初日から盛沢山すぎる    2

 日本での服装のまま転移してきた高梨さんも、あの部屋にあったドレスの中では比較的飾り気のない服に着替えてきた。

 たぶんふくらはぎくらいまでの長さの白いレースの服の上に、紺色の裾の長いドレスを重ねて着ているんだと思う。

 女の子の服はようわからん。

 それより問題は、これは自分ひとりじゃ着られないだろうって服がほとんどだったことだ。

 なんで後ろで留める服ばかりなんだよ。


『似合う?』


 ひらひらするスカートを摘まんで広げて見せながら笑う姿は、ヒロイックファンタジーのお姫様のようだ。

 

『似合う似合う』

『着方がわからないから、広間にいた人はこんな感じだったかなって見様見真似みようみまねで着てきたの』

『ベッドにあった服じゃないんだな』

『あれは寝間着でしょ』


 パジャマがあんなに豪華なのか。

 浴室もさ、てっきり猫足のバスタブにお湯が張っているだけかと思ったら、温泉旅館みたいな立派なお風呂があってびっくりしたよ。

 一度に五人は入れる広さはあったぞ。

 蛇口からお湯が出しっぱなしなのがもったいなくて、高梨さんとふたりでバルブを回して止めてしまった。

 今までの聖女もあの部屋を使っていたんだとしたら、侍女の嫌がらせさえなければ、VIP待遇だったんだな。


 戸棚の中身をチェックして、着替えて、今まで着ていた服を魔法で綺麗にしていたら、いつの間にか日が沈んで夜になっていた。

 俺達は、働き者だ。


「失礼します」


 日が沈んですぐ、青髪の騎士の……ロドニーだったか? 彼が灯りに火をともしに部屋に入ってきた。

 この世界の人間は全員が魔力を持っているのに、魔法を使える人がごく一部なので、それ以外の人は道具を動かすために魔力を使っているんだそうだ。

 魔力を魔道具に充電する商売があって、貴族の屋敷には何人か充電するためだけに雇われている人がいるんだってさ。


「夕食はこちらのテーブルに用意します」


 侍女がいないから騎士がやってくれているのか。

 アフタヌーンティーを用意してくれたのはソファーセットのほうで、夕食は小さめのダイニングテーブルで食べるみたいだ。

 部屋が広いから、いろんな家具が配置されているのに、空間に余裕があるんだよなあ。


「このジュース、おいしいんですよ。お茶も淹れておきますね」


 今回はロドニーが俺たちの相手をする当番のようで、他の騎士が部屋を出て行っても彼だけは残って、俺たちの世話をしてくれようとしている。


「自分でやるから大丈夫ですよ。騎士の方にそこまでやってもらうのは申し訳ないわ」


 立ち上がろうとする高梨さんを手で制して、ロドニーは人懐っこい笑顔を見せた。


「いいんです。警護の仕事をしているより、ここでおふたりと話しているほうがずっと楽しいですから。テーブルを片付けていたやつらも嬉しそうだったでしょ?」


 なるほど。男ばかりの控室に待機したり、廊下で警護のために神経を張り詰めていたりするよりは、かわいい女の子のいる部屋できゃっきゃうふふしているほうが、そりゃ楽しいよな。

 道理でみんな優しいと思ったよ。

 かわいい女の子になると、こんなにやさしくしてもらえるのか。


「騎士の人たち、みんな若いよね?」

「この部隊は若手ばかりなんです。でも応援に来てくれたメンバーの中にはずっと年上もいますよ」

「そうなんだ。私たちが気を使わないように若い人にしたのかなと思って」

「それもありますね。俺なんて王女宮の近衛騎士の中で最年少ですし」

「へー」


 って言っても、みんな同じような年齢だろう?

 ロドニーは二十そこそこって感じか?

