聖女(♂)と気功師 6
「失礼します。鑑定士を連れてきました。人員も補充してくださるそうなので、しばらくしたらこちらに来るそうです」
開いている扉を軽くノックして、青い髪の男が戻ってきた。
隣には目を引く赤毛の美人が立っている。
すげえな、胸がドーン。ウエストが細くて、お尻があの位置にあるってことは、足はどんだけ長いんだよ。
「王女様専任の鑑定師のクレイトンです」
前はふくらはぎまでの長さで、後ろは床につくすれすれの丈のスカートの上に、ウエストをきゅっと絞った丈の短い上着を合わせている。
彼女のような美人をどこかで見たことがある気がすると思ったら、スペインの旅番組でフラメンコを踊っていた美女に雰囲気が似ているんだった。
「あそこに置かれているポットの……いや、テーブルの上のカップの中身も一緒だな。お茶とタルトの鑑定を頼む」
「わかったわ」
クレイトンはデュランに頷いてからテーブルのカップの中身をのぞき込み、次に俺達の足元に置かれているポットとタルトに視線を向けた。
「彼女たちの周りには結界が張られているんで、あまり近づかないほうがいい」
「このふたりが異世界から来た人? なんて可愛らしい。彼女達は不思議なスキルを使うんだそうですね」
俺と高梨さんを見て、クレイトンは目を細めてほほ笑んだ。
高梨さん以外の人に可愛いと言われたのはこれが初めてだな。
「聞きましたよ。魔導士長の鑑定がはじかれてしまったそうじゃないですか」
王女宮でも話が広まっているのか。
あれだけの人数が広間にいたんだから、もう王宮内のあちらこちらで広まっているんだろう。
毒を盛った人間も、俺達に鑑定スキルがあることを聞いたかもしれないな。
「結果をここで言う? それとも報告書を作成する?」
彼女のレベルは四十だ。
デュランのレベルが三十一でストークスが二十九。
広間にいた兵士よりふたりともレベルが高いのに、それ以上に高レベルってこの美女はなんなんだ?
「そちらの聖女様たちの鑑定結果ときみの鑑定結果があっているかどうか確認したいんだ」
「了解。紅茶には睡眠薬が含まれていて、こちらのタルトには神経毒が含まれているわ。症状が出るのはおそらく二時間から三時間後。手足の痺れと麻痺から始まり、それが全身に広がり死亡する」
「結果が一致したな。侍女達を地下牢に連れていけ。聖女殺害未遂の容疑だ」
「あ、デュランさん! 待って」
俺は片手を前に出しながら立ち上がって言った。
「毒殺を企てたのがアレクシアなら、今頃は私たちが鑑定を使えることを聞いているよな。広間にスケルディング侯爵はいたんだから」
「そうでしょうね」
「毒を盛ったことがばれているって相手はもう知っているんだから、彼女たちを口封じするよね?」
「ですね。今回のことだけではなく、過去の聖女様たちとのこともいろいろと知っているでしょうからね」
驚いたのは侍女たちと高梨さんだけだ。
高梨さんはともかく侍女たちは呑気だな。
王太子が行方不明なのに、彼女だけここに残っているとは思えないから、アレクシアは婚約破棄になって侯爵家に戻っているんだろう?
でもこの侍女たちは、王宮においていかれたんだよな。
大事な侍女なら連れて帰るんじゃないか?
