聖女(♂)と気功師    5

 広間での様子からして、最初の聖女の時も国王が王太子に世話するように命じたんだろ?

 聖女が、お世話されたいって言いだしたんじゃないんだろ?

 だったら、恨む相手が違うじゃないか。


「てことは、毒殺を命じたのはアレクシアとかいう令嬢か?」

「毒なんて知らないって言っているでしょ!」


 後ろ手に拘束され床に座らされている侍女が、もがいたせいで服も髪も乱れたまま叫んだ。

 最初に結界に突っ込んだほうの侍女だ。


「でも睡眠薬は知っていたんでしょ?」


 侍女が声を裏返して叫んでいた分、高梨さんの落ち着いた静かな声が際立った。

 怒ると冷静になるタイプなのかな。

 横目で表情を伺ったら、口元に笑みを浮かべていた。

 うわーー、彼女を怒らせるのはやめよう。


「眠らせて、それでどうするつもりだったの?」

「……」


 都合が悪くなった途端にだんまりか。


「そこで黙っても罪は軽くならないんじゃないか?」

「罪ですって? ちょっと睡眠薬を入れたぐらいで騒がないでよ!」


 高梨さん相手だと黙り込むのに、俺には反論するのはなんでだよ。

 威圧感が足りないのか?

 性格の良さが滲み出てしまっているのかな。

 いや、高梨さんの性格が悪いなんて思っていないぞ。


「じゃあ、睡眠薬は何のつもりだったんだ? 異世界に来たばかりのあなたに心地よい眠りをってか? んなわけないよな。邪魔者を処分する気だったんだろ?」

「だったら何よ。あんたたちのせいで王太子殿下はいなくなって、お嬢様は婚約破棄のショックで部屋にこもってしまわれたのよ!」

「私たちのせい? 今日、召喚されてきたばかりなのに? あなた、頭大丈夫?」

「「……」」


 熱くなって言い合いをしていた侍女と俺は、冷ややかな高梨さんの声の迫力に押されて黙ってしまった。

 

「異世界から聖女を召喚しないといけないような問題があるのに、自分のことしか考えないのね。たったひとりで、無理やりこんなところに連れてこられて、二度と両親にも会えないかもしれないと悲しんで、不安に押しつぶされそうな女性に嫌がらせしたんでしょ? だったら王太子がいなくなったのは、あなたたちのせいじゃない」


 すみませんでしたって、俺まで謝りたくなるくらいに冷ややかだ。

 近衛騎士たちまで居心地悪そうに、目をそらして俯いている。


「問題? そんなものないわよ。死にたくないからって国王が自分のために呼んだだけよ」


 なんだと?


「いい加減にしろ!」


 おおう、デュランが突然怒鳴ったので、俺も高梨さんもびくってしてしまったじゃないか。

 彼はずかずかと侍女に歩みより、床に座り込んでいた侍女の襟首を掴んで、片手で楽々と持ち上げた。


「病で亡くなった人や苦しんでいる人が、いったいどれだけいると思っているんだ!」

「そ、そんなのただの噂でしょ? 私の周りに病気の人なんていないわよ」

「俺の周りにはいる!」

「……魔族の土地に近い場所に住んでいる人たちでしょ。 あんな辺境の……田舎者なんて」

「殴るのはやめとけ」


 デュランが振り上げた拳をストークスが掴んで止めた。

 それでもしばらくデュランは拳を震わせて侍女を睨んでいたが、やがて捨てるように侍女を放り投げ、腕をだらんと下げた。

 床に落とされた侍女のほうは、膝を打って痛そうな顔をしたが、すぐにふんと横を向き気取った顔で顎をあげた。

 彼女の根性もすごいと思うよ。


「どうせ彼女たちは、もう終わりだ」


 だが、ストークスの言葉は聞き流せなかったらしい。

 憎々しげに振り返り、彼を睨み上げた。


「何を言っているのよ。そもそも睡眠薬だって、そこの異世界人が言っているだけじゃない」

「鑑定は王女様付きの鑑定師に依頼した。きみたちに都合のいい答えは出ないぞ」

「ここは王太子宮よ」

「だから? 今回は今までとは違うって、きみだってもう気付いているんだろう?」


 甘い声で囁きながら侍女の顎を掴み、自分のほうに向かせて、ストークスはにっこりとほほ笑んだ。


「広間には大勢の人がいた。多くの人が、彼女達がスキルを使えることを知っている。それに彼女たちは王子ではなく、相談役に女性をつけてほしいと言ったんだ。今までのような、男に甘えて遊んでいる聖女なんて嘘の話は通用しないんだよ。そうじゃなくてもこの幼さだ。スケルディング侯爵家は立場がだいぶ悪くなるだろうな」


