第五話

「……これは!?」


 右島と佐藤は目の前にできた地獄にただ言葉を失った。

 ホテルに併設されていた式場から勢いよく炎が燃え盛っていた。周囲に飾られていた花は無数の炎によって侵食され、黒き煙を空に轟かせて地獄を作っていた。その周囲にはパトカーと救急車と消防車の群れ。警官と救急隊が必死に内部の状況を確かめようとしていた。


「生存者は!?」


 右島は車から勢いよく飛び出し、近くにいた警官に手帳を見せながら問いかける。


「すみません我々も駆けつけた時にはもうほとんど死んでいるとの事で――」


「何だと!?」


 そして事の始終を現場の警官より聞かされた。

 式の始まったタイミングで式場内はあまり外からは見えなかった。ホテルから少し離れたところにあってか異変に誰も気づけずにいたのだろう。

 しばらくして火災が発生。火の勢いからしてガソリンなどの油が撒かれたと推測されている。


「式場の連中だが殆ど死んでる事のことです!」


 別の警官が式場側から走ってきた。式場から運び出された遺体の群れは右島のいた場所から少し離れた場所でブルーシートで覆われて不気味に規則正しく並んでいた。


――ここまでする必要があったのか。瀧下公子


 それを目にした右島はその結末に震える。


(……なんでだ。瀧下はなぜ。なんで――)


「右島さん!瀧下公子はこことは違うホテルに泊まっているって連絡が!そこにいるって!」


「何!?本当か佐藤!」


 スマートフォン片手に駆けつけた佐藤が右島に告げる。


「はい!!今ならまだ間に合うかもしれません!!」


「よし。俺たちはそっちへ行くぞ!すまんがここは任せる」


「了解!」 


 近くの警官に挨拶をして彼らはもう一つのホテルへと車で急いだ。


「あれどうなってんですか?式場、生存者がいないって――」


「ああ、多分空想拳銃だ。いやあの炎はそれだけじゃない。ガソリンか何か持ち込みやがったな」


 助手席でこぶしを握り締めて右島は顔をしかめる。


「入念な計画で……式場の連中を皆殺しにしたんだ。間違いない。十七年前の復讐の続きだ。こいつは!」


「見えてきました!」


 市内のビル群の一つに合ったそのホテルに彼らは駆け込む。


「佐藤、何階だ!?」


「七階です!!」


 車からホテルへ勢いよく走ってはエレベーターに飛び込んで右島と佐藤は拳銃を手に取った。


「空想拳銃がどんな武器か知らんが……ここで止めるぞ」


「はい!」


 エレベーターが七階で止まり、扉が開く。二人がエレベーターの外に出たまさにその時。静寂の空間をある音が切り裂く。


「……今のは!?」


「銃声だと!?」


 空間に響いた銃声に二人は顔を合わせる。そして目的地の部屋へとその間二人は静寂に襲われ、心音は高鳴らされたままになって息が詰まりそうになる。


「……ここだな」


「……はい」


 静寂の中でドアを開ける。先に右島が勢いよく飛び込んだ。


「動くな!!」


 カーテンで日光を塞がれた暗い室内。こちらを背にして設置された椅子に誰かが座っていた。ぐったりとしていた。不自然に。


「な……!?」


 佐藤は気づいた。


「……畜生」


 右島はそれを見て舌を打つ。佐藤は部屋の灯りを付けた。部屋の辺りには血しぶきが飛び交っていた。椅子の死体はこめかみが撃ち抜かれていた。

 泊まりに来ていた瀧下公子がそこで拳銃自殺を図ったのは明白であった。


「何も……間に合わなかったか」


 瀧下公子の死体は背もたれのついた椅子に項垂れていた。右手は拳銃を握っていたような形をしており、そこに何かがあったと推測できる。


「右島さん、これ」


「何だ?」


 佐藤はテーブルの上にあった封筒を発見する。右島は手袋を付け、それを受け取る。


「これは……遺書か?」


 二人は顔を見合わせて封筒を開ける。丁寧に折りたたまれた数枚の紙を開き、二人はそれを読み始めた。瀧下公子の人生最後のメッセージを。


 私は夢を追う人間でありました。いつか来るであろう宇宙人と出会う夢。まだ見ぬ存在をこの手につかもうとする夢が。そうした夢を子供の時から抱え、形だけ大人になっていました。職場をそうした世界にして日々取材と編集に明け暮れる日々を送っていました。

