一難去らずにまた一難、と思ったらまた一難
魔法とは何か。俺も全く詳しくないが、以前に司祭が読み聞かせてくれた聖書にもよく登場していた。魔法は一日に使用できる回数があり、それは個人差が激しい。また両手を数えるほど魔法を使える者はめったにいない。数少ない魔法使いの中でも大半は1回から2回で、3回も使えれば優秀な類だ。そして魔法は基本的に○○魔法の前後にある言葉を発するだけで魔法は発動するため、祝福を与えられた段階ですぐに使用する事が出来る。それも錬金術師が触媒をつかって生み出す魔術とは違う点であり、だからこそ神の祝福と呼ばれる所以だ。
では俺は授かってしまった脱糞魔法――対象者を強制的に脱糞させる魔法。
これの意味するところは、今日から俺はいつでもどこでも好きなように周りの人間を脱糞させれる人間として村の人々に見られるということだ。いたいけな淑女たちを、村の代官や兵士たちを、俺が個人的に気に食わない人間も全員だ。
こいつを癪に障らせたら脱糞させられて辱めを受ける。人前で手をつないだり、女性は外で肌をさらすことは下品だという時代・文化のなかで、俺のせいで脱糞させられたりしたら――そう多くの大人たちは考えたし、当然おとなたちは自分たちの子供を俺から避けさせた。そしてその被害にあったのは俺の両親もだ。この日から両親は村の集会に呼ばれなくなったし、大麦を牽くための風車の使用も後回しにされるようになった。いつも父や母と仲良くしていた人たちも、目を合わせるたびに気まずそうな顔をして直ぐにどっかに行ってしまった。俺が密かに狙っていた同い年のエミーも、俺が話しかけたとたんに「お母さんに話しちゃダメって言われたの」との言葉を最後に俺から離れていった。俺の一家は俺のせいで完全に腫れもの扱いになってしまった。そして家の中でも母は俺をどう扱っていいのか戸惑いを隠そうともせず、また父はこの頃から俺に冷たい態度を取るようになり、些細な事で俺を怒鳴りつけたり、母とよくケンカをするようになった。
そして悪い事は一度あれば二度あるし、二度あれば三度だって起きる。
今思えば全てがあの日から狂って行った。
エミーが漏らした。大きい方を、糞を。
そしてその糞は水気がひどく、また嘔吐もしていた。
当然、俺が疑われた。
エミ―の両親いわく、これが赤痢のようなものであれば、一緒に住んでいた自分たちはなぜ平気なのか。それにこの時代でも病気になる前には体調を崩したりするといったような、とても曖昧な知識は村人ももっていた。だがエミーは下痢を起こす前日はいつも通りで、腹痛もなければどこも体調不良は存在しなかった。
そしてなによりエミーとエミ―の両親には思い当たる節があった。
俺がこの脱糞魔法を授かる前、俺とエミ―はとても仲が良かった。元々互いの父方が親戚繋がりで仲が良かったため俺とエミ―はよく遊ぶことが多かった。将来は良い夫婦になるかもね、互いの母がそう談笑している隣で、俺たちはまんざらでない笑みを浮かべながら遊んでいた。
でもあの祝福を授かった日から、エミ―が自分を遠ざけるようになったのを見て、逆恨みにこんな事をしたのだろうと。そう答えにたどり着いたエミーの両親は俺たち一家に対して裁判を起こした。
だが悪い事はまだ続く。
裁判を始めようとした際、領主におさめる村の穀物庫に大きな雷が二つ落ちた。
裁判はいったん中止、大人たちはすぐに穀物庫の消火をするために井戸から水をくみ上げていくが、引火した火は少しずつ燃え広がっていき、ついには人が近づけない程に燃え広がってしまった。
今は10月。この地は大陸の北側にあるものの、気候は前世の地中海性気候のように夏は暑く乾燥していて、冬は雨の多いジメジメとした土地であった。ここ最近は大雨が続き雷も時々なっていたが、湿気のおかげで森が燃えるようなことはなかった。だが今日は黒雲が広がっているだけで雨は降りそうになかった。
穀物庫は焼け落ちてしまった。
秋に収穫した租税分の小麦はもうない。だが税は納めなくてはならい。
だがそうなれば冬を越せるかも分からない。去年の冬は5人死んだが、もし村人の懐から税を抽出すれば凍死者と餓死者は両手では足りなくなる。
この村はハンブルクへから走る街道へと繋がる小さな道を除いて、周囲は森に囲まれている。裁判が行われている村の広場は薄暗い雰囲気に包まれていた。そんな中で広場に集まった大人子供問わない多くの目線が俺に集まった。
確証なんてない。目の前の少年は雷魔法は授かっていないはずだ。
少なくとも少年の魂を覗いた司祭が、他の祝福を見落としていなければの話しだが。
でも疑いはあった。
普通に考えてみて、神様が脱糞魔法を授けるはずがない。祝福とは神様がこの辛い現世において、人間たちが希望を持って生きられるように与えてくださるものだ。村のみんながそう信じていた。なぜならこの村で唯一、聖書に書かれた古代語を読める司祭が言っているのだから。教皇は現世に降臨した神の代弁者。その使途たる司祭のことばも同様に等しい。ではなぜ神が脱糞魔法なるものを授けたのかという矛盾が生まれる。だが司祭と村の人々には思い当たる節があった。
この世には闇魔法と分類されるモノがある。一般的な祝福と同じで7歳になると授けられるものであるが、教会はこれを祝福とは認めていない。闇魔法として分類されるモノの中には笑いが止まらくなったり、精神を操ったり、死体を操ったり、人を動物に変形させたりするものが多い。これに共通していることは本人の意志や人格を無視して名誉を傷つけるものや、聖書に書かれている神の言行に反するものが多い。神の代弁者たる教会や、自身の名誉と、領地の秩序を重んじる王侯貴族にとってこのような祝福は不都合なのだ。そしてそんな祝福を神が与えるはずがない。
ではだれが与えるのか。
それは神と対をなすもの――神と人類への反逆者。
悪魔とその王であるサタンだ。
誰かがふいに言葉を漏らした。
その悪魔に魂を売り、その対価に力を得た異端者の名を。
「……魔女だ」
俺の民事裁判はその一言で魔女裁判として処理されることが決まった。
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