第三話

「……瀧下公子(たつしたきみこ)。年齢は今年で五十六歳で銃雨事件のあった年に一人だった息子を亡くしていますね。昔は雑誌の編集者をやっていて今はフリーター。どうやら坂上が務めていたバイト先で一昨日までいたそうですが日雇いのためその日以降は来てないとか」


「ソイツが銃の雨を降らせた犯人って事になるな。早合点かもしれんが」


 助手席で今までに取り纏めた資料を眺めながら右島は呟く。佐藤はその呟きに怪訝そうな顔を浮かべて反応する。


「でも本当なんですか?証拠も何もないのに……誰かから聞いた情報を流してるって線もあるんじゃ?」


「だから確かめに行くんだろ。それに証拠はまだいい。ただちょっと聞きに行くだけだ。誰から聞いたのかとかな。俺たちは普通に事件を調査している刑事として接触すればいい」


 『了解です』と佐藤は答える。右島はスマートフォンを取り出すとそれを車内に設置されたスタンドに設置して坂上啓二の生放送を再生した。


「それにしてもよくこの生放送の情報拾えましたね」


「ああ、俺の親父からのタレコミだ」


「み、右島さんのお父さんからだったんですか?」


「ああ。『新なんぶ』というハンドルネームでこの生放送に来場してたんだと」


「新なんぶ?変わったハンドルネームですね」


「まったくだ」


 坂上は身に着けた拳銃にそっと手を当てる。


「定年迎えてからはネットサーフィンばっかだったがこうした情報とかも拾ってくることがあってな。SNSにも情報網張ってるとか言ってたな。七十超えてるのによくやるわ」


「お年のはずなのに凄いですね」


 車が左折する時、『そういえば』と右島が声を漏らす。


「あの時はまだ現役だった父とコンビ組んでてな。刑事親子なんて茶化されてた時もあったよ。だからこの事件に関してはある程度知ってることがあるのさ。担当者としてな」


「それじゃあ親父さんも当時の状況とかを一番知っているってことになりますよね?」


「ああ。だから厳重に保管されている資料も俺の権限……でいいのか?関係者って事で見れる。親父もな。その内容をほとんど覚えていた」


 昔を思い出しながら右島は当時の状況を佐藤に話す。


「あの事件のあった後、警察はネット上に情報がばらまかれるだろうと予測し、こちらからデマを撒くことにしたのさ。出来るだけ嘘と本当を交えてな」


「え?警察がデマをばら撒いたんですか!?」


 大声を佐藤は出した。正義であるはずの存在がそんなことをするのかと驚愕していた。


「ああ。触ったら死ぬとかそんな簡単に見抜ける嘘やその拳銃は海外の特殊部隊が製造した拳銃といった……まあ色々とな」


「な、何でそんなことを?」


 驚愕の表情を浮かべながらも佐藤は淡々と話す右島の話を聞き続ける。


「二十世紀ならばまだそんなにインターネットもブログも普及していなかった。だが事件のあった二〇〇七年はインターネットが盛んになっていた。情報規制が難しくなっていたのさ。警察はきっとネットから情報が漏れだすだろうと推察し防げないものと断定。そこで情報規制に加えてデマを撒くことにしたのさ。事件の恐ろしさといい何かと危険と判断したのか後の世の中に対してうやむやにするためにな」


「それでデマを流したんですか?」


 『ああ』と返事をし、右島は首を縦に振る。

 当時の出来事に驚く佐藤であったが運転している車は特にペースを変えることなく目的地である瀧下公子の住むアパートに向かおうとしている。


「でもそれなら先にその話してたバイト先のおばちゃん……つまりは瀧下公子(たつしたきみこ)に事情聴取すればいいんじゃないんですか?」


「絶対にそうだって確信が持てなかったからな。それにな、瀧下はこの空想拳銃の詳細を知っているんだ。そうなると犯人か当時の警察関係者かの二択に絞られる。警察関係者という線は情報漏洩に繋がるからないとしたら残っているのは犯人という可能性だ」


「奇跡的に内容が全部当たっていたというのは?」


「……これらを見た感じないな。動機としても成り立ってるしな」


「動機?」


 助手席で右島は纏めていた資料を眺めながら答える。目を凝らしてその資料の内容を彼は口にし始める。


「ああ、この亡くなった息子さん……どうやらいじめが原因らしい」


 瀧下公子に関する調査の内容を右島が読みあげていく中で二人の顔は歪む。


「調べたところ、いじめの主犯はさっきも話した当時の大物政治家、丸神三ケ野(まるがみみかの)の息子で名前は丸神虎秋(まるがみとらあき)。さっき言ってた裏社会の連中と警察上層部と癒着していたやつだな。当時、息子共々あまり良くない噂が目立っていた親子でな。銃雨事件の犯人が指定した調査対象だった。丸上は金を巡らせてあくどいことやって警察のお偉方と癒着するわヤバイ連中と繋がってるわで……息子の虎秋はさっき話したいじめの主犯格でそれ以外にも学校で問題を起こしていた。おまけに犯罪まがいどころか普通に犯罪行為もやっててな。何かあっても父が癒着していた警察によってもみ消される」


