第6話 ……つまり、座敷童?

「あ、そこの床は抜けているので気を付けてくださいまし」

「え」

「そこは雨漏り用のバケツがありますから、蹴らないように」

「…………」

「この廊下を抜けるとエントランスで、その奥にダイニングと、サロンと……」


 フィルが廊下の途中で立ち止まりました。

 そして胡乱げな目でわたくしを睨みます。


「ここ、君の家なの? 廃屋じゃなくて?」

「ええ」

「嘘でしょ? 本当に貴族?」

「由緒正しい伯爵家の一人娘ですわ」


 えっへんと胸を張ります。

 そうです。わたくしは立派な貴族です。

 由緒だけは。


 これでも昔はかなり有力な貴族だったようなのですが、産業革命を経て第二次産業が盛んになった今、第一次産業に頼りっきりの我が領地の収入は右肩下がり。

 加えて領地全体の大規模な不作が相まって、領民の生活を保障するために資産を切り崩しているうち――貧乏伯爵家が完成していました。


「君の家、ていうかこの領地、どうやって生計を立ててるわけ?」

「主に農作物と家畜の輸出ですわ」

「どうしてこんなに落ちぶれてるの?」

「もともと細々と、慎ましやかにはやっていたのですが……過去に例のないほどの不作が数年続いてしまって。ついに蓄えが底をつき……あ、屋敷全部がこうではありませんのよ。礼拝堂のあたりは生活スペースではないので修理が後回しになっているだけで」

「そのへんの商人のほうが絶対いい暮らししてるよ、これ」


 床の穴を避けて歩きながら、フィルが呆れた声を出しました。


「前世の記憶があるんだから、チートしようよ。第二次産業革命だよ」

「わたくしよりもあちらの世界の住人みたいなことをおっしゃるのね」


 本当にわたくしの事情を覗いただけなのでしょうか。

 だとしたら、精霊というのはずいぶん適応能力が高いのですね。

 軋む床を避けて歩きながら、わたくしは小さく息をつきました。


「仮にわたくしが革命を起こしたところで、実際に暮らしていくのは領民たちです。彼らはずっと農業と畜産でやってきたのですもの。染み付いたものはそう簡単には変わりませんわ。わたくし一人の力では」


 領民たちの顔が脳裏に浮かびます。

 マークおじさん、トリシャばあちゃん、ジョシュアじいちゃん。

 みんなそれぞれに、今までずっと続けてきた暮らしがあります。

 彼らは魔法も使えませんから、魔法をあてにした生活はできません。


 何よりわたくしはもうすぐ魔法学園に入学して、ここを離れてしまう身です。

 無責任なことをするよりも――革命を起こすよりも、彼らの穏やかな暮らしを守ることの方が、重要に思えました。お父様もお母様も、同じ考えのようです。


「幸い今年はそう収穫状況は悪くないそうですから。不作さえ抜ければ、まだまだ第一次産業にも需要はありますもの。無理をして競争の激しい分野に入っていくよりは、まずは一度財政を立て直してからですわね」

「一応考えてるんだ」

「お父様の受け売りです」

「あ、そ」


 一気に興味を失ったように、フィルが鼻を鳴らしました。

 歩いているうち、エントランスが近づいてきます。このあたりの廊下はもう、雨漏りや床の穴の心配はありません。


「それにしたって雨漏りはないよ。魔法で直せばいいのに」

「え?」


 当たり前のように呟かれたため息まじりの言葉に、思わずフィルを振り返りました。


「な、直せるの?」

「君、魔法舐めてるでしょ?」

「別に舐めてませんけれども」


 だって、お父様もお母様も魔法で家を直そうとなんて、していなかったのですもの。

 いえ、お父様は雨漏りを一か所に集中させるのには魔法を使っていましたけれど。

 なんとバケツが1つで済むのです。合理的ですね。


 そもそも精霊というのは「火の精霊」や「水の精霊」のように、種類があるのだと思っていました。

 家を直せる精霊というのは、どういう精霊なのでしょうか。


 家の精霊? 屋敷の精霊? ……つまり、座敷童?

 だとしたら、フィルは座敷童なのかしら。髪型はおかっぱではありませんけれど……西洋風の座敷童はこうなのかもしれません。


「直せるに決まってるでしょ。君は魔力量も多いんだから、このくらい――」


 わたくしはすっと両手を上げました。

 魔法ってどうやって使うのか、いまいちよく分かっていませんけれど……お父様もお母様も杖とか使っていませんでしたから、きっと精霊さえいればなんとかなるのでしょう。


 魔力も正直よくわかりませんが、何か手から出たものが天井の雨漏りをふさぐようなイメージで、「気」的なもの――もしくは「念」的なもの――を絞り出します。


「はあああああ」

「え、ちょっと」


 フィルの静止が聞こえたような気がしましたが、時すでに遅し。車は急に止まれないのです。

 わたくしは両手に貯めた「力」的なものを、呪文とともに一気に放ちます。


「ビビデ・バビデ・ブー!!」

「それは競走馬だよ!」


 それははたして本当にわたくしの知識にあったのかしら? と聞きたくなるようなツッコミの一瞬後、ずどおおんと屋敷が大きく揺れました。

 わたくしの手から放たれた「何か」が、屋敷に影響を及ぼしたようです。

 屋敷の壁や天井が、一気に光り輝きだして、そして。


「あら?」


 ぐらりと視界が揺れました。

 家ではなくて、わたくしが、揺れて?

 ふっと足元の感覚がなくなって、視界がブラックアウトします。


「メリッサベル!」


 意識を失う寸前、わたくしはフィルの声を聴いたのでした。


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