 えーっと、つまりどういうことだ?


「おい、自分たちだけで話を進めるな。デュランさん、説明してくれ。そういえば広間にいた人たちは聖女に会うのが初めてのようだったな」

「はい、私どもも聖女様にお目にかかるのは今回が初めてです」


 え? なんで俺の前にひざまずくんだよ。

 いいよ、立ったままで。

 

「今までは国王陛下と王太子殿下、宰相と魔導士たち、それと神官しか召還に立ち会っておりませんでした。聖女は王太子宮で生活して外に出なかったため、何が起こっているのか知っている者はごく一部の者達だけだったのです」

「それで、この侍女達の話を信じるしかなくて、聖女の悪い噂が広まったのか」

「あの」


 高梨さんが遠慮がちに声をあげた。


「私が女性がいいと言ったから、王女宮の近衛の人達が護衛についたんですよね?」

「はい。王女様は聖女がふたり続けて行方不明になったことに心を痛めておいでですし、王太子殿下を信用なさっておいでです。それで今回は、自分に世話役をさせてほしいと陛下にお願いしていたのですが」

「国王は聖女と王子をくっつけたかったわけだ」

「だと思われます」

「では、皆さんが警護につくと決定したのは、私が女性がいいと言ったあの時?」

「はい」


 は? え?

 ほんの一時間くらい前じゃないか。


「そんな急に決まって警護出来るもんなのかよ! いや、出来ないからこういう問題が起こっているのか」

「面目ありません」

「いやいや、きみの責任じゃない」


 なんつーいい加減な。

 おえらいさんは現場が混乱することなんて考えていないんだな。


「王太子殿下が王宮を去られた際に近衛の半分を連れていかれたので、王太子宮には最低限の人数しか人がいないんです」

「そんなに部下がついていくなら駆け落ちじゃないだろう」

「そうよ。近衛ってみんな、貴族なんでしょ?」

「え? そうなん?」

「はい。近衛は貴族の子息でないと入団出来ません。今は第二王子のアルベール様がこの宮殿に引っ越す準備を始めていらして、近衛の配置替えを行っている最中でした」


 彼らが気の毒になってきたぞ。

 いつもは王女宮で警護をしている彼らには、王太子宮のどこに何があるかわからないんじゃないか?

 あー、それでここに来るとき、侍女に案内させていたのか。


「ただいま王女宮に部屋を用意しておりますので、明日には移動していただけると思います」

「本来、身分の高い人達には専門の鑑定師がいて、テーブルに並べる直前に鑑定するんです」


 なぜか、すっかりリラックスした雰囲気で、ストークスがデュランの隣に並んだ。

 彼はひざまずいたりしないで立ったままだけどな。


「でも今回は鑑定師が間に合わなかったのか」

「いえ、王女宮から連れてくることも出来たのですが……おふたりが鑑定スキルをお持ちだと広間でおっしゃっていたので不要かなと」

「はあ?」

「もしおふたりが鑑定なさらなかったら、テーブルにお座りになるときに鑑定するように勧めるつもりでした」

「そうだったのね」


 って、高梨さんは笑っているけど、納得できるか!

