RE:渋谷銃雨事件

峰川康人(みねかわやすひと)

第一話

――だけどな。俺は見たんだよ確かに。スクランブル交差点の真上から……何もないはずのその頭上から……文字通りに銃の雨が降り注いだのを


 十数年経った今でも刑事はあの日の事を覚えている。

 。ありえない光景故に。

 もしも空から無数の拳銃が降り注いだらあなたはそれをどう捉える?

 混沌への招待か、もしくは憎悪の散布か?

 その銃を降らせた元凶についてどう思うか?

 その理由を知った時、あなたはどう思うだろう?

 これはかつて起こったとある事件を追っていた刑事の話。

 彼はその裏に強烈な感情が渦巻いていたと思い返すようになる。


「こんばんは~皆。今日も『ジョイホッパー』の雑談放送始めちゃうよ~!いやーこないだバイト帰りに三日月を見たんだけど超綺麗でさー。思わず写真撮っちゃったよ。上手く撮れたから後でSNSに上げるね!」


 ディスプレイの向こうで若い青年の男性がにこやかな雰囲気で生放送を開始した。

 生放送番組の名は『ジョイホッパーTIMES』。ハンドルネーム『ジョイホッパー』こと坂上啓二(さかがみけいじ)による個人の生放送番組。有名動画投稿サイトの生放送サービスで配信しており、事前に投稿された悩みを生放送の主であるトークで悩みを解決、あるいは出された話題等で話をして盛り上げて楽しんでいく事を目的にして約一時間ほど行われる。偶にはジョイホッパー自身が話題を切り出したりして来場者とチャットシステムで盛り上がったりすることもあればゲーム実況や料理などの企画もあるのだがが基本は雑談がメインだ。来場者数は有名な所に比べれば基本少ない。だがそれでも一年以上やっているためか、結構な来場者が来ている。


――わこつ~

――よろしく^^

――髪切った?


「あはは。わかる?実は昨日なんだよ切ったの」


 切ってきた髪の毛を指でいじりながら彼は笑って答える。


「さて今日なんだけど……早速お便り届いているので読み上げるよ~」


 そう言うと彼は手元の紙を取り出す。ふむふむと頷くといつも通りに番組を進め始めた。


「じゃあ最初はラジオネーム『犬(笑)』さんから。コラコラ犬もいいとこあるぞ!例えば……四足歩行、とか?」


――けなしてないか?w

――おいおい。また猫が一歩リードしてしまったにゃあ

――↑猫がなんか言ってるワン


「あーコホン。えっとお悩み相談コーナーでしたね。えっと――」


 そうして彼はリスナーからの悩みを聞き、それを来場者と共に意見を交わしながらコーナーを進めていく。しばらくして回答が持ち出される。


「そういうわけだから犬(笑)さん。犬ってのも悪くないと思うよ?特に……えっと……」


――あれだけ話をしてなんで言葉に詰まるんだよwww

――おちついて

――やはり猫こそ至高


「あーはいはい。要するに犬の良さを認めるべきだと思います。確かに粗相がないってのはあるかもしれませんがちゃんとしつけられればいいってことよ!!」


 親指を立ててジョイホッパーは回答した。来場者のコメントはまた突っ込みで溢れかえった。


「さてお次は……久しぶりに『ジョイホッパーのお題』だ」


 次のコーナーはジョイホッパーのお題。これは生放送の主であるジョイが持ち出した話題で来場者皆で雑談しようという試みのコーナーだ。


「で、今回なんだけど……思い切ってある都市伝説について話をしようと思う」


 真剣な眼差しで彼は画面の向こうにいる無数のリスナーを見るような視線を繰り出す。


――で、なんについて取り上げるの?


「フフフ。それはね……皆、『渋谷銃雨事件(しぶやじゅうさめじけん)』って知らない?」


 彼はにやりとした表情で座っていたそれまできしんでいた椅子をぴたりと止めて来場者に問いかけた。


――ああ、あれか

――え?なにそれ

――知らん奴おるの!?


「ああ……これがジェネレーションギャップか……じゃなくて」


 心に負った小さくない傷を振り払うように彼は話を続けた。


「知らないってことはもしかしたらコメントしてくれた人はまだ十三歳前後くらいかな?何分十五年以上前に渋谷の例の交差点で起こったんだけどね。ナントカローン問題よりももうちょい前の年だったかな?」


――記録ないっていうか今思い出したわ

――いや確かにあったぞ

――でも非現実的すぎて誰も覚えていないっていうか俺が夢見てたとばかり思うよアレは


「ああ、政府が確か報道規制か何かやったみたいでさでネットとかにろくな情報ないのよ。あっても基本デマとかでさ。後はそう……一応大雑把だけど銃がばら撒かれた事件が過去の記録にあるんだけど情報があいまいというかさ。知らないのも無理ないかな?どのテレビでも放送に規制かかったせいでこの事件の当時の記録が殆どないんだよね」


 ジョイホッパーはコメントの意見に相槌を打ちながら話を続ける。


「で、概要を説明しようか。もちろん気持ち半分で聞いてくれると嬉しい」


――俺はいったい何を話しているのだろうか?