 ある時、私に子供が出来ました。その子は私にとってかけがえのない存在で生まれた時からずっと私は傍らで微笑むその子と一緒に生きていました。子供の父は早くにこの世を去り、私はシングルマザーとして彼の隣にいました。大変な日々の中で私は大きくなっていく彼を見て喜びを得て、そして夢を追う仲間たちと共に過ごす職場での日々を過ごしていました。家には成長するわが子。外には夢を追う仲間たち。私の人生はとてもとても充実していました。あの日までは。


 息子のいた中学校に悪魔がいました。彼は私を嘘吐きの女と呼び、息子を噓吐きの子として心無い言葉を浴びせていました。それだけならまだ耐えられました。息子が時折私に言っていた言葉があります。


――お母さんはいつになったら宇宙人や超存在を見つけられるの?


 その時は私はそれを見つけられれば息子のいじめを止められると思い、躍起になって探していました。

 だけど、間に合いませんでした。息子は彼らに殺されたのです。

 息子の死を聞き、駆けつけた病院の霊安室。その中で体中に痣が出来ていた息子を見た時に私は大きな声で泣き叫びました。どうして、どうしてと。

 警察はこれを自殺としました。実際にビルから飛び降りたのを見たという人がおり、間違いはないと言っていました。しかし実際には飛び降りさせたといっても過言ではなかったのです。

 主犯格の学生の父親は政治家で警察どころか裏社会と繋がっていた危険な存在でした。そのせいか誰も彼には逆らえず耐えかねた息子はついに飛び降りた。掛け替えのない存在を亡くした私は彼らの恨みを募らせました。

 しかし彼らの嫌がらせはこれだけに留まりませんでした。私の職場だったビルに火を付け、さらには仲間達に危害を加えたのです。政治家親子の嫌がらせで私の人生はズタボロにされ、息子に至っては死んでしまった。私は何もできず無力のまま、家で一人泣き叫んでいました。そんな時でした。あの力が宿ったのは。


 その日の事はよく覚えています。泣き叫んでいた時に強烈な吐き気に襲われて胃の中身を吐き出し、それが終わったと思えば今度は頭痛に苛まれる。死んでしまうのかと思ったその時、部屋には無数の拳銃が散乱しておりました。幻覚かと思い、その内の一つを手に取るとそれが何なのかを瞬時に理解していました。私が作り出した銃である事。その銃の力、痕跡がわかること。銃の管理というべきでしょうか。全てを理解した時に私は復讐の機会を宇宙人や何かが賜ったのだと思い、計画を練りました。後に『渋谷銃雨事件』と呼ばれるそれを計画の一部に入れて。


 警察には二度、脅迫状を送りました。一回目は月齢を使った暗号を添えてその数字が示す期限までにこちらの要求を飲まなければ渋谷に銃の雨を降らすと。勿論これは無視されるだろうと思い、私は予定通りに渋谷に銃の雨を、大量の拳銃を散らばらせました。警察もこれは危険と判断したのか報道規制を行いました。

 二回目は同じように暗号を添えて今度は渋谷だけじゃなく都内全土に同じ雨を降らせると書き、再度要求を突きつけました。さすがに首都全体に銃の雨を降らせればと思い、それのために期限を一回目よりも長くする。まるで時間が掛かるかのようにして、それで本当にやる気なんだと思わせる。私はそうすることで憎き政治家親子の悪を暴き、彼らの人生を滅茶苦茶にしようとただ動いていました。

 彼らも躍起になったのか何故か私を探していました。恐らく息子の敵として丸神虎秋の父を狙ったと仮定し、その上で私を始末しようと動いていたのかもしれませんが真意は不明です。それでも、追われる過程で私は彼らをこの力で、銃によって返り討ちにしたこともありました。

 やがて警察は私の要求は飲まれたのか憎き政治家は逮捕。他の政治家たちも私を信じてくれなかった警察への不信感を抱き、世間に対する警察へのイメージを思い直す機会を与えられました。何より息子の敵である丸神虎秋は悪魔の子として後ろ指を指される人生を歩むようになり、私の復讐はここに完遂されたと感じ取っていました。