 

「おまえらーー」

「いいじゃない。彼らなりにやれることはやろうとしてくれていたのよ」

「もっと早く、侍女が部屋に入ったときに、注意すればよかったじゃないか」

「いやいや、有罪にできるタイミングを狙いたいじゃないですか」

「ストークス! 申し訳ありません。この男は本当にもう」


 謝ったって無駄だぞ。

 デュランだって黙っていたってことは、ストークスと同じ考えだったってことだからな。

 高梨さんが許しても、俺はそう簡単にはこいつらを許せない。

 あの麻痺毒が皮膚から吸収される毒だったらどうすんだよ。

 高梨さんが触る前に言うべきだった。

 そりゃあ俺は浄化も回復も出来るけど、痛みや苦しさは感じたかもしれないじゃないか。


「あ、そうだ。まだ名乗っていませんでしたね。私は高梨で、彼女は宮村さんです」

「タカナシ様とミヤムラ様ですね」

「それで、先ほどの話からすると、私たちが呼ばれた理由は病を治すためだと考えていいのでしょうか」


 高梨さんは俺の気も知らずに、さっさと話しを進めている。

 そんなに笑顔をサービスする必要はないんじゃないかなあ。

 

「はい。一部の地域で原因不明の病が広がっているんです」

「伝染病ですか?」

「いいえ。一緒に生活していてもかからない人もいるので、伝染病ではないと思われます。……が、なにしろ原因不明で、回復魔法をかけても、すぐにまた体調が悪くなってしまうんです」


 ああ、回復魔法を使える人間は聖女だけじゃないのか。

 じゃあ、聖女を召喚しても意味ないじゃないか。

 ……それで錬金術師を呼んだり、今回は気功師なんて職業を作ったりしたのか?

 女神の苦労が偲ばれるなあ。


「広間にも具合の悪そうな人がいましたね」

「はい、症状の軽い人は聖女に期待して、あの場に集まっていました。陛下も病気の進行が進んでいて、それで焦っておいでのようです」

「ああ、国王の体調が悪いのは病気とは関係ないです」

「え? 高梨さん? 病気の原因がわかるの?」

「はい。それにたぶん私と宮村さんで協力すれば治せます」


 そんなあっさりと爆弾発言を。

 

「ほ、本当ですか?!」

「おい、よかったじゃないか。セシルちゃんを治してもらえるぞ!」

「あ、ああ。それにロドニーの従兄弟もだ」


 ストークスもデュランも他の近衛騎士たちも、目に見えて表情が明るくなった。

 彼らの家族にも病人がいるのか。

 

『タカナシさん、大丈夫? すっかりその気になっちゃってるよ』

『たぶん……。そうじゃなかったら、あのスキルが何のためにあるのかわからないもの』


 自分のスキルを各自で確認する時間しかなかったから、打ち合わせができなかったのが悔やまれる。

 しかしまさか、聖女を召喚した理由が病気を治すためとは思わなかった。

 だったら医療関係者を召喚すればいいのに。


「タカナシさん」

「はい。なんでしょう。ストークスさん」

「なんでしたらリュースとお呼びくださっても」

「いえいえ。遠慮させていただきます」


 にこにこしながら話しているのに、ふたりともなんというか目が笑っていない。

 このふたり、同じ分類に属する性格なのかもしれない。


「国王陛下の体調も回復出来るんですか?」

「出来ますよ」

「おお。では、そんな聖女様たちに薬を盛った侍女の処分ってどうなるんでしょうね?」


 笑顔のまま問いかけられて、ふたりの侍女は今までの強気な態度が嘘のように顔面蒼白になった。

 

「本人は処刑かな? 毒物まで使用しているし、過去の聖女にしたことも問題になるだろうね」

「そ、そんなの嘘よ!」

「おっと、アレクシアお嬢様が助けてくれるなんて思うなよ? 自分たちは全く関係ない。彼女たちが勝手にやったと言うだろうさ。家族も無事では済まないだろうな。でもその前に、今までのことを洗いざらいしゃべってもらわないとね」

「ストークス、いたぶるのはそのくらいにしておけ。どうせ彼女たちは地下牢送りだ」


 立ち上がりながらデュランが言った言葉に、侍女たちはがっくりと床に手をついて項垂れた。

 床についた手が震えている。

 泣いているのかもしれない。


「失礼します。鑑定士を連れてきました。人員も補充してくださるそうなので、しばらくしたらこちらに来るそうです」


 開いている扉を軽くノックして、青い髪の男が戻ってきた。


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