①魔王と出逢ってしまった木こり――⑨
アサギは洗い物をしにキッチンに向かいました。いつかの誕生日にアイがプレゼントした、お気に入りのエプロンを付けて。
アイはお風呂の準備をしに行こうと席を立ちますが、魔王君に袖を引っ張られました。
「どうした? あ、もう遅いし、このまま泊まっていくか?」
「ううん……今夜の内にやらなきゃならないことがあるからもう帰る……ねぇ、そんなことよりさー……おとーと君は綺麗な洋服着てるのに、どーして君はそんなにボロボロの服着てるのー?」
眠そうなたれ目を備えた顔が、アイの正面で傾きます。
アサギはシミ一つない新品同然のブラウスとスラックスを着用していますが、アイはヨレヨレのパーカーを着て色褪せたズボンを履いています。アイにはいつも通りのことですが、初対面の魔王君は不思議に感じたようでした。
「オレの稼ぎじゃ、二人分も綺麗な服買う余裕はねーからな。ただアサギは学校に通ってるからあんまりボロっちい服で友達と遊ばせるわけにはいかねぇし、それなりにオシャレもさせてやりてぇし」
「……だから……弟にはあんな上等なエプロンまで買ってあげて、自分だけ我慢してるの?」
「我慢なんかしてねーよ。アサギが毎日楽しく過ごせることが、オレの一番の幸せだから」
正直、街へ行くたびに、大人達がみずぼらしい身なりのアイに哀れみの目を向けてくることは感じています。けれど、大事な弟が楽しく過ごせているのなら、そんなことは気にもなりません。
それに、魔王君が気にかけてくれたのだと思ったら、少しだけ浮かばれる想いがしたのも確かでした。
ありがとな。届かなくても構わない想いを込めて、アイは目の前にあるエメラルドグリーンの頭をポンポンと軽く撫でました。
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