 しかしあの日から十七年、私は信じられない事を知ったのです。本当に偶然でした。

 息子を殺した丸神の息子が結婚式を開くと知ったのです。

 何もかもを反省し、罪を償ったとしても私はその男を許す事が出来ませんでした。

 式までの時間は既になく、結局私はあの時にこの銃で射殺しなかったことを悔やみました。

 式に関する情報を集めきった後、私は復讐計画の段取りを決めていました。その時は皆殺しで良いと思っていたのですがそれでも迷いはありました。それはこんな事しても無駄なのではないかという考えでした。相手はもう三十を過ぎた。反省をしてこうした式を開き、次の世代へと自分の犯した罪と向き合いながら二度とあのような悲劇を起こさないと誓うのであれば私は復讐をしないと決めてはいました。だけど式の内容をSNSで確認し、彼のそれまでを振り返ってみると反省した気配は微塵もなく、むしろ悪化しているのではと思うようになりました。

 だから私は判定の基準を変えることにしました。何故かはわかりません。犯人と警察しか知らないであろう渋谷銃雨事件の情報をネット上に流し、私の次の復讐が止まったのならそれで終わりにする。そう決めたのです。そして今日に至ります。


「あれ……右島さん。これって」


「ああ、三枚目は手書きみたいだな。でもなんで――」


 手紙はそれまでパソコンを通して作成されていた。しかし三枚目に目を通した時、二人は疑問を浮かべる。三枚目は最初からペンによって手書きで描かれていた。全体の文字は走り書きでそれでも読めるほどに繊細であったが所々に力を込めて描いた跡があり、さらには点々としたシミがついてあった。それは彼女が泣いて、そして怒りを込めて書いたものだと理解した時、二人は言葉を失った。


 結論から申し上げますと何も変わっていませんでした。殺しておくべきだと悔やみました。

 ほぼ貸し切りの式場で連中は酒を飲んで馬鹿みたいに笑い、気味悪く大声で話をしては式場内を荒らすようにして騒いでいました。かと思えば見えぬ所で男女で目を背けたくなるような行為に走る者もいました。知っている顔がその中に、息子を地獄に追いやった者共がいると理解した時、悔しさは怒りに代わりました。式が始まり一同が集まったその時の新郎の丸神虎秋の話はかつて私が引き起こした渋谷銃雨事件から始まる一連の復讐劇でそれを彼はあたかもこういって見せたのです。


――あの日に俺はすべてを失った。何も悪くないのに。地位も名誉も無くしたんだ。それでも俺は努力してこうした式を開けたんだ。俺を追いやった奴らは悪者だ。俺は悪くないんだ。そうだろ?


 その時の言葉を聞いた時に既に私は式場内の周囲に無数の拳銃を呼び起こし、照準を会場内の人間に合わせ、そして拳銃はけたたましく銃声を鳴り響かせました。心の奥底から噴き出た憎悪が形になり、命を奪う刃となって周囲にむき出しになったのは確かです。

 来場した若者たちが脳天を撃ち抜かれて死体になり、そして一番苦しめて殺すと誓った男は銃弾によって両膝を貫かれ、悲鳴を上げて苦しんでいました。彼にとどめを刺そうとしたその時、ドレスを新婦が私と彼の間に入ってきました。私は『やめて!!』と泣いて叫びながら立ちふさがる彼女の眉間を躊躇なく打ち抜きました。ドレスを真っ赤に染まる彼女を視界に映した時、私は『彼女』ではなく『彼女たち』を撃ったのだと理解しました。その時、私はなんてことをしたのだろうと思いました。

 それでもここで報復をなさなければ十七年前のあの日の復讐に意味はない。そう堪えながらも私は目の前の息子の敵を討ちました。

 ここまでして何になるのか。目の前の死体の群れを眺めながらもそれでも未だに怒りに満ちた私は息子の敵をと怒りのままに周囲にガソリンを放ち、そして全てを焼き尽くしました。

 ここまでの経緯を書いたのは私にもわかりません。全てを失ったあの日から今までの出来事を取り留めとなく書いてそれで息子が帰ってくるわけでもないのに。

 私は何かを間違えたから息子を亡くしたのでしょうか?どうしてこんな目にあってこんなことをしなければならなかったのでしょうか?

 誰か私に教えてください。私はどうすべきだったのでしょうか。私は間違っていたのでしょうか。

 どうして息子を亡くさなければならなかったのでしょうか?


 手紙はここで終わっていた。


「そうか……渋谷銃雨事件は……あの銃の雨は、あんたの涙だったのか」


「涙……ですか?」


「ああ、そうだ。誰にも理解されなかった痛みがどういうわけか銃の雨となって渋谷に降り注いだ。そして……復讐に、今日に繋がったんだよ」


 右島が遺書から瀧下の遺体に視線を移した時、彼はやりきれない表情を浮かばせていた。

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