「彼女たちは証人になりますので、きちんと守りますよ」
「さっき案内してくれたのは三人だったよね?」
「そうですね。しかし確保は難しいでしょう。相手側は我々の動向を探っているはずです」
部屋の出入りは筒抜けだと思ったほうがいいのか。
「でさ、どうすると思う? 侍女が勝手にやったってことにして放置?」
「それは、彼女たちが今までの聖女にも同じようなことをしたのかどうかで変わってくると思います」
「そりゃしていただろ?」
「睡眠薬を盛るくらいは慣れているみたいだもんね。今までの聖女にも嫌がらせしたんだろう?」
ストークスが侍女の傍に行き、傍らにしゃがみこんだ。
「口封じされないように守ってほしかったら、ちゃんと答えたほうがいいよ?」
侍女たちにはもう、さっきまでの気取った様子はまったくない。
俺たちの会話を聞いていたんだから、自分たちがこの後どうなるのか理解しているはずだ。
「今までの聖女にも薬を盛ったのかな? 殺そうともしたのかい?」
「……」
「したわよ!」
答えたのは、ストークスに聞かれていたほうではなく、もうひとりのほうの侍女だった。
「ちょっと!」
「答えなかったら拷問されるだけよ。黙っていたってお嬢様は助けてくれないわ。きっと最初から、私たちに罪をかぶせる気だったのよ。だから毒のことは黙っていたのよ!」
震えているのに泣きながら叫びまくっている。半狂乱ってやつだな。
命がかかっているんだからそうなるのはわかるけどさ、いちおう彼女たちも貴族の御令嬢なのにこんなことを命じられて断れないなんて、嫌な世界だな。
「成人していない子供相手だっていうのに、お嬢様が嫉妬して嫌がらせするように命じたのよ。食事もあまり与えなかったし、講師も脅して来させないようにして部屋に放置してたわ。お嬢様は男に襲わせようとしたけど、相手が未成年だから仕事を請け負う男がいなかったの」
「未成年者を襲わせるだと?! それだけでも死刑だぞ!」
え? そうなの?
いや、そもそも聖女は未成年なのか?
俺なんて見た目は若返っているけど、中身はおじさんだよ?
前の聖女だって、中身はおばさんなんじゃないのか?
だからってもちろん襲うのはだめだぞ?
それは当然犯罪だし、許されることではないけども、死刑?
「あの、気になることはたくさんあるんですけど、それは後にして、あのですね」
高梨さん、落ち着こうか。
わたわたしているのも可愛いけど。
「今回、私たちが病気を治せた場合、今までの聖女もちゃんとレベルさえ上げてスキルを覚えたら、病気を治せていたんだってことになりますよね」
「ですね」
「それをしないで嫌がらせしていたって知られたら、アレクシアさんの責任問題になりますよね。この宮殿で働いている人たちの中には証言する人もいるでしょう?」
「いやいや、もうね。聖女様が未成年だってことが周知の事実になった時点で、彼女はおしまいなんですよ」
「ストークスの言う通りよ。高位貴族の御令嬢が未成年者に嫌がらせなんて。しかもその侍女が毒を盛ったのよ。たぶんアレクシアも死刑よ」
ストークスもクレイトンも、さも当然だという話し方だ。
侯爵令嬢が男を雇って未成年の少女を襲わせようとしたって、そりゃやばいよ。日本でもたとえば芸能人がそんなことをしたら、報道されまくる大スキャンダルだよ。
でも死刑はどうなんだ? 命が軽くないか?
この世界ではそういうものだと言われてしまえばそれまでだけど、執行猶予とかさ、禁固何年とかさ、なにもなしに死刑?
今回のことでいったい何人の首が飛ぶんだよ。
「あのさ、さっきから気になっていたんだけど、未成年者の扱いがかなり特別感満載というか」
「そう? この世界ではどの国も同じようなものですよ?」
クレイトンにあっさりと言われてしまった。
なんだろう、この違和感。
「あの……」
「デュラン、応援の部隊が来ました。侍女たちを引き渡しますか?」
扉前で警護についていた騎士のひとりが、部屋に顔だけをのぞかせた。
彼らはずっとこちらに背を向けて、出入り口側の警戒に当たってはいてくれたんだけど、話はちゃんと聞いていたんだろうな。
俺と高梨さんをちらっと見た顔が同情してくれているみたいで、ありがたいような申し訳ないような複雑な気分だ。
侍女たちを連れていくために部屋に入ってきた騎士たちも、俺と高梨さんを見るとぎょっとした顔をするんだよ。
「聖女様! お願いです! 助けて!」
ふたりがかりで引きずられていく侍女が叫んだ。
「ちゃんと証言しますから! このままだと処刑されてしまいます!」
「両親や弟を助けてください! 許して!」
「黙れ。早く歩け」
さんざん嫌がらせして、平民だ異世界人だと馬鹿にしていたくせに、自分の立場が悪くなったら手のひらをコロッと返すんだな。
やだやだ。
「両親と弟?」
「……おそらく家族全員処刑されると思われます」
高梨さんが呟いた声を聞いてデュランが説明してくれた。
待て待て待て。
家が取り潰しになるというならまだわかるけど、家族まで責任を取らされるのか?
