一枚だけの手札
空腹と疲労、寒さに耐えかねて俺はついに街道の端で寝てしまった。
正直明日を超えれるか分からない。でもそのときは不安よりも寝て休みたいと言う感情が脳内を支配していた。そして少しづつ眠気が覚めてくる。まぶたの上から感じる強い日の光に、自分がまだ生きていることを実感できた。暖かい日の光を肌で感じながら俺は目を覚ました。
「……兄貴、ガキが起きました」
目が覚めると俺は馬車の中に居た。
だが俺はすぐに恐怖で体が固まってしまった。
荷台の真ん中に寝ていた俺の前には顔が傷だらけのやせ細った男が座っていた。
そして俺の両足は縄で縛られている。
人さらい。
親から聞いた童話の中にはそういった人をさらって、売り飛ばす盗賊団がいると聞いた覚えがある。最悪だ…寝ている間に俺は盗賊に捕まってしまったのだ。冷静に考えて夜が一番警戒しなくてはいけない時間帯だった。いまそんなこと言ってもタラればにしかならないが…。
「そうか…そのまま見張っておけ」
「へい、おいガキへんな動きしたらこれでブスリだぜ?」
やせ細った男は子供の二の腕くらいはありそうな長さのナイフを俺の首に押し付けた。俺は不意に小さく顎を縦に振った。
「へっ…そうだ、死にたくないのなら素直が一番だ。運がよけりゃ優しいご主人様に会えるからよ…まぁどっちにしろお前がやる事は変わらないがな」
「……やること…?」
笑う男に俺はとっさに話しかけてしまった。
「ああ別に知る必要はない。その年じゃ分からねぇだろうからよ。ただなんだ、お前みたいな若い男にもいろいろ需要ってもんがあるのさ」
盗賊の言葉の意味に俺は背筋に緊張が走った。どこを見ていいのか分からず、俺は視線をいろんな方向に動かしていた。どうするべきか、俺は嫌な汗を滲ませながら必死に頭を働かせる。
「おい、へんな動き――」
「俺をあなた達の下で働かせてください!!」
「あぁ?何言ってんだガキ」
「おっ俺は祝福が…使えます」
俺の言葉に馬車が止まった。
俺の周囲に積まれた積み荷と、俺の前に座る細身の男が前後に揺れる。
「兄貴?」
そう呼ばれた男が前の操縦席から首だけを左に曲げ、俺の方を睨みつけた。
「昨日が祝福の儀式だったんです…それで……授かりました」
「ああそういうことか……お前、闇魔法が使えるな」
操縦士の男は俺の手錠を見つめながらそうつぶやいた。
俺は耐えきれなくなって俯いてしまった。
「はい…」
「信じるんですか兄貴?ただの逃亡奴隷じゃ」
「足枷ならともかく、奴隷の手を後ろに縛る主がいるか。こいつは奴隷じゃない、犯罪者……魔女なんだろう」
「魔女って……こんな奴かくまったら俺たちまで破門されちまいますよ」
「匿うかどうかはお頭が決める事だ。俺たちが今やる事はこいつの祝福の真偽についてだ」
「おいガキ……その祝福が本当だったらまだ考えてやる…見せてみろ」
やせ細った盗賊は俺を訝し気に睨みつけながらも、俺に祝福を使う様に催促してくる。だが困った。炎や水を生み出したりするような分かりやすい祝福ならまだしも、俺は対人特化の脱糞魔法だ。こんな所でそれを証明できるわけがない。
なにより祝福の真相を言って信じてもらえるかどうか…。
「その……魔法なんですけど…」
「なんの魔法だ」
操縦士の男が俺を睨みつける。
「……脱糞…」
「あ?」
「人を強制的に脱糞させる魔法です!!」
あぁ…ついに言ってしまった。
その瞬間、盛大な笑い声が聞こえた。
笑う主は操縦席の男――ではなくその手前に座るやせ細った男であった。
「そうかそうか、ありがとな。こんな度胸があればお前はどこでもやっていけるよ、お前の幸運を祈ってる」
「ちがっ本当なんです!!」
「おいおい、道化師ってのは引き際が大切だって師匠に習わなかったか?」
俺が必至に訴えても男は笑いながら適当に受け流すだけであった。
「なら見せてみろ」
またしても間を割くように操縦士の男が静かに言った。
「見せてみろって…誰かを脱糞させないといけませんよ?」
「ジョン、お前が実験体だ」
「えぇ⁉……まじすっか…?」
「当たり前だ。お前、お頭がこれから何しようとしてんのか分かってねぇのか?こいつの力が本当なら役に立つかもしれん。そうすれば俺たちはもっと上にいけるぞ」
「それはそうですけど……こいつ自身にやらせるのはダメなんですか?」
「それだとただ糞したのか、魔法のおかげか分からねぇだろ」
「うっ……」
「こいつが嘘をついてようが、使えない魔法使いだろうが…どっちにしろダメなら娼館にでも教会にでも売り飛ばせばいい。魔女なら教会に俺たち盗賊団の顏も立つ、そうじゃなくとも女に手出しできねぇ坊主にとったら、こんぐらいの小さいガキは引く手数多さ。どっちに転んでも俺たちが得をする」
「でっでも…」
「生き残るには素直な方がいいぜジョン」
男の鋭い視線がジョンと言う男に突き刺さる。正直俺が魔法を使う必要がないくらい顔が怖い。代官に使えていた兵士と同じ、完全に人をヤッテル奴らの目だ。
「わっ…かりましたよ……その代わりズボンは脱がせてください。替えないですからね」