 デュランやストークスは二十代半ばってところだよな。

 年齢の話題がお気に召さなかったのか、高梨さんが喋ってくれないから俺が話題を振るしかない。


 再び騎士たちが、今度は夕食の乗ったワゴンを運んできた。

 肉や野菜を煮込んだシチューのような料理と、マッシュポテトに見えるもの。そしてパンが二個、俺と高梨さんの前に並べられた。


「足りなかったら言ってくださいね」

「温かいうちに食べてください」


 料理を運んできた人の中には三十代に見える人もいた。

 娘を見るようなまなざしで、子供に話しかけるみたいな口調だ。


「ありがとうございます」


 こういう時は笑顔でお礼を言うのが一番だよな。

 俺が少女にされて嬉しいことは、彼らも嬉しいはず。

 これだけの美少女なら曖昧な微笑でもかわいく見えるだろう。

 いひひって笑っても可愛いに違いない。


「冷たいものはあまりたくさん飲まないようにね」

「今夜は早めに休んだほうがいいよ。護衛が部屋にいたらなかなか眠れないだろうけどさ」


 襲撃があるかもしれないから、デュランとストークスは寝室の物陰に隠れて待機することになっている。

 徹夜でずっといるのかと思ったら、ストークスは指定した範囲に何かが近づくとわかるスキルを持っているんだそうだ。

 ゲームだったら狩人系のスキル持ちなのかもな。


「鑑定しましたか?」

「したよ。大丈夫」


 もしかしてこの男、俺たちが食事をしている間、ずっとここにいる気なのか?

 もう皿を並び終えたし、そんな嬉しそうに立っていなくていいよ。

 笑うと十代に見えるぞ。


「最年少って言ってたよね。ロドニーさんはいくつなんですか?」

「七十三です」

「…………は?」


 今、この男は何て言った?

 なんかとんでもない数を言わなかったか?

 聞き間違いだよな?


「ごめん。もう一度言って?」

「七十三」


 ジジイじゃねえかよ!

 いや、見た目は若いんだ。大学に入りたてくらいにしか見えないんだ。

 てことは、彼らの寿命っていくつなんだ?

 てっきり俺達と同じ人類なんだとばかり思っていたけど、見た目は同じでも違う人類だったってことか?


「ミヤムラさん? どうしました?」

「え? あ、いや、思ったよりは年上だったかなー」

「そうですか? あの、聞いてもいいのかな。おふたりはいくつなんですか? 未成年ですよね?」


 この世界の未成年っていくつなんだよ。

 七十三は未成年じゃなくて、でも若手で最年少……。


「私は二十六です」


 今まで黙っていた高梨さんが、急に口を開いた。

 年齢を言っちゃっていいんだ、なんて思いながらも、高梨さんの表情が硬い気がして気にしていたら、


「二十六?!」


 ロドニーがとんでもなく大きな声で叫んだ。


「ええええ? そんなに若いんっすか?!」

「どうした」

「ロドニー!」


 ほら、そんなでかい声を出すからデュランとストークスが慌てて部屋に飛び込んできたじゃないか。


「デュラン! 大変だ! タカナシさんはまだ二十六歳だって!」

「え」


 デュランもストークスも、はっとした顔で俺達を見たが、さすがにロドニーのように叫んだりはしなかった。

 ストークスは首だけ扉の外に出して何事か話し、すぐに扉を閉めて自分の体で扉があかないように塞ぎ、


「黙れ、馬鹿者。そんな大声を出したら誰に聞かれるかわからないだろう」


 デュランは小声でロドニーを叱責しながら俺たちの傍まで歩み寄り、彼の頭を押さえつけて下げさせた。


「この男が取り乱して申し訳ありません」

「あ、す、すみません。二十代の子を見るのなんて、三十年ぶりくらいだったからつい」

「大丈夫です。でも、明日王女様と面会するまでは、どの情報が洩れても平気かわからないので注意してください」


 つい先ほど、ふたりだけで話していた時はあんなに明るく笑っていたのに、高梨さんは膝の上で両手を握り合わせ、侍女を相手にした時のような硬い表情をしていた。

 デュランもその表情を意外に感じているようだ。


「本当にすみませんでした」


 ロドニーもさすがにまずいと思ったのだろう。

 姿勢を正し、改めて深々と頭を下げた。


「高梨さん、どうかした?」

「え? なんで?」

「いや、なんでもないならいいんだ」


 出来るだけ穏やかな声で高梨さんに答えてから、デュランに向き直った。


「今日はいろいろなことがあって、しかもこれからまだ襲撃があるかもしれないので、彼女はだいぶ参ってしまっているんだと思います。ゆっくりふたりで食事をさせてもらえますか?」

