就職?

馬車で街道を走ること半日。太陽が沈むころには、俺たちはついにハンブルクの都市にたどり着いた。馬車の速さからして体感で大体50kmは進んだだろうか。操縦士に朝いた場所からどれほど進んだのか聞いてみたら1万エレと返ってきた。エレ単位は大体ひじから中指までの距離を指すので大体あっているだろう。

ちなみに操縦士は名乗ならかった。基本的に盗賊団では長い付き合い同士以外では名乗らず、立場や役職名で呼ばれる場合が多いらしい。なんでもいつ死ぬか分からない奴の名前なんて興味ないし、そんな奴に名乗る必要もないとか。もうこの時点で俺がこれから働く盗賊団がどんな環境か想像できて気が重い。ジョンと操縦士は長い付き合いのようで、ジョンは敬意をこめて操縦士を兄貴と呼んでいるが、操縦士は彼をジョンと呼んでいた。


なにやら深い関係が二人にはありそうだ。だが俺はそこに突っ込むほど無粋な男でないし、なにより勇気もない。第一7歳児がそんなことずけずけと聞きだしたら怪しまれるだろう。俺は祝福を使えるだけの、ただの7歳児だ。実際本当にそうだし、政治とか経済とか詳しくないし、喧嘩も苦手だからな。まぁいちよう歴史はちょっと出来るけど…。

どっちにしろ俺はただの無害な子供。少なくともこの盗賊たちにとっては無害で、そして有益な存在としてあり続けなくてはならない。生きるためにはな。


操縦士の男は門番になにか短い会話をし、懐から小さな袋を門番に渡すと、積み荷の検査もされずにすんなりと馬車は街の中へ通された。たぶん賄賂だと思う。確かハンブルクでは積み荷の検査だけで、通行料は取られないと村に来た商人から聞いたことがある。人の行き来をしやすくし、商業を活発にするのが目的だとか。ハンブルクは北海とラーベ川の接続位置に建てられた港湾都市だ。ただ最近は風車を使って沿岸部に広がる広大な干潟――低湿地帯の埋め立てや干拓を行う計画が進んでいるらしい。

そんな世間話をしながら俺たちは目的地を目指す。目的地は娼館じゃなくてスラムの一角。そこの鉄くずや宝石、家財などを取り扱う万屋だ。ここは簡単に言うと盗賊団のハンブルク支部らしい。ここで盗賊団が奪った商品を現金化し、活動資金にすると同時に、各地の情報収集のための基地として使われている。まぁいろいろ察していたが、どうやら俺が所属する事になった盗賊団は俺が居た村の領主の土地にある、別の村を襲って略奪したようだ。本業は傭兵団のようだが、最近まで戦争がなかったため、食い扶持を維持するためだったとか。あと最近まで戦争がなかったと言ったが、どうやら近頃は戦争が起きそうらしい。それもこのハンブルクをめぐって。

お相手は俺が住んでいた村の領主――リューネブルク侯爵・ヨハン三世だ。

なんでもリューネブルクはもともと南のブラウンシュヴァイク候領と同じリューネブルク・ブラウンシュヴァイク公国であったらしいが、先代の崩御によって次男と長男に二分割されたようだ。ヨハン三世は次男だったらしく長男のアルブレヒトは帝国第二位の人口を誇るブラウンシュヴァイク領・ブラウンシュヴァイク市を継承したらしい。ブラウンシュヴァイク市はハルツ山地北部の麓に位置し、土地が肥沃で農業に適しているばかりか、昔から交通の要所であったためハルツ地方にある鉱山都市バスラ―から流れる銅を加工して黄銅を生産する手工業としても栄える商業都市であった。そのためヨハンは領土奪還としてなんどもブラウンシュヴァイクをめぐる争いを繰り広げたようだがいずれも惨敗。そしてブラウンシュヴァイクがだめならと、次に目を付けたのがこのハンブルクのようであった。ヨハン三世はハンブルクの自治政府に対して三度の投降勧告――リューネブルク領への併合と代官の派遣の同意を迫ったがハンブルクは200年前の皇帝からもらった特許状を盾に断固としてこれを拒否した。

それが俺が逃亡する二年前に起きたことだ。

二年を経て本格的な信仰の動きを見せたのは、ヨハン三世が過去の失敗から相当の準備期間を設けたのだろうと操縦士の男は言っていた。ではこの盗賊団はヨハン三世につくのかと聞くと、団長はハンブルクにつくと決めたらしい。なんでかと聞くと、貴族はよく傭兵団への支払いが遅れたり、踏み倒すことがるからだと。これには理由が二つあるらしく、まず貴族は総じて傭兵団のような存在を侮蔑しているということ。そして政治体制にも問題があるらしい。貴族は世襲制だから時間が立てば当主は交替する。すると先代がした借金や契約なんて知るかと踏み倒すのだ。またそんな状態だから商人から金を借りるのも難しいとかなんとか。それに比べて自治都市は議会によって政治が行われるため、当主の交代による踏み倒しリスクも少なく、そのため債券を発行して借金をすることが可能だ。基本的に傭兵への費用は税から支払う事になっているが、税金は早く集まらない。だから債券を発行して迅速に資金を集め、税金は後でその借金の返済に充てるといったことをしているらしい。だからこの傭兵団の頭はハンブルクにつくことを決めたのこと。なかなか合理的な判断だなと思う。ちなみに他の傭兵団の多くもハンブルクにつく動きを取っている様だ。そのぶん略奪などの分け前は減るが、踏み倒しリスクの低いハンブルクを取ったようだ。ではこちら側が有利かというと未知数だと操縦士は答えた。自治都市に比べて借金ができないヨハンは、まともに準備せずにスピード勝負をしてを勝ち目がないことを知っているからこそ長い準備期間を設けたからだ。とうぜんハンブルクもそれは同じだが、ヨハンは周囲の諸侯たちと同盟を組んでいるという情報も各地の支部から入り込んでいるらしい。


「もしかして、傭兵団がリューネブルク領を略奪したのはハンブルクの指示ですか?」


俺の問いに操縦士の男とジョンは目を見開いた。

するとジョンは俺のもとまで這うようにして近づくと、いきなり俺の襟元をいきなりつかみかかった。


「まさかテメェ!リューネブルクのスパイか⁉」

「ちっ違いますよ!ただ純粋にそうなのかなって……」

「やめろジョン。こいつはスパイじゃない」

「……どうしてです?」

「経験と感だ」


操縦士の男の言葉にジョンはため息をついた。


「まあいいですよ、兄貴がそういう時は大体あってますから…大体ですけど」


「脱糞小僧、お前の予想通りだ。必要な武器と費用を肩代わりに…ってな。ハンブルクは少ない経費で俺たちに襲われずに済むと同時に、敵にダメージを与え、俺たちは飯を得れる。ハンブルクだってなにも準備してねぇわけじゃない。すでに戦争は始まってんだぜ」


「襲われずにって…仲間じゃないんですか?」


「戦場ではな…平時は知らねぇよ。現に俺たちは今、ハンブルクに雇われてる訳じゃない。傭兵と仲良くしてぇなら金持ってこいって話だ」



操縦士の男の言葉に俺はなにも言えずに俯いてしまった。傭兵の行いは正しくないし、正しい存在でもない。でも男の言葉は正しかった。好きかどうかは別にして、俺は何も言い返せる言葉が見つからなかったし、仮に見つかったとしてもそれを言う勇気はなかった。そんなことは間違っている。止めるべきだと言っても、それを突き通せる実力がなければ意味はない。俺は祝福をもっている。持っているが、ただそれだけの存在なのだ。

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