第3話(中編・菅部享天楽)

 東京文芸大学の学生街には不自然に整備されていない竹林がある。昔、遺体バラバラ事件があり首がここから出てきたとか、造成工事をしたら関係者が次々と不幸に遭ったため工事を取りやめたとか、立ち入ると神隠しに遭うとか、不穏な噂がある。いつからか禁足地と言われるようになり、今では近づく者はほとんどいない。


 竹林の中心には石造りの柵で囲まれた小さなお堂があり首無し地蔵が1尊祀られている。


「ここが首無しの竹林と言われるようになったのはあの地蔵のせいだ」


 囲いの外から白馬が言った。ロッティは目をキラキラさせてお堂を見つめている。


「首が見つかったのに首無しの竹林って変だね」

「誰が上手いこと言えと。それよりお堂の前にある亀裂は視えるか?」


 白馬はお堂を指し示す。ロッティは目を凝らすが、彼にはそれらしきものは視えない。


「視えないよ」


 ロッティは残念そうに言った。


「そんなに落ち込むことはない。歪みは一度触れたら視えるようになる。何せお前も超能力が使えるんだからな」

「ほんとに!? やった!」


 先程とは打って変わって両手を上げて跳ねた。それを見た白馬はフッと笑い「ついてこい」と石造りの柵をまたいでお堂に近づいていく。ロッティも柵を越えてお堂に向かっていく。


「いいか。お堂に向かってゆっくり手を伸ばしてみろ」


 ロッティはお堂に手を伸ばす。するとパリンとガラスが割れるような音がした。それと同時に青白く光る亀裂がロッティの目の前に姿を現す。その亀裂は次第に広がりふたりを吸い寄せる。小石が舞い、砂埃が起こる。びゅうびゅうと風が竹の間を縫って駆けていき、烏が慌てて飛び立った。驚いたロッティは吸い込まれまいと踏ん張るが、ずるずると引き寄せられる。


「そんなに抵抗する必要はない。これが裏世界の入り口だ」


 それを聞いたロッティは抵抗をするのをやめて、ほっと笑った。白馬はロッティの腕を握り、亀裂の先へと歩いていく。ふたりが亀裂の中へ入ると、嘘のように首無しの竹林はしんと静まり返った。




「そこが裏世界の入り口なのね」


 首無しの竹林内の日が当たらない、お堂から離れた場所に身を潜めていた叶絵は走って囲いに近づいた。


 遡ること20分。会話を盗み聞きしていた叶絵はロッティに裏世界を案内するためにふたりで禁足地に向かうと知り、尾行をすることにした。


 白馬曰く「歪み」があるところに人を不用意に近づけさせないために禁足地と銘打って立ち入りを禁じているのだという。そこで神隠しに遭うのは、無自覚な能力者がうっかり歪みに触れて裏世界に行ってしまうからだとか。


 白馬は万一、一般人に能力を使用しているところを見られないようにと歩いて向かっていたが、次から次へと女の子達がやってきて中々前へ進むことが出来なかったので、自宅のアパートに向かった。


 疑問に思いつつふたりの後をついていき、ドアにコンクリートマイクを当てて会話を盗み聞きする。すると、禁測地がどうとか瞬間移動テレポートがどうとか白馬が話しているのが聞こえてきた。かと思えば会話はおろか物音すらしなくなった。


「まさか……」


 叶絵は本当にふたりが瞬間移動テレポートしたのだと考えた。すぐに現在地から近い禁足地を探した。そして辿り着いたのが首無しの竹林だった。


 叶絵が到着したころにはふたりは地蔵の前に立っており、歪みに触れようとしていた。叶絵は物陰から様子を伺っていた。言うまでもなく、叶絵は歪みなんか見えない。突然ふたりが姿を消したように見えた。しかし、叶絵は『アルセーヌ』の会話の流れからして、これが瞬間移動テレポートではなく裏世界へ行ったと理解した。


 石造りの柵に両手をついてふたりのいた場所を暫く眺めていた叶絵だったが、やがて意を決して柵を越えてお堂の前に立った。


 もしかしたら、私にも気づいていないだけで能力があるのかもしれない。淡い期待を込めてお堂に手を伸ばす。


 ……


 何も起こらない……。もう一度手を伸ばしてみる。やはり何も起こらない。


「ま、そう上手く事が運ぶわけないよね」


 叶絵は自嘲気味に笑いつつ、目をギラギラさせていた。腕を組んで、あれよこれよと考えを巡らせていた。


「裏世界に行きたいのですか?」


 突然後ろから声をかけられた。叶絵はビクンと肩をあげた。そしてホラー映画のワンシーンのように警戒しながら、ゆっくりと振り返る。そこには黒のサングラスをかけ、黒のハットを被った男が立っていた。見るからに怪しい。それに「裏世界」とあの男は口にした。何かしらの能力者の可能性が高い。叶絵の警戒心はさらに強くなり、いつでも逃げられるように身構える。


「ああ、そんなに警戒しないでください。怪しい者ではありません」


 謎の男は笑顔で黒のオーバーコートのポケットに両手を突っ込んで白い手袋に包まれた両手を隠した。もっとも「笑顔」というのはサングラスで表情が分からないので憶測でしかない。ただ、口角が上がっているので笑っているのだろうと叶絵は判断した。


「警戒されたくないなら、まずその格好をどうにかしなさいよ。例えばサングラス外すとか」

「それは失礼致しました」


 謎の男はサングラスを外した。それと同時に容姿が人間から二足歩行のトカゲへと姿を変えた。叶絵はぎょっとした。何が怪しくないだ。



「それで、もう一度お聞きしますが、裏世界へ行きたいのですか?」

「……それは、行けるなら行きたいですよ。でも私は行くことができません」


 叶絵は早く退散してしまおうと囲いの外から出ようとした。この男、いやこの化け物に何されるか分かったものではない。

 前方はトカゲに塞がれているためじりじりと横に移動する。視線は怪物に向けたまま、そおっと柵に近づく。


「それは能力者ではないから、ですか?」

「ええ、そうですよ。だから行けない、じゃあ――」

「差し上げましょうか?」

「え?」


 柵を跨ごうとした瞬間、男はとんでもないことを口にした。え、能力って貰えるものなの!? 叶絵は足をあげたままそんなことを考えていた。


「できるんですか、そんなこと?」

「はい。ただし、一つお願いごとがあるんです」


 叶絵は足を下ろして謎の男の方へ体を向けた。


「聞くだけ聞きましょうか」

「有難うございます。そのお願いというのがですね」


 男は一呼吸おいて言葉を続けた。


「尾野見古墳から出土した銅鏡、いや、トナティウの円盤を盗んできてほしいのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る