初日から盛沢山すぎる    1

 王女宮の侍女たちは俺たちの顔を見てまず驚いて、親身になって動き回ってくれた。


「未成年なのに親元を離れて異世界に連れてこられるなんて」

「せめて快適に過ごしていただけるように準備しますね!」

 

 王太子宮の侍女たちが彼女たちと同じように接してくれたら、最初の聖女が今頃はすでに問題解決していたんじゃないか?


「せっかく用意してくれたんだし、少しいただくか」


 淹れ直してくれたお茶に手を伸ばし、テーブルの上を改めて眺める。

 異世界のケーキはどんな味だろう。

 これだけいろんな種類があると、どれがいいか迷うな。


「おいしい」


 もう食べてたんかーい。

 一口食べた高梨さんが口元を手で隠しつつ、驚いた顔で俺のほうを見た。


「これ、すごくおいしいわよ」


 毒が入っていた物があったっていうのに、まったく気にせずに食べ始めたな。

 鑑定で問題なしと出ていたとしてもさ、多少は気にならないものなのかね。

 度胸の据わった子だなあ。


 ちなみに俺は立ったままで、高梨さんはしっかり椅子に座っている。

 なんかさ、腰を落ち着ける気分じゃないんだよ。

 何かあった時に、すぐに動けるようにしておかないと落ち着かないんだ。


「へえ。食事も日本人の味覚に合うものなのか。異世界転生させるのに共通点の多い国の人間を選んだのかもしれないな」


 彼女が食べていたのは何かのパイのようだ。

 俺としては、まずはオーソドックスなものから食べたい。

 食べ慣れた味のほうが、おいしいかどうか判断しやすいだろ。

 ということで、ショートケーキを選んだ。


 いつもより心持ち小さめにフォークでひと口分を取り、ぱくりと口に入れ、そのまま高梨さんを見て何度も頷いた。

 うまい!

 さすが王宮で出されたケーキだ。

 イチゴはしっかり甘く、クリームは濃厚でそれでいて甘すぎず、スポンジはしっとりしている。


「確かにおいしい。お高いケーキの味がする」

「言いたいことはわかるけど、その感想はどうなの?」

「紅茶もおいしい。専門店の味がするよ」


 俺たちのやり取りが聞こえたのか、にこにこしながらふたりの侍女は一礼して部屋を出て行った。

 ようやく静かになった。これで作業ができる。

 さっさとミートパイとサンドイッチを口に頬張り、紅茶で流し込んで、ほうれん草のキッシュを片手に歩きだした。


「もう食べないんですか?」

『部屋のチェックをしてくる。つか、すっかり敬語だね』

『あー、そうでした……だった』


 寝室はすぐに寝られるように整えてくれたようで、ふたり分の着替えがシーツの上に並んでいた。

 かわいい花柄のフリルのついたネグリジェだ。

 まじ勘弁してくれ。

 そんな恰好をするのも嫌だけど、そんな姿の高梨さんと同じベッドで寝るってやばいだろ。


 見なかったことにして奥の部屋に行き、端から戸棚や引き出しを開けていった。

 俺たちの体格がわからないからか、いろんなサイズとデザインのドレスがたくさん用意されている。ハンカチや宝石類まであった。


『なにをしているの? 引き出し開けちゃっていいの?』

『いいだろ。自由に使ってくださいって言ってたぞ』

『それにしたって』

『まずホテルに入ったら、戸棚や引き出しを全部チェックしない?』

『あー、する人いるわ。友達にもいる』


 どこに何があるか確認するのは基本かと思っていた。

 トイレのドアも窓も開けてチェックしないうちは、腰を下ろす気にならないよ。


『あ、これは使えるかも』


 よくいえばレギンスみたいな、たぶん防寒具だ。

 色が黒だったらよかったんだけど、肌色なのが残念。

 スカートだけだと落ち着かないから、下にこういうのを穿いておきたい。

 

『お、焦げ茶色のがある』


 たぶんもっと格好いい色の言い方があるんだろうけど、そんなのよくわからないしどうでもいい。

 服を見て選ぶときに現物の色を見るんであって、色名なんて気にしないよな。

 スカートをまくり上げて無難そうなやつを穿いていたら、一度寝室に行っていたらしい高梨さんが戻ってきた。


『それは……タイツ? ズボン下? おじさんっぽい』

『えええ?! レギンスじゃないのか?』

『美少女は蟹股で立ってはだめ!』


 スカートを下ろせば見えないんだからさ、細かいことは気にすんな。

 つか、蟹股じゃないし。

 レギンスを引っ張り上げるのに、足が開いていただけだし。


『ベッドに置いてあった服を見た?』

『ちらっとは』

『あれだと胸がまっ平らなのがバレバレよ』

『……その問題があった』

『なにか考えないと。私はこっちを探してみる』


 左右に分かれて引き出しをあさってみたけど、ドレス以外に服がないのにびっくりだよ。

 貴族の令嬢は自宅にいるときにも、こんなひらっひらのドレスを着ているのか?

 それ以前に、前開きのシャツが一枚もないぞ。


『どうすんだこれ』


 せめてシンプルなドレスが着たいのに、そうすると体系が目立ってしまう。

 じゃあ胸の大きさがわからない服にしようとすると、もれなくリボンとフリルがついてくる。


『宮村さん、これをつければいいのよ』


 高梨さんが楽しそうな声をしているので振り返ったら、両手でブラジャーを持って笑顔で立っていた。


『……それは……なんの冗談かな?』

『冗談じゃないわよ。胸がなければ作ればいいの』

『いやだーーーー!』

『じゃあどうするのよ。他に方法がないでしょう?』


 なんで俺ばかりこんな目に合わなくちゃいけないんだ。

 俺が何をしたというんだーー!


