第7話 劇的なビフォーアフター

「あのさぁ。人の話は最後まで聞きなよね」

「だって出来るっておっしゃるんですもの」


 ベッドに寝かされたわたくしは、不満に頬を膨らませます。


 気を失ったわたくしとフィルを見つけたばあやが絶叫ののち失神、屋敷は一時騒然となったそうです。

 当然ですわ。目に入れても痛くないお姫様ひいさまが倒れているだけでなく、フィルはばあやからしてみれば角の生えた不審人物以外の何物でもありませんから。


 目を覚ましたわたくしはお父様から勝手に精霊と契約したことをこってり絞られ、ついでにフィルを紹介して、今に至ります。

 ちなみに屋敷は見違えるようにぴかぴかになっていました。


 なんということでしょう、雨漏りをしていた天井の穴は塞がり、シミの残っていた壁紙も新しく張り替えられたかのよう。

 歩くたびに危険だった床も穴どころか軋み一つない、ワックスがけの行き届いたフローリングに。


 手狭だったキッチンからダイニングの導線も、可動式の間仕切りを活用することでワゴンを引いていてもすれ違えるだけの十分な幅を確保。

 そして寝室にはウォークインクローゼットと床下収納を備え付け、収納力もばっちり。


 広々としたサロンには天窓を付けて、隣接する吹き抜けの中庭と合わせてたっぷりと日の光を取り込みながら、四季折々の景色を味わえる憩いの空間に。

 たいへん劇的なビフォーアフターです。


「君、魔法が何かちゃんとわかってる? 貴族なんだし、見たことぐらいあるでしょ?」

「ありますわよ」


 わたくしはますます膨れてしまいます。

 いくら屋敷が雨漏りしていても、ちょっと王都から離れていても、我が家は由緒正しき伯爵家です。

 魔法を使える者は年々減っているそうですが……わたくしのお父様もお母様も、魔法が使えます。

 契約している精霊さんは、クリオネのような見た目の手のひらサイズの精霊さんと、羽の色が赤い、雀によく似た小鳥の精霊さんです。


「お父様は水の精霊と契約していて」

「へぇ」

「お手洗いは水洗ですし、雨漏りを一箇所に集めることが出来ますの」

「ん?」

「お母様は火の精霊と契約していて」

「うん」

「かまどの火加減が上手にできますし、夜もランプの灯を長持ちさせられますのよ」

「…………」


 フィルが黙りました。

 なんとも言えないお顔をしています。お尻がかゆいのでしょうか。


「そういう環境で育つと、『カワイイ』を捧げるとか平気で言うようになるんだね。勉強になったよ」

「あら。またひとつ賢くなりましたわね」


 嫌味を言われたので、わたくしも嫌味で応じます。

 精霊って嫌味を言うのですね。知りませんでした。


 そもそも喋る精霊さんを見たのも初めてです。

 お父様とお母様は自分の精霊とは意思疎通ができるようですが、わたくしは彼らが何を言っているのか分かりません。嫌がっているとか喜んでいるとか、そのくらいは分かるのですが……てっきり言葉を話すことはできないのかと思っていました。


 クリオネさんがどうやって話すのか、とても興味がありますわ。

 やっぱり頭のてっぺんにあるお口をがばっと開けて話すのかしら。


「人間は誰でも体内に魔力を持っている。でも、魔力はただのエネルギーに過ぎない。それだけでは世界に干渉できないんだ。魔力を世界に干渉できる形に互換したのが『魔法』だけど、人間は自分の力だけでは魔力を『魔法』として出力できない。ここまではいい?」

「ええ。逆に精霊は、自分では魔力が生成できないのでしょう?」

「そう。僕たち精霊が魔法を使うには、世界の中に溢れている魔素を集めて具現化する必要がある。でも、これが結構効率が悪くて。魔法を効率よく使おうと思うと、人間と精霊が契約するのが一番手っ取り早いんだ」


 フィルの言葉に頷きます。

 前世の記憶でも確かそんな設定でしたし、この世界で聞いたのも――おとぎ話でも、お父様やばあやから聞いた話でも、似たようなものでした。


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