聖女(♂)と気功師    4

 いったいどれくらいそうしていたんだろう。

 背後の扉から聞こえるノックの音に気付き、俺と高梨さんは同時にスキルボードから顔をあげ、椅子と椅子の間から顔を出して扉を注目した。


『今、ノックの音が』

『しましたね』


 ひじ掛けにつかまって体をひねってドアのほうを見ている高梨さんは子供みたいで、思わず口元がにやけそうになるのを堪えていたら、先ほどより強く扉が叩かれた。


「はーい」

「どうぞ」

「失礼します」


 大きな声を出しながら顔をのぞかせたのは、デュランだ。

 ここにいるメンバーの中では隊長格なのかもしれない。


「侍女がお茶の準備をしたいそうです。軽食も用意してあります。お部屋に通してもよろしいでしょうか」


 気さくそうな人当たりのいいイケメンだ。

 女性の受けがよさそう。


「どうします? 私は構いませんけど」


 でも高梨さんは、あまり興味がなさそうだ。

 イケメンはあまり好きではないのかな?


「そうだね。せっかくだし用意してもらおうか。お願いします」

「では」


 デュランとふたりの近衛が室内に入り扉の横に陣取るとすぐ、ふたりの侍女がワゴンを押して部屋に入ってきた。

 さっき、結界にぶつかって吹っ飛んだ侍女と、彼女を助け起こそうとした侍女だ。


 