第8話 お味噌汁のインパクト

「たしか、大昔に人間の神様と精霊の神様が約束をしたのですよね? そうやって、互いに助け合って生きるようにと」

「約束っていうか、それこそ契約だけど。おとぎ話なんかだとそうなってるかもね」


 フィルが少し歯切れの悪い言い方をしたのが、気になりました。

 人間と精霊が仲良く助け合って暮らしていけるように、そういう仕組みになっているのだというのが、この世界の常識のように思っていましたが……彼の口ぶりを考えると、本当は違うのでしょうか。


「君たちの使う魔法っていうのは、人間の体内の魔力を僕たち精霊を媒介にして、体の外に出すことで発動してる」


 わたくしはまた頷きます。

 そこまでも、何となく知っている話です。


「で、魔力を効率よく魔法に変換するには、人間と精霊とが同じ認識を持っていることが重要になる。簡単に言うと、イメージの共有だね」

「イメージ?」

「僕と君は契約したことでリンクされた状態になっているけど、今この瞬間に君が何を考えてるかまではっきりわかるわけじゃない」


 それはそうでなくては困りますわ。

 もしそうだったら、わたくしがフィルの話を聞きながらも、似合いそうなお洋服を考えていることまで筒抜けになってしまいますもの。

 プライバシーなどあったものではありません。


 わたくしにフィルの考えがわからないように、フィルにもわたくしの考えはわからないのでしょう。


「前世の君が500円玉を落っことして、自販機の下に入り込んだのを這いつくばって必死に取ろうとしているのを当時好きだった先輩に見られて失恋したこととかは知ってるけど」

「わたくしでも忘れているような古傷を抉るのはおやめになって」

「前世から金運には恵まれてなかったんだね」

「しみじみと言うのもおやめになって」


 思いもよらない角度からボディブローをえぐりこまれて、思い出し羞恥で身悶えしてしまいそうです。

 そんな記憶は前世に置いてきてしまってよろしかったのに。


 いえ、忘れましょう。今のわたくしならきっと、這いつくばって小銭を拾っている姿を見られたとしても、幻滅されないはず。

 世界で一番かわいく小銭を拾えるはずですもの。


「たとえば『ファイアーボール』なら、僕とお嬢様の間には共通認識があるでしょ? だから一言で発動できる」

「確かにありとあらゆるRPGにありますものね、ファイアーボール」

「でももしお嬢様が、相手の毛穴という毛穴から味噌汁が溢れて止まらなくなる魔法を使いたかったとすると、僕にはそれがどんな魔法なのか想像がつかない。だからきちんと僕に分かるように説明しないと、無駄に魔力を消費したり、魔法が弱まって思ったような成果が得られなかったりするんだ」

「お味噌汁のインパクトで残りの説明がまったく入ってきませんでしたわ」


 これはわたくしではなく例えが悪いと思います。

 合わせ味噌なのでしょうか、赤味噌でしょうか。

 違うところが気になって仕方がありません。


 あと、美麗でクールな西洋風の顔立ちをしたフィルの口から、ネイティブの発音で「味噌汁」という単語が出ること自体のインパクトが強すぎます。


「それを言葉で分かりやすく伝えるのが詠唱。複雑な魔法ほど細かく説明しないといけないから、詠唱が長くなる。あとは、無から有を生み出すような魔法の方が、使う魔力の量も多くなるね」

「はぁ」

「君は今回、屋敷の雨漏りや抜けた床だけじゃなくて、やれ導線やら天窓までリフォームしようとした挙句、修理のための材料も用意していない状態で『はああああ』みたいな詠唱ですらない雄叫びで魔法を使おうとしたわけ」

「へぇ」

「そんなのいくら潤沢に魔力があったって足りないよ。そりゃぶっ倒れるって。契約したのが僕じゃなかったら、死んでたかもしれない」


 まだお味噌汁のところで止まっているわたくしを置いてけぼりにして、フィルがどんどん話を進めてしまいます。


 そんなことより、お味噌汁の具は何なのですか? お豆腐? わかめ? 油揚げ?

 だんだんとお出汁の風味が恋しくなってきてしまいました。海外留学に行ってしばらく経った時のような気持ちです。


「まぁ、僕たちの役目はあくまで媒介だから。結局は使用者の魔力と才能に依存するものだけどね。上位の精霊の方が意思の疎通がしやすかったり、理解できるイメージの幅が広いから、使える魔法が多くなったり強くなったりしたように見えるだけで」

「じゃあ、火の精霊や水の精霊という区分は、何なのですか?」

「単に得意な魔法が何かってだけかな。人間の魔力を使わなくても使える魔法があるって言ったでしょ。それが得意な魔法なわけ。まぁ、契約したのが下位の精霊だったり、契約した人間の魔力が低いと、精霊が得意な魔法の延長線上にあるものしか使えなかったりするみたいだけどね」


 言外に「僕は違いますよ」というのを匂わせてくるフィルでした。


 お父様とお母様は、魔力量は平均程度ということです。

 単純に大きさから言っても、なんとなく人間に近い見た目から言っても、フィルの方が上位の精霊っぽさがある……ような。

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