第二話

「さて。これが一週間前に君がやった生放送だね?」


「……は、はい」


 ノートパソコンのディスプレイには元気に話をする『ジョイホッパー』が映っていた。

 生放送から二日後。放送主の『ジョイホッパー』こと坂上啓二は重苦しい雰囲気の中にいた。うす暗い取調室の中心に設置された椅子に縮こまるようにして座り込んでいた。


(何で?俺、何かやらかしたのか……?)


この時、彼は人生の中で一番恐怖心に駆られていた。もしかしたら捕まるのではと内心震えていたのだ。

 一方で、その正面で生放送で見せたメモ帳が置かれたテーブルを挟んでスーツを着た渋い顔をした刑事がテーブルに置かれていたパソコンを操作して彼と画面の中の彼を交互に見ていた。刑事は短い黒髪に黒のスーツを着てパソコンの中で坂上啓二が放送していたライブチャットをじっくりと見ていた。放送はその場の重い雰囲気はどこ吹く風のように流れていた。

 坂上にとって予想以上に重い空気で圧迫されたまま彼は刑事の問いに淡々としてそれで恐る恐る答えていた。


「急に呼び出して済まないね。別に君を逮捕しようとかしているわけじゃないよ。ここでないと聞けないと思ってね」


「は、はぁ……」


 時計は午前十時を指そうとしていた。

 委縮する彼の前で真剣な眼差しでパソコンの画面の中のと坂上と目の前の坂上を交互に見つつ刑事は目の前の坂上に視線を向ける。


「まずこの生放送で話した渋谷銃雨事件の事だが……これは全部君が情報なのか?それとも自作自演か?」


「えっと……聞いた情報です」


「そうか。それはこの生放送中に話していた『バイト先のおばちゃん』からかな?」


「……はい。そうです」


「彼女の居場所、あるいは行先に検討はあるかな?」


「あ……ありません」


 慣れぬ雰囲気の中ではあったが坂上は刑事の質問に淡々と答えていく。また『そうか』と言って刑事は落胆してため息を吐く。


「渋谷銃雨事件の話をしてた俺を逮捕するんじゃないですか?」


「いや、それなら逮捕状もって君の家に突撃してるさ。心配しなくていい」


 刑事はそういうとノートパソコンの画面を切り替えつつ、坂上に話をする。先ほどよりも眼差しを鋭くして。

 刑事は席を立つと取調室のドアを開けた。


「聞きたいことはこれで終わりだ。色々と情報提供ありがとう」


「え……あ、えっと帰っていいんですか?」


「いいぜ。もしかしたらまた呼ぶかもしれんが」


 先ほどの怪訝な顔つきから打って変わってにこやかに刑事は対応する。だが――


「ああ、そうだ。今日の話と銃撃事件の事だが……他言無用でお願いしたい。頼めるよな?」


 突如として刑事はきっとした視線で射殺すような視線で坂上を睨んだ。


「は、はい!!」


「よろしい。それじゃ」


 すぐさま刑事は睨んだ表情を切り替え、笑みを浮かべて見せた。


「あの……これって俺、殺されたりしませんよね?」


「大丈夫だ。犯人が想定通りなら君を殺すとは思えない。それにまだ犯人……というか犯罪が起きるとは思ってないさ。普段通りに生活していれば大丈夫だ。もし不審なことが身の回りで起きたら連絡してほしい」


「わかりました」


 坂上は刑事に挨拶をする。


「あ、そういえば……」


「どうした?」


「あの、さっき言いそびれたんですけど。三日月がきれいで写真撮ったってところなんですが――」


「ああそれか。大丈夫だ。後でこっちで確認する」


「すみません。それじゃあ失礼します」


 彼は改めて刑事に挨拶をして取調室を出て署を後にした。刑事は彼を見送る。

 しばらくしてから彼は署内のオフィスでコーヒー缶を片手に一息ついていた。そこに一人の男がやってくる。


「お疲れ様です。右島さん。何か聞けたんですか?」


「ああ。あの事件に近づけるかもしれん。お前はさっき言った人物の住所を調べてくれ。そしたら車で向かうぞ。急げ」


 先ほどまで取り調べをしていた刑事、名前は右島藤次(みぎしまとうじ)。今年で五十を過ぎた捜査一課のベテランの一人。『わかりました』と答えると男は先にその場を後にした。彼は右島と組んでいるもう一人の刑事、佐藤洋一(さとうよういち)。右島と同じく捜査一課に属している若手の刑事だ。


(それにしても随分とあっさりと……いやそうでもないか?)