 彼は流石に自分自身を疑っていた。いくら話すネタがないからってこれはどうかと思っていた。


「まず始まりは十七年前の渋谷の例の交差点。多分知ってる人も多いだろうあの交差点さ。その日の朝に起こったんだ。文字通り銃が空から降ってきたのさ。季節としては秋くらいかな?」


――うそでしょ

――いやそれが本当なんよ

――そんなん上空から降ってきて当たったら死ぬわ


「うんうん。言いたいことは多いと思う」


 予想していたかのような口ぶりで彼は答える。


「でもね、当時の人曰く文字通りに銃が空から降ってきたんだって。頭に当たったけどまるで雨粒に当たったかのような感触で痛みとかもなかったんだって。それでたくさんの銃が降ってきて……。銃の一つを手に取った誰かが青空に向けて引き金引いたらバァンって音が響いてパニックになってそれから直ぐに警察が駆けつけて銃を回収して回ったんだよ。この一連が渋谷銃雨事件よ。でだ――」


 話を終えて一息つくと彼はそばに置いてあったお茶のボトルに手を取ってグイグイを飲み干す。


――もしかしてその場にいた?


 来場者のハンドルネーム『新なんぶ』からのコメントに彼はこう返した。


「いや。俺はいなかったよ。だってまだ幼稚園……いや小学生だったかなもう」


――じゃあなんでそんなに詳しいの?ww


 再び新なんぶからのコメントが届く。


「実は先日この事件について詳しい方からお話を聞きましてね……」


 ニヤリと笑って飲んでたお茶のボトルをトンと置くと彼は説明を続ける。コメントの勢いは増えていく。


「なんでもこの事件について昔に調査してたみたいでさ。銃の特徴とかも教えてもらったのよ。ちなみにその銃、『空想拳銃』って一部じゃ呼ばれているらしい。誰かが所謂スキルとか魔法とかで作った代物じゃあないかって冗談ながらに言われてるのよ。創作物上でしかありえない特徴してるからね」


――まじか

――特徴?

――そのひと何者?

――はやくおしえろ


 『よし。説明しよう』と言って彼は三つの特徴を上げた。


 「で、特徴なんだけど。一つ目にその銃はどの国のメーカーでも作ったことがないの。形状は所謂カードリッジ式で中に八発の銃弾が込められて殺傷能力が十分にある。ちなみに銃弾は9mmパラベラム弾に近い形状をしてると」


 ジョイホッパーは右手でVサインを立てて二つ目の特徴を説明する。


「んで二つ目にその銃弾は薬莢がついたまま発砲されるんだ。本来の銃弾ってさ、薬莢が取れて先端部分のみがまっすぐに進む仕様になっているのだがこの銃弾は薬莢がついたまま弾丸が飛ぶんだって」


 そして人差し指、中指、薬指を立てて三つ目の特徴について彼は語る。


「三つ目に消音機能。サイレンサーっていうのかな?特定の手順で銃をいじると完全消音で銃弾で飛ばせるんだってさ。確か銃のスライドを二秒以内に三回引くとかでそうなるとか。これは自信ないって言ってたけどね」


 こうした特徴から誰かの空想上の拳銃のようであることから空想拳銃と呼ばれるようになったと彼は語った。


――三つ目とか科学的に無理じゃね?

――化学ってか物理じゃね?

――そもそもやっきょうってなにさ?

――塚何でそんなに詳しいの?ソースは?


「ソース?ああ、これね……なんとバイト先のおばちゃんからなんだわ。面白くってついメモ取っちゃって紹介してみようかなって思ってね~」


 ジョイホッパーはメモ帳を見せるように取り出す。コメントの流れが遅くなった。そして勢いが増して戻る。


――え?

――うそでしょ

――デマ臭くない?本物っぽいけど脚色ある感じがする

――はいおしまい


「いやいや実はさ……拳銃が使われた事件を三つも教えてもらったのよ。空想拳銃が使われた事件をね」


――それが証拠?

――ソースたりうるのか?

――いいからはよ


「この後に三つの事件があったの。一つ目にDVのあった家庭。二つ目にブラック企業のオフィス。三つ目にどこかのカルト宗教団体。ここで事件は起こったのさ。いずれも現場で薬莢付き拳銃があったのが確認されてね。一つ目は家内での発砲で二つ目はオフィスでの発砲。三つ目に関しては団体の本拠地らしくて生贄になりかけた動物達がいたからちょっと話題になったんだけど知らない?」


――報復が狙いか?

――でも復讐にしてはおかしくないか?俺なら普通に呼び出した銃で射殺だわ


「うん。確かに。だから推測があってさ。この事件には二つの線があるんだ。それは――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る