第4話(中編・菅部享天楽)
叶絵は喫茶『アルセーヌ』で男の話を聞いた。
トカゲ男はメッサンガワと名乗った。
彼は表世界に迷い込んだ裏世界の住民を手助けしているという。表世界探偵か、と叶絵は心の中で呟いた。メッサンガワが「敬語でなくて気軽にお話してください」と言ったので、叶絵はタメ口で話すことにした。
「それで、あなたは表世界の住民ではないと?」
「はい、その通りです。タダン族という人型生物の一種です。特に名前がないので便宜上メッサンガワと名乗っています」
叶絵はコーヒーを一口飲んだ。
「それで、その……トナティウの円盤、だったっけ? それがほしいのよね?」
「はい」
「どうしてそれが欲しいの?」
「神事に使うんです。人間達もやるでしょう? 供物を捧げたり歌ったり踊ったりして豊作や子孫繁栄を願うのです」
「そうなんだ。それで、そんな大切なものがどうして表世界にあるのよ?」
「それは……」
メッサンガワは言いづらそうにしていたが、やがて口を開いた。
「もう随分と昔の話になります。私達タダン族は裏世界でいつも通り過ごしていました。ある年の祭りの時です。私達の村に人間が攻め込んできたのです。次々と仲間を虐殺していき、トナティウの円盤を奪ったのです。」
「な、なるほど……聞きたい事がたくさんあるから質問していい?」
「どうぞ」
メッサンガワはミックスジュースを一口飲んだ。いや、飲んだというよりかは二股に分かれた蛇のような舌で掬いあげた。
「なんであなた達の村に人間が攻めてきたのかしら?」
「見た目が人間にとって気持ち悪いからでしょう。ゴキブリを殺す理由と同じです。だから裏世界に集落を作っていたわけですが。我々の教典によると、元々裏世界というのは理不尽に人間から迫害された者達が身を潜める場所だったのですよ。もっとも、近年では一概にそうも言えなくなっていますが」
「自分達をわざわざゴキブリに例えなくてもいいのに……」
「人間から言わせれば私達なんかはゴキブリのようなものです。不快害虫ですよ」
叶絵は腕を組んで眉をひそめた。メッサンガワの話に違和感があるからである。白馬とロッティの会話から察するに裏世界の住民は人間よりはるかに強い怪物たちが跋扈しているはずだ。それなのに人間から迫害を逃れるために裏世界に身を隠すなど愚策のように思える。
しかしそれより裏世界に行くことが最大の目的である。今追及することではない。叶絵は先に話を進めることにした。
「ところで、人間はなんでトナティウの円盤を持ち出したのかしら?」
「お金にしようとした、と最初は思っていましたが、どうやらお金ではなくて円盤が危険な何かだと感じたからのようです。彼らが攻めてきた時、円盤を囲んで歌って踊っていたわけですから。何か妙な儀式を行なっていると考えたのでしょう。円盤には不思議な力が宿っていて何かとんでもないことをしようとしていると思ったのでしょう。それを彼らなりの方法で封印をして、それがどういうわけか公衆の面前で晒された、という流れでしょう。実際はただの円盤なのですけどね」
「確かに、何も知らずにそんなの見たら同じことを思うかもしれないわね。ところで今は場所も分かっているじゃない? 自分で取りに行ってくればいいのに」
尾野見古墳から出土したトナティウの円盤は現在、尾野見歴史博物館に収められている。それほど大きな博物館ではなく、30分あれば余裕を持って見て回ることができるくらいの広さしかない。
「それはそうなのですが……。タダン族は特別腕っぷしが強いわけでも、姿が消せるわけでもありません。ただ見た生命体の正体や何を考えているのかが分かる程度なのです」
「ええ、すごいじゃん!」
叶絵は目を丸くして声をあげた。メッサンガワは予想だにしていない反応をされて思わず「有難うございます」と照れくさそうに頭を下げた。
「それであなたは盗みがとてもお上手だと分かったのです。だからあなたにお願いを――」
「そのことなんだけど」
叶絵はメッサンガワの言葉を遮って質問を投げかけた。これは叶絵が最も気になっていた事である。
「どうして人間である私にお願いしようと思ったの? 人間はあなたの仲間を惨殺したんでしょ?」
「叶絵さんの言うことはもっともです。しかし、攻めてきたのはあくまで能力者です。要はあなたは無関係なのですよ」
「それは……そうだけど……」
メッサンガワの回答を聞いてもイマイチ納得は出来なかった。かと言って嘘をついているようにも見えなかった。この何とも言えないモヤモヤが叶絵の心中に残っていた。はぐらかされているようにも感じる。
しかし、依頼を達成したら裏世界へ自由に出入りができるようになる。これはまたとないチャンスである。何が何でもものにしたい。
「能力は貰えるのよね?」
「それは私に任せてください」
「……少し考えさせて」
「分かりました。では17時に再度ここで落ち合いましょう」
メッサンガワはハットを目深に被り叶絵に一礼すると『アルセーヌ』を後にした。
薄汚れたコンクリートのビルが鉛色の雲から地上へ垂れ下がるように立ち並ぶ。町には二車線の道路が敷いてあるが車は1台も走っていない。お飾りでしかない信号が虚しく光る。
そんな無機質な世界を白馬とロッティはビルの陰から様子を伺っていた。視線の先には何体ものトカゲの頭をした人型生物が慌ただしく走り回っている。
「あの子どもを探せ」
「必ず見つけろ、今日中にだ」
どうやら子どもを血眼になって探しているようだ。その手には1メートルくらいの棒が握られている。
「何が起こっているんだ?」
白馬は怪訝な表情を浮かべて呟いた。
「どうしたの?」
不安げにロッティが尋ねた。
「あれはタダン族という民族だ。彼らは温厚で臆病な性格で町の外れを住処としている。そして争いは好まない。にも関わらず、武器を持ってこんな町中に……」
「もしかして、もう出た方がいい?」
「ああ、そうだな。危険かもしれない」
白馬は体を引っ込めて廃墟と化したビルに入る。4階に上がり窓から一番近い歪みを探す。白馬の
白馬が考えを巡らせながら外を眺めていると、ロッティが白馬の裾をくいくいと引っ張った。そして「あそこに誰かいる」と耳打ちした。ロッティの指す方にはロッカーが置かれている。白馬は一応「ロッカーの中にか?」と確認するとロッティは静かに頷いた。白馬はロッティにそこで待っているように指示をしてロッカーに近づく。白馬は一度深呼吸をして恐る恐る開ける。
中にはトカゲ頭の男、タダン族がいた。背丈はロッティと同じくらいでどうやら子どもらしかった。手には銀色に光る正体不明の鉱石があった。
タダン族の子どもは白馬を見るや否やガタガタと体を震わせ金魚のように口をパクパクさせている。目をかっと見開いたまま、白馬から目を逸らそうとしない。それを見た白馬はタダン族の子どもに目線の高さを合わせて優しくこう言った。
「安心してくれ、俺は君の敵じゃない。良かったら状況を教えてくれないか? なにか力になれるかもしれない」
すると、安心したのか、タダン族の子どもはポロポロと涙を流し白馬に抱きついた。
「助けてください。このままじゃタダン族はいや、裏世界は滅びてしまう」
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