「そのほうがよさそうですね。警護とはいえ私どもが傍にいると気が休まらないかもしれません。天幕を下げて結界を張ってもらって、今夜だけはどうにか我慢していただければ、明日からは安全な王女宮に移動できますので」


 王女宮は本当に安全なんだろうか。

 行方不明の王太子と第二王子、そして王女の関係はどうなんだろう。

 それぞれに近しい貴族がいて、体調のすぐれない国王のあとを継ぐ王位継承者を誰にするかで揉めていたりはしないのか?

 聖女が功績を残せば、世話をしていた王族の立場も強くなるだろうし、嫌でも俺達も巻き込まれてしまう。


「それでは我々は控室に……」

「あ、デュラン」

「はい?」

「王女様がどんな人か教えてくれないかな。これからお世話になるんだし、明日会うと思うと緊張してしまって。ほら、国王や第二王子とはあまりいい出会いが出来なかったから」


 第二王子は紳士的で、むしろ俺が失礼だったんだけどな。


「そうですね」

「聡明で優秀な方ですよ」


 天井に視線を向け、顎を撫でながらどう答えようか考えていたデュランの横から、扉から離れてテーブルの横まで移動したストークスが答えた。


「男として生まれてきていたら、彼女が間違いなく次期国王になっただろうというのが世間の評判です」

「ストークス」

「聖女様は正しい情報が欲しいんだよ。胡麻化すなら自分からは話せませんと言うべきだ。そうじゃないと俺たちは、彼女たちに信用してもらえない。信用してもらえないと警護なんて出来ないぞ」


 そうか? それが彼らの任務なんだから、警護はちゃんとするだろう。

 その部分さえ信用できれば別に友人になるわけじゃないんで、他は礼儀正しい距離感を持ったほうがいいと思うぞ……なんて言うと話が進まないから、ここは頷いておこう。


「そんな難しい話じゃなくて、王女様は末っ子なのかとか、気が強い人なのかとか」

「あ、その話もまだしていませんでしたか。王女様は長子です。三人姉弟の一番上で御年おんとし百三十二歳になられます」


 わーい。百歳越えの王女様だったぜー。


「その年だとご結婚とかは」

「隣国の王子とご婚約なされていたのですが、陛下の体調が急激に悪くなり、王太子殿下が行方不明になられたために話がなくなってしまったんです」

「あれからもう十五年か」

「そうだな」


 今日一日だけで、何回驚けばいいんだ?

 知恵熱が出そうだ。


 聖女を呼ばなくちゃいけないくらいに病気が蔓延しているのに、前の聖女が行方不明になってから十五年も放置してたのか?

 王太子が行方不明のままで十五年かよ。

 それに女性は即位出来ないのなら、国王が病気だろうが王太子が行方不明だろうが婚約破棄する必要ないじゃないか。第二王子がいるんだぞ。


「それでは今度こそ失礼します」

「あ、ミヤムラさん、あなたの年齢も聞いていいですかね」


 さすがストークス、しっかり聞いてきたか。


「本当にこいつは……。答えなくて大丈夫ですよ。明日王女様にお話ししていただければいいんです」


 それに比べるとデュランはいいやつだな。


「べつにかまわない。三十五歳だよ」

「わかっ! それでそんなしっかりしてるって、どんな世界からきたんですか」

「……あなたはもうすぐ成人する年齢だと思っていました。まだそんなに若かったんですね。いえ、失礼しました」


 年齢を言って、若くて驚かれたことなんて今まであったかな。

 すっかりしゅんとしてしまったロドニーと、まだ何か聞きたそうなストークスを急かして、デュランは部屋を出て行った。

 これでやっと静かに食事にありつける。


『宮村さん』

『うん?』

『ごめんなさい!』


 高梨さんがテーブルに額をぶつけそうな勢いで頭を下げた。


『なんだなんだ? 髪が皿に入っちゃうから、頭をあげて』


 まだ食事は出来ないかもしれない。

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