「好きにしろ、ただ外でやれ。こんな所でぶちまけられたら商品が台無しだ」
俺と盗賊二人は馬車から降りると、街道から離れた原野のど真ん中に立ち並ぶ。
「やれ」という操縦士の男の合図に従って俺は魔法を発動した。
そしてジョンは腹痛に耐えかねてお尻を空に突き出すように前に倒れこんだ。そして噴き出すのはジョンの特大放屁と大きな一本糞。
「ぐぁああああ⁉なんだこれぇ⁉」
「脱糞すると同時に立てないぐらいの腹痛に見舞われます」
「ふざけんなっ…聞いてねぇぞ……」
腹痛にもだえ苦しみながら糞を巻き散らかすジョンの姿に、寡黙そうな操縦士の男も困惑したような表情を浮かべていた。
「まさか本当だとは…おい、この魔法は何かい使える?」
少なくとも分かっているだけでは7回だ。俺は素直に回数を伝えた。するとやはり操縦士の男は驚いた顔をした。
「もしお前が嘘をついていて、あとでばれたら俺もお前もお頭に殺される…しょうもない嘘なら」
「嘘じゃないです!それに一度に200人ぐらいは脱糞させれます」
「あ?」
「村の人たちが俺を殺そうとして…だから…全員脱糞しろって言ったら……その場にいた人たち全員が脱糞しました…」
「それも7回できるのか?」
「分からないです。6回目までは襲ってくる兵士に使って、7回目には広場に集まっていた村の人たち全員が脱糞しました。その後は村から逃げたので…」
「……そうか……ジョン!いつまでケツ突き出してやがる?さっさとハンブルクまで行くぞ!!」
操縦士の男はジョンに向かって怒鳴りつけた。足が震えながらなんとか立ち上がったジョンは近くの低木から葉っぱをちぎると、ケツを拭いていた。
操縦士の男は俺に馬車に戻るように命令した。俺は素直にうなずき、返事をすると、鎖で足をつながれながらも、なんとか小走りで馬車の方に向かっていく。だがそんな俺をジョンは呼び止めた。そして振り返った俺の腹をジョンは思いっきり蹴り飛ばした。硬い革靴の先端が内臓の内側に入り込むような衝撃がみぞうちに突き刺さる。
地面に倒れこみ、腹を抑えて悶える俺の顏にジョンは唾を吹き付けた。彼の右手にはナイフが握られていた。とにかく彼の怒りを鎮めなくては。
「…っ……すみ…ません…」
「へっこれでお相子だ。今回はこれで許してやるよ」
「なにをしてる!早く馬車に乗れ!」
馬車の方から操縦士の男の声が聞こえた。ジョンはへこへこしながら馬車の中に入り込んでいく。
「へい兄貴すいやせん。おいガキ!早く馬車に入れ!!」
「……はい…」
俺は何とか震える膝に手をやって立ち上がると馬車の荷台に上ろうとしたが、荷台の高さはちょうど自分の頭の位置にあり、なにより手錠も足枷もはめられた俺では荷台に上がる事が出来なかった。
「すっすみません、手錠のせいで登れません」
「あぁ⁉……兄貴…どうしますか」
「商品の中に木こりの斧があったろ、それで破壊しろ」
「わかりやした。おいガキ、あぶねぇから動くんじゃねえぞ」
ジョンはそう言うと荷台の積み荷が入った樽の中から大きな手斧を取り出した。そして荷台から降りるとジョンは俺に後ろを向いて両腕を上げる様に命令した。
「この樽の上に両腕を置きな」
地面に置かれた樽の上に、俺は背伸びをしながら後ろを振り向いて両腕を置く。するとジョンはテオをの俺の手錠に振り落とした。
割れた樽の蓋と共に手錠の鎖がバリンと割れた。
「かなり錆びついてんな…よっぽど金のねぇ村かケチな代官様かのどっちかだな」
その両方だ。鎖の断面図を手でなでながら見つめるジョンに向かって、俺は内心呟いた。まぁそんなこと絶対に口に出せないけど。
「手が自由になったからって変な気は起こすなよ。そんなことしたら兄貴のピストルでドカン!だ」
俺はすぐに何度もうなずいた。例え手が自由になったからと言っても、この足枷では満足に走る事も出来まい。それにピストルなんてものがあったら敵うはずがない。俺が住んでいた代官の兵士たちはピストルを持っていなかったが、あの代官の事だ、銃や火薬を買う金すらケチる…というか着服していたのだろうな。運が良かった。
この世界は本当に人が簡単に死ぬ。それは人権意識がないとか、上や疫病のせいだけじゃない。銃だ。どんなに屈強な肉体を持つ戦士でも、剣の達人でも、強大な魔法使いでも、腹に一発玉を撃ちこまれた大体死ぬ。昨日まで土をいじっていたような雑兵が、漫画の主人公のような人たちを簡単に殺せる時代なんだ。
だから俺にそんなことなんてできない。長い物に巻かれて、できるだけ集団からはみ出ない様に従順に生きていく。つまり基本的には前世と変わりない。
社会的権力や圧力で出る杭を打たれるか、玉で撃たれるかの違いでしかない。
「そうだ、長生きしたけりゃ素直に生きることだ。お頭に気に入られれば仲間にケツ掘られる心配もねぇ」
なにやらジョンも深い事情を抱えている様だ。
ジョンの言葉に俺は何度もうなずいた。
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