 右島は手に持った缶コーヒーを揺らしながら先ほどの事情聴取で得た情報を思い返す。

 そして一人でコーヒーを飲みながら先ほどの事情聴取の資料を纏め始める。坂上からの情報というよりは殆どが坂上が話を聞いていたある人物の内容を細かく持ってきた資料と照らし合わせる。


「あれから十七年か。随分経ったもんだ」


「右島さん。何か引っかかる事でも?」


「ん?ああ。佐藤。この事件だが――」


「ええ。わかってます。混乱を避けるために関係者以外にこの『渋谷銃雨事件』について決して話すな。そうですよね?」


「オーケーだ。ちょっと場所を変える。上の階に空き部屋を用意してもらったから資料も揃えてお前に話しておきたい」


「わかりました」


 一旦二人は場所を変えて警察署二階の空いてる部屋に向かう。


「ああ、繰り返しになるが……これから話す事件の事だ。他言無用だぞ?」


「はい!」


「よし……まずはこちらの情報から振り返ってみるか」


 気合の入った返事を聞き、右島は嬉しそうにしながらも束ねられた坂上の取材の資料と十七年前の当時の資料をそれぞれテーブルの上に並べていく内にその表情は硬くなっていった。

 

「最初に話しておくが。実は俺、この事件を十七年前に担当してた一人なんだ。まだお前くらい若いころにな」


「え!?そうなんですか!?」


 驚きの声を上げる佐藤の隣で資料を眺めながら右島は話を続ける。


「ああ。事件当時に警察に届いた脅迫状も見ていたさ。簡単な暗号が添えてあってな」


「脅迫状?」


「ああ。これだ――」


 そう言うと右島は資料の束の中から一枚の紙を佐藤に差し出した。佐藤はそれに目を通す。写真の中にあった一枚の手紙には文章と中心に半円と三日月の間の黄色い月の写真が貼られていた。


――われらの月が示す齢より後、私は渋谷に銃の雨を降らせる。

――これを止めたくば次の七人の罪科を解(ほど)き、世に公表すべし。

――なおこれを公表するのであれば渋谷に銃の雨を降らせる。


「これが……渋谷銃雨事件を起こした犯人からの脅迫状ですか?」


「ああ、そしてこれが二枚目だ」


 資料をもう一枚右島は佐藤に渡す。構成は一枚目の脅迫状と同じだったが月の写真が違っていた。半円に近い形をしていた。


――われらの月が示す齢より後、私は東京に銃の雨を降らせる。

――これを止めたくば次の七人の罪科を解(ほど)き、世に公表すべし。

――なおこれを公表するのであれば東京に銃の雨を降らせる。


「えっと…………政治家七人に対する調査をしないと銃の雨を降らせるってのはわかったんです。それでこの写真の月は一体?」


「前半の文章にあったろ?月の齢。いわば月齢さ。つまりその写真の月齢が四ならば四日後に銃の雨を降らせるということさ。一枚目がそうだ。で、二枚目は月齢が十だったから十日後。それまでに要求を飲まなければ――」


「銃の雨を降らせるということですか。でもこの写真だけで正確にわかるんですか?」


「その写真なんだがその年に使われていたカレンダーの写真だった。たまたま警察で使っていたからすぐにわかったんだが……。なんでそれを使ったのかはよくわからんが目的だけならわかる。恐らく同一人物であると示すためだろうな」


「それでも銃の雨を降らせるってのがどうにも。何かトリックを使ったんですよね?」


「ああ、俺もそう思いたいさ――」


 右島は資料への目線を佐藤に向けた。


「だけどな。俺は見たんだよ確かに。スクランブル交差点の真上から……何もないはずのその頭上から文字通り銃の雨が降り注いだのを」


 その言葉に、その目に曇りも淀みもなかった。


「……何かの見間違いじゃないんですよね?」


 右島は首を縦に振った。佐藤はただそれだけの返答に困惑するしかなかった。


「結局俺たちは七人の指定された政治家たちに捜査を行った。人のよさそうな政治家も交じってたから内密に捜査に協力してほしいと頼んだら協力してもらった人もいた。七人中二人は好意的に捜査をした。シロだったさ。拒否した五人中二人はこっそり調べてここもシロ」