「絵に描いた悪徳政治家ですね。息子さんに関してもひどすぎる」


「だが渋谷銃雨事件の後に警察は癒着していた彼らを切った。次の銃雨事件から守るために……全く癒着する前に切れって話だよ」


「そもそも癒着しないで欲しいです」


 大きくため息を吐く佐藤の隣で『確かに』と言って右島は束になった資料のページを捲る。


「息子の虎秋にも当然流れ弾が飛んできた。進学予定だった高校に行けなかった。毎日取材の嵐でストレスで体調崩したとしてしばらくは世間から身を潜めたそうだ」


「そこまでやったのなら復讐は終わってるのでは?」


「ああ、いじめグループの連中の大半はその事件に巻き添え喰らったのかろくな目に合ってない。家庭崩壊したってのもいれば自殺したってのもいる。大方とばっちりってやつだな」


「……これが母の恨みという奴ですか」


「ああ。ちげぇねぇ」


 銃の雨が降らした後の軌跡に二人はただ気が滅入るばかりだった。車はやがて市内の外れのほうにあるアパートの駐車場近くに止まる。


「ここか。拳銃持ってるよな?」


「はい。大丈夫です」


 佐藤は自分に配備された拳銃をホルスターにしまっていることを確認し、慎重に車から降りる。


「相手はかなり危険な奴と思え。警察何年もやってるが超能力者とかなんざ相手した試しはねえぞ?」


 佐藤に続いて右島も拳銃の有無を改めて確認すると続けて降りた。

 アパートは二階建てで築四十年以上経過したその建物は年季が入っていた。黄ばんだコンクリートの外壁にさび付いた階段。洗濯機が外に置かれており、今は稼働していなかった。


「右島さん。ここです。この部屋です」


 二人はアパートの一室のドアの前にいた。『一〇三』と書かれたプレートが張り付けられた扉の前に二人が立つ。佐藤に指示を出すと右島はインターホンを鳴らし、佐藤は反対側にあるベランダの方へと向かう。万が一逃げられてもいいようにと最善の策を張ったつもりだった。


「瀧下さん?瀧下さーん?いますかー?」


 インターホンを鳴らし、ドアを叩くも不在であった。


「……居留守か?」


 しかし部屋からは人の気配はしない。右島はそれを長年の経験から感じ取っていた。


(どうなってる?まさか――)


 周囲を見渡す。玄関ドアの左隣には蓋の閉じた白の屋外洗濯機が一つ。使いこまれた様子が伺えることからここに住み始めたのはつい最近ではないと右島は推測する。


「あんた、何してんだ?」


「ん?」


 後ろから声がした。白い顎髭を蓄えたクタクタのTシャツを着た老人がそこにいた。


「あなたはこのアパートの住人ですか?」


「ああ、そうじゃが……お前さんは?」


「自分はこういうものでして――」


 右島は老人に警察手帳を見せる。それを見ると老人は『おー』と納得する。


「なるほどなるほど。で、何用で?」


「ここに住んでいる瀧下公子さんという人物にお話を聞きたいのですが……何かご存知でしょうか?」


 右島は腰を低くして老人に瀧下公子について伺う。


「ああ……確か昨日は帰っていなかった、ような?」


「ふむ。それでどんな人ですか?」


「うーむ……言ってしまえば優しい人かな?」


「なるほど。差し入れとかを貰ったりしてました?」


「いや。そういうことはなかったな。わしみたいな汚い老人を見ても特に色眼鏡をかけるような視線も態度もしとらんかったからな」


「そういうことですか。それで……彼女の足取りに何か心当たりは?」


「うーむ……。あ、でも昨日……というか一昨日帰ってたかのう?ドアを開ける音がしなかったような気がしてな。年寄りの気のせいだと思うんじゃがなあ」


 老人は瀧下の住んでいる玄関のドアに視線を向ける。


「わかりました。ありがとうございます。もし何かございましたら近くの警察に……刑事の右島さんに話があると言っていただければ助かります」


「ああ。わかった」


 老人は笑顔で返事をし、じゃあのと言って瀧下の右隣の部屋に入っていった。入れ替わるようなタイミングで佐藤が戻ってくる。


「駄目ですね。人の気配が全くないというか……物干し竿とかにも何もないですし窓から見える内にも灯りがついてないです」


「そうか。となると……連絡待ちか?」


「連絡?」


「ああ。動けるメンバーで瀧下の所在を追ってるのさ。当時の銃雨事件に関わっていた人員プラス数名でな」


 ポケットからスマートフォンを佐藤に見せるようにして取り出す。


「てことはじゃあ結構多いんじゃ?」


「銃雨事件の後に何人か辞めちまってるよ。十七年も前だし定年とかでな。それにこの件は警察としては秘密にしておきたいのさ。パニックになりかねないからな。それでも一つの事件に携われる人員の平均からしたら少ない方だが」


「じゃあ何か動きがあれば……」


「ああ。連絡が来るはずだ。一度署に戻る――」


 右島が戻ろうと言いかけたその時、スマートフォンに着信が届く。着信先を見て右島は目を細める。


「右島さん。もしかして?」


「ああ、違いない」


 電話の着信に対応する。その時の右島には汗が流れていた。


「もしもし。どうだ…………なんだと?!」


 右島驚愕の声を上げた時、佐藤はすぐに車に向かっていた。右島の荒げた声を聴き、エンジンを掛けてすぐに動けるようにと準備をしていた。


「場所は何処です!?」


「ああ、今から言うホテルに向かってくれ!」


「ホ、ホテルですか?!」


「急げ!!」


 右島も佐藤に続いて車に勢いよく乗り込む。


「今ならまだ間に合うかもしれん!!」


 二人を乗せた車はある場所へと向かってエンジンを大きく吹かせて走り出した。

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