力を授けようとするやつはなかなかにいないだろう。しかも現代社会を生きる中学3年生にだ。
もしかして自分は死んでいるのではないだろうか?フラれたせいでかなり足元がおぼついていた。
この祠が見える前にトンッと感触がした、これは車やら何かしらの致死性の物に触れた衝撃なのではないのだろうか。
衝撃が軽いのは脳が強力な衝突の衝撃を感知する前に死んだから
そう考えると割と個人的に納得がいくが冗談ではない、彼女ができる前に死ぬのは絶対に嫌だ。せめて死ぬならばいつの日にできる彼女が浮かべる笑顔を目に焼き付いてから逝きたい。
なら、問いかけに答える回答は一つ!
「力が…欲「欲しい!」しいか?」
力を求めること、それに尽きる。
「何を求める?」
「申し訳ありませんが、それを答える前に質問してもいいでしょうか?」
「いいだろう、三つまで答える」
「ありがとうございます。では一つ目、私は生きていますか?死んでいますか?」
「生きている、今のお前は夢を見ているようなものだ。この状況が与える肉体及び精神などに対する影響は皆無だ」
ひとまずは安心した。死んではいない、この明確な生死の確認だけでも自分には貴重な質問を消費するだけの価値はある。
「では二つ目、あなたの正体と目的を教えてください」
「…………少し長いが構わないな?」
「私の体に支障がないのなら」
そう言って祠は身の上話を始めた。
要約してしまうと童話「幸福な王子」に登場する鳥が配った宝石の一つであり、ある力を持っている。
その力は対象が現在一番心の底から望むもの、すなわち願望を条件付きで与えることができるということ。
目的はここの領域に踏み入ったものにその力を行使すること。
その話の過程で何故祠にいるのか、何故こんな夢の中でしか存在しないのかということは説明されなかった。
「………というわけだ、さて三つ目の質問はあるか?」
「…その願いはどこまで叶えてくれますか?」
「この私の力が及ぶ範囲、つまり限りなく近い形だ。条件がつくのは願いが叶う代わりだと思えばいい。」
「その条件はどのような感じでしょうか?」
「質問は三つまで、と言ったはずだ。さぁ少年、願望を言え、貴様の心の底から願うものだ。それ以外の願望は決して叶えぬ。」
「では富を、一生かかっても使いきれない巨万の富を」
「違う、それは貴様の心の底から叶えたい願望ではない。」
「では願望を全て叶えられる力を」
「そんなものは願望ではない、ただの強欲だ。心の、全てを擲ってでも叶えたいものだ。願望には長期的に醸成された願望よりも短期間で感情的に培われた願望の方が勝るものもある。今の貴様に聞いてみるが良い」
今の俺、自分が今欲しいもの…
天才的な頭脳?
それは違う、欲しいとは思ってもそれは憧れからだ。
驚異的な身体能力?
それも違う、欲しいと思ったことはあるがそれは一般人が思うのと同じ感じ。
悩めば悩むほどわからなくなる。どれも欲しいが心から思ったものでもない。いや、思ってはいるが擲ってでもと思うほどではない。
悩んでいる姿見かねたのか声が聞こえてきた。
「冷静さを取り戻したせいで直情的な部分が抑制されたな。しょうがあるまい、貴様の最も昂った感情をだしてやる。」
その言葉とともに胸の内から猛烈に湧き出してきた感情、欲望、上澄みの願望を喉の奥から捻り出す。
天才的な頭脳ではない、驚異的な身体能力でもない、一番、日常的に願うものでもない、心の底から絶望して心の底から願ったもの…
それさえあれば全ては好転するはずのもの…それは
「イケメン…全ての顔の嗜好を叩き潰すような魅力的な、どんな天然物でも人工物でもそれを凌駕しても余りある唯一かつ随一の絶世のイケメン顔をくれ!」
「よかろう、くれてやる。全ての人類の顔面偏差値の頂上に玉座を作ってやる。私はその行く末を見届けよう。」
ハハハハハハハッハッーハッハッ
と腹の底に響く笑い声を体で感じる。
その振動で瞼がむず痒くなり思わず瞬きをしてしまった。
再び瞼を開くとそこには古びた小さな祠は存在せず、目の前には見慣れた、いや今朝も見た自分の家があった。
思わず周りを見渡しても見慣れた景色しかなかった。そして手元には学校に思わず置いてきてしまった自転車もある。
夢を疑うが記憶がはっきりとし過ぎていて夢と思うには少し違う。
「そうだ!あの祠が言ったことが本当なら!俺は絶世のイケメンとやらになっているはず!」
慌てて鍵を開け、洗面所へと向かう。
ただいま!っと家にいるはずの親に向かって叫び、返事を聞くまでもなく洗面所の鏡へと向かっていく。
我が家では玄関に入ってすぐに洗面所があるため、鏡はすぐに見えた。
「え?」
その鏡に写ったのは絶世のイケメンではなく平凡な、見慣れた朝の自分と変わらない姿が写し出されていた。
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