 資料の一ページを指さして右島は佐藤にそれを注視させる。


「で、残る三人がクロだ。一人目はインサイダー取引してて二人目は外国への情報漏洩。三人目は裏社会と警察に癒着して薬物やら銃器の売買を斡旋して利益を儲けてた」


「全員がクロじゃないんですか?」


「ああ。理由は不明だがあるとしたら嫌がらせだろう。拒否してシロだった政治家二名には今も恨まれてるしな」


「嫌がらせって?」


「警察への恨み……例えば過去に何らかの事件でまともな捜査をしてもらえなかったとかな」


 『なるほど』と佐藤が呟く。


「『空想拳銃』がもし本当に今一度ばら撒かれるとするなら……坂上の生放送がトリガーになって犯人は今一度銃の雨を何処かに降らせるかもしれないんだ。しかも坂上が撮影した月の年齢。月齢に直すなら。よって二日後の今日だ」


「今日!?ちょ、ちょっと待ってくださいよ!いくら何でも支離滅裂です!」


 右島の話を聞いた佐藤が彼の犯行への懸念にパニックになる。


「何故だ?」


「脅迫状じゃなくて個人の生放送での遠回しの犯罪予告でしょ?!それがどうして犯罪を起こすって決めつけるんですか!?正確性も何もないのに!」


「ああ、俺も馬鹿げてるとは思う。起きる可能性であっても多分その確率は五割切ってる」


 佐藤の意見に対し右島は同意しつつも話をする。


「だけど、もしあの事件の真相に近づけるのなら俺は坂上に情報を提供した女性を追ってみようとは思う。第一におかしいと思わないか?」


「何がです?」


「いいか?坂上が話していた内容は。それを話した女性は何でそんなことをしたんだろうな?」


「それが何を……あっ!?」


「気づいたようだな。犯人しか知ってない情報を持ってるって事実に」


「……もし仮に事件を起こすというのならあまり時間はないんじゃ?」


「ああ。だから動かせるメンバーを水面下で動かして慎重に早急に動いてる。何分国が情報を規制した事件だ。気をつけろよ?」


 自然に右島は資料を持っていたその手に力を込めていた。胸騒ぎを感じてはいたがそれで何かができるわけではなかった。


「そういえば『空想拳銃』って実物ないんですか?」


「ああ。犯人の要求を呑んで政治家の悪を暴いて報道された次の日、空想拳銃はすべて消えたよ」


「え!?どういうことなんです?」


「……文字通りさ。俺たちの目の前で保管してあった空想拳銃の一つが消えて見せたんだよ。互いに顔を見合わせたよ。当時嫌いだった刑事ともな」


「じゃあ……それってもしや?」


「ああ、脅迫してきたヤツの目的は達成したんだろう。生み出すだけじゃなくて消せるとは恐れ入ったが……」


「でも、目的を達成して十七年経ったにも関わらず何かが起きようとしている。そうなんですよね?」


「ああ。あくまでも予想ではあるが。他の連中の調査終わるまでにできるだけ資料読んでおけ」


「了解です」


 佐藤は渡された資料の海に飛び込んだ。右島も記憶にズレがないかを確認するために佐藤に続く。

 しばらくして昼を経て連絡を待っている中で事件の真相に近づけそうなものはないかと調べていた右島と佐藤は準備を終えると車に乗り込む。

 ある人物についてわかったからである。重要参考人とも呼べるべき人物が。


「調査資料はさっき渡した。行先はわかってるな?」


「はい。さっき話していた坂上って男が言ってた女性の住んでるアパートですよね?」


「正解だ。俺たちがそのアパートに近いから俺たちはそこへ。調査している連中は足取りを引き続き追ってる。」


 佐藤は資料を手に取って対象の名前と住所を今一度確認する。

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