「お願いします!」
「たすけ……」
控えの間で急に声が聞こえなくなったのは、気絶させられたのか口に布でも詰め込まれたのか。
うーーん、この世界ではそれが常識なら口を出さないほうがいいんだろうか。
高梨さんが気にしているかもしれないと思って横を見たら、眉を寄せて真剣な表情で考え込んでいる。
彼女は王女に何か言うかもしれないな。
「すみません。警護に戻らなくてはなりません。詳しいお話は明日、王女様としていただいたほうがよろしいかと」
「はい」
急ぐ話ではないのでデュランの申し出に頷いてから、俺はテーブルに並んだアフタムーンティーのセットを指さした。
「食べてていいかな」
「もちろんです。侍女が来ているはずなのでお茶を新しく用意させます」
昼食を食べないうちに召還されたし、異世界のお菓子にも興味がある。
喜んで立ち上がった俺を押しのけるように、高梨さんが慌てて結界ぎりぎりまでデュランに近づいた。
「侍女はいなくて大丈夫です」
「は? いやしかし」
どうしたんだ?
侍女にトラウマが出来ちゃったか?
「私の世界では自分のことは自分でするのが普通なので、入浴も着替えもひとりでやりたいんです」
あああ、そうか。映画で見た王族は着替えも侍女にやらせていたっけ。
ここでもそうなのか?
「そうなんですか? でも魔道具の使い方がわからないのでは? 女性には髪の手入れなどもあると聞きますよ?」
「どうしたんだ?」
やばいやばい。男だとばれる。
ストークスやクレイトンまで不思議そうな様子でこっちに来るな。
「汚れを落とす魔法がありますし、知らない人がそばにいるのは落ち着かないです!」
「え? そんなのもあるの?」
クレイトンは興味津々だ。
見た目と違って気さくな人のようだ。
「そうそう。それにほら」
「ほら?」
真顔で首を傾げているデュランの様子に頭を抱えたくなった。
真摯な態度で真面目な彼をだますのは大変申し訳ない。
「まだ襲撃があるかもしれない」
「……ふむ」
「いやー、さすがに相手もそこまで馬鹿じゃないでしょう。未成年の聖女ふたりが襲撃されたなんてことになったら、たとえアレクシアが命じたことだとしても侯爵家まで大打撃ですよ」
「いや、一番打撃を受けるのって国王じゃないか?」
俺の指摘に、明るい口調で話していたストークスが急に真顔になって考え込んだ。
「……確かに……聖女様がふたりも失踪している王太子宮に、また聖女様を滞在させたのは陛下でしたね」
「本当に襲撃者が来た場合、王宮全体の警備体制が大問題だろ。外から招き入れられるのか? だとしても何日も前から準備しないと無理だよな」
侍女を断りたいから考えて言い出した話だが、これは本当に襲撃があるかもしれないぞ。
「そうだとしても中止するのでは? もちろんそれをあてにはしません。万全な体制で臨みます。しかし、結界スキルがある聖女様に襲撃しますかね」
デュランの考えはもっともだ。
結界は使用している間ずっと魔力を少しずつ消費するスキルで、魔力が続く間は何時間でも維持できる。高梨さんが寝ていても問題ないらしい。
それにレベルが高い高梨さんの場合、自然回復量のほうが魔力消費量を上回っているそうだ。
「デュラン、それは俺たちが聖女様とこうして話す機会があるからできる発想じゃないか?」
「そうよね。おふたりがこんなにしっかりしているって、襲撃する人たちは知らないわよね」
ストークスとクレイトンも襲撃の可能性を疑い始めてくれたな。
広間では突然のことでパニックで、高梨さんとふたりでバタバタして、失言も何回もしていたから、それが子供っぽく見られていたかもしれない。
相手が俺たちを軽く見た場合、いろんな可能性が考えられるはずだ。
「わかった。侍女にはお茶の準備が済み次第、王女宮に戻てもらおう」
「デュラン、ありがとう」
「礼を言われるようなことではないんですが」
そうだった。
襲撃の心配をしたんだからお礼はおかしいな。
落ち着け、俺。
侍女が風呂場に入ってくる想像をして、いろんな意味で焦りすぎだ。
「クレイトン、私たちはこの場を離れることは出来ないから、きみから王女様に報告を頼む」
「わかったわ」
「では我々は失礼します」
今のうちに出来るだけの仕事をしてしまおうと、忙しく動き回っている侍女を残して、デュランたちは部屋を出て行った。
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