くたびれ車両の風景

田山 凪

第1話

 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 軽快な音が響き渡り車両を揺らす。

 街から田舎へと人々を乗せた夜の列車。

 

 賑わいを見せていた人たちも駅に止まるごとに、少しずついなくなっていく。最初の賑やかさはどこかへと消え、今はうつむき加減な人たちが、疲れた表情で座っている。


 あそこで寝ている背広の男の人は、きっと毎日この電車なんだろう。安心しきったように壁にもたれかかり、いひきさえも微かにきこえた。


 あの女の人は飲み帰りだろうか。外は寒いのに、顔色は淡い赤色で、うでまくりをして服の首もとをパタパタを開けたり閉じたりして風を通している。


 あの男の人は彼女が降りてから、緊張感がとれたのか、さっきまでの姿勢のよさをはなくなり、ぐったりと背もたれに体を預けてスマホを触っている。

 軽いため息はきっと疲れだろう。彼女といるのが嫌なんじゃない。彼女にはかっこいい姿を見せたいから気が抜けなかったんだろう。

 

 あの小柄の女の人は英語の試験を受けるようだ。しかもかなり難しそうなもので、おそらくビジネス用語なども載っている単語帳だ。

 でも、時折疲れたように本を閉じ、缶のカフェラテのキャップを開けてホッと一息。ほどなくして決心したように単語帳を開き再び勉強を始めた。


 車掌が揺られなが隣の車両から歩いてくる。それなりに年配であるはずなのに、電車の中は慣れたもの。きびきびと歩いて先頭車両へと向かった。


 僕はいつも鞄に入れてる文庫本に手を伸ばした。鞄の中で何日も揺られているせいか、本屋でつけてもらった無料の紙カバーはよれてやばれかけている。

 文庫本をぺらぺらとめくり、しおりのあるページ。しおりを取って、一番後ろのページに挾間混むと、僕は本を閉じてコーヒーをのみ始めた。

 そこでハッとする。しおりのある場所探して続きを見ようとしたのに、なんということかそのまま閉じてしまったんだ。

 別にコーヒーがすごく飲みたかった訳じゃない。なのにだ。僕は心の中で小さく笑う。やっぱり僕も疲れているんだなと。


 少しボーッとして、対面の窓の向こう眺めた。木々が並ぶ暗闇を颯爽駆け巡り、次の瞬間木々は去り、大きな川を挟んだ向こう側に道路が見えた。正確には道路を走る車のライトと道路を照らす明かりが見えたのだ。


 日常も、いつまでも木々が続く暗闇かと思えば、気づけば全くちがう景色を見せてくれる。その時、前を向いているかどうか。これは結構大事なことなんだ。


 すると、車掌が先頭車両か戻ってきた。乗客一人一人に声をかけている。切符を確認してるんだ。近づくにつれて、周りの人たちも波のように手前からこちらへと順番に切符を出す動作をする。

 僕もお尻のポケットへと手を伸ばし、財布を取りだそうした。だけど、その単純な動きで僕は少しだけ手間取った。体が重たいんだ。

 なんとか取り出し車掌へ定期を見せる。車掌は小さくうなずき次の乗客のところへ。


 切符の確認が終わると、乗客は各々の世界に戻る。みんな、本を読んだり勉強したり、スマホをみたりとバラバラだけど、おそらく疲れた。眠たい、お風呂に入りたい、こんな感情は一緒だろう。


 町の明かりが見える。

 降りる駅が近くなってきた。田舎だけどまだそれなりに明かりは輝いていた。なんだかほんの少しホッとする。帰ってきたんだなって。


 駅に到着すると、僕以外の乗客も何人か立ち上がった。さっきまで椅子に溶けるように座っていたのに、駅についてから立ち上がる動作はどこか機敏だ。


 電車を降りて駅を出る。

 温かい車両から冷たい外へ。

 全身を無慈悲な冷気が包みこま、ひと息吐くと白い息が空へと消えた。缶コーヒーを飲みきりゴミ箱へ捨てて帰路をたどる。


 田舎とはいえ飲み屋はまだ騒がしい。

 酔っぱらった人。次の店へ向かう人。そんな中に疲れ人たちも混じって道を歩く。


 暗い住宅街の道。転々と家の明かりはついている。


 家に到着して合鍵を使って帰り、起こさないようにソッと二階の自室へと入る。電気をつけて荷物を降ろして、コートをかけて椅子に座ると、今まで溜まっていた疲れがどこかへと少し消えた。

 安心感というやつだろう。


 普段は見えない夜の姿。

 みんなみんな頑張っている。

 明日になればまたいつも通りの毎日が続く。

 だけど、きっとどこかで視界は開けて、なにかが見える時が来るだろう。ぼんやりと眺めた乗客たちにも、それぞれの目的があるんだなって思うと、疲れてうんざりしてるのは僕だけじゃないと、ちょっぴり孤独感が薄れる。

 

 いつかまたあの時間の列車に乗ることもあるだろう。その時は僕もまたがんばった人たちの仲間入りだ。

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