①魔王と出逢ってしまった木こり――⑫


 何も言わず、ヒスイは城の外へ出ました。

 満天の星空に向かい、呪文を唱えます。呼びかけに応じた空は、たちまち雲に覆われました。その一角を裂いて、雷が地上へと落ちていきました。ある一点を狙って。

 呪文を止めると、空はすぐさま雲を散らし、数多の星を呼び戻しました。

 何も起きなかったのと変わらない、美しい夜空。ただ虚ろなもので満たされたヒスイは、城へ――客間で待つ男の元へ戻ります。


「……終わった」


「ありがとうございます。後の処理はお任せください。それでは、失礼いたします」


 無表情のヒスイに恭しく頭を下げる男。その背中から、夜さえも喰らい尽くしてしまいそうな、どこまでも黒い翼が広がります。

 魔法が使えない魔物は、“異常気象”に奪われた命など、その瞬間を作り出した魔王の想いなど、何一つ気に留めず飛び去っていきました。


 一人になった途端、ヒスイは全身から力が抜けていくのを感じました。沈むようにソファーに倒れ込みます。魔法を使うと、決まってごっそりと体力と気力を奪われてしまうのです。


 一筋の雷は、死刑囚への“裁き”。自分の他には神父しか知らないその“魔王”の仕事を、嫌だとも後ろめたいとも思ったことはありません。


 けれどヒスイは、胸の奥に感じていました。恐らくは、後悔にとてもよく似た痛みを。


「……『またな』って、言ったよね……アイ」


 想像の海にくっきりと浮かぶのは、森の奥のちっぽけなログハウス。


 せめて、一時の幻でいいから、好きなだけあの子と遊びたい────


 儚い希望ゆめを抱きながら、ヒスイはゆっくり目を閉じました。





   第1話 魔王と出逢ってしまった木こり

          -end-

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る