『早く服を脱いで』

『さっきは赤くなって目を背けていたくせに!』

『下半身を出すのかと思ったからよ。男の上半身なんて夏に海に行けば嫌でも見るでしょう』


 TVでも見るしな。

 水泳の授業でも見るな。


『はあああ』


 深いため息をついて脱力し、白いワンピースを脱いだ。

 ブラジャーと言っても釣り紐はなくて、腹のほうまで布があるごついやつだぞ。

 それは肩を出すドレスの時に着る奴じゃないのか? 普段着はもっと楽なものにしようよ。


『ここに詰め物をすればばっちりよ。あまり大きくすると不自然ね。……ちょっと気の毒な姿ではあるわね』


 鏡に映る俺の姿を見て、高梨さんは口元を手で押さえながら視線をそらした。

 笑うのを堪えているんだろうな。


 ドレス用の腹まであるごついブラにパットを詰めて、焦げ茶色のレギンスを穿いた細マッチョ。でも顔は美少女。

 異様な生物の出来上がりだ。

 見ていると気力がガンガン削れていきそう。


『これを着てみて』


 高梨さんが持ってきたのは、赤味を帯びた明るいグレーのワンピースだった。

 

『シルクだから肌触りもいいし、丈もちょうどいいでしょ?』

 

 これも頭から被るタイプで、胸元にだけいくつかボタンがついている。

 前側だけ丈が短いせいでレギンスもどきが見えるけど、それがむしろいい感じだ。

 デザインもシンプルだし、丈の長いシャツを着ていると思えば精神的にも負担にならない。


『ありがとう。これなら大丈夫だ』

『日本ならブラトップを着れば済むのにね』

『ブラトップ?』

『TVのCMを観たことない? キャミソールにカップがついてるの』

『さすが日本。ぬかりないな』


 キャミソール一枚着れば済むだけなら我慢出来るのに。

 毎日ブラをつけるのはつらい。


『その変な髪形もどうにかしよう』


 高梨さんに引っ張られて鏡の前に向かう。

 俺のほうが少し背が高くてやりづらそうなので、椅子を持ってきて座った。


『髪の量が多いのね。見て。すごく綺麗』


 三つ編みをほどいて髪を下ろしただけなのに、ずいぶんと大人びて見えるようになった。

 ほっそりとした顔の周りにピンク色の波打つ髪が広がっている様子は、絵本の中のお姫様のようにも見える。

 

『このままにしておく?』

『無理。邪魔すぎてイライラしてしまうよ』

『綺麗なのに』

『黒髪サラサラストレートのほうが綺麗だよ』


 艶のある黒髪の人間は広間にはいなかったから、たぶんこの国にはない髪の色なんだろう。

 ピンクの髪なんかより、まっすぐな黒髪のほうがずっといい。


『後ろで緩く三つ編みにするわね。ヘアゴムを持っていたはず』


 髪を丁寧に梳かして三つ編みにしてくれている間、俺はずっと高梨さんを見ていた。

 家族はすでに他界しているし、恋人もいない。

 友人たちと連絡を取らなくても、関係が自然消滅していくだけだろう。


 待っている人が誰もいない日本での生活より、こっちの生活のほうがいいかもしれないなんて、実は少し思っていたりする。

 若返って、見た目もよくなって、高梨さんとこんなふうに一緒にいられる。

 女装しなければいけないのは大問題だけど、あのまま代わり映えのない毎日を繰り返して年を取るよりは、こっちの世界で暮らすほうが楽しいのではないかなんて、甘いことを少しだけ考えてしまっているのも事実だ。

 そんな単純な話じゃないし、高梨さんは日本に帰りたがっているんだから、そううまくはいかないとはわかっているんだけどさ。


 それより今は今夜の襲撃の心配をしなくては。

 本当に襲撃者が来た場合、高梨さんは大丈夫かな。

 いくら結界で守られているとはいっても、異世界に連れてこられた日の夜に命を狙われるってヘビーすぎる。

 

『はい、出来た。私も着替えるから向こうの部屋に行ってて。覗いたら許さないわよ』

『はいはい』


 答えながら、さっき戸棚をチェックしていた時に見つけた靴の並んだ棚を開いた。

 サイズが合って動きやすい靴を適当に選んで履いていたら、横から高梨さんが靴を俺の目の前の床に置いた。


『こっちにしなさいよ。その服にその靴は合わないわよ』

『なんでもいいんだけど』

『そういうところ、女性はしっかりチェックするんだから』


 ここはおとなしく言われたとおりにしておこう。


『せっかくアイテムボックスがあるんだし、両方もらっておこう。髪を縛る紐と上に羽織るものと』

『そんなにもらっていいの? 王女宮でも用意してくれているんじゃない?』

『いつ何が起こるかわからないんだし、備えは必要だよ。高梨さんの地震の備えと同じ』

『でも……』


 お高そうなアクセサリーをもらっていくんじゃないんだし、この部屋の物は自由にしていいって言われたのに真面目だな。


『じゃあ、向こうのテーブルに並べておいて。これをもらうよってデュランに断りを入れるよ』

『それならいいわ』

『よし、そうとなったら役に立ちそうなものをチェックしよう』


 異世界転移一日目にやったのが、女装するための家探しっていうのが少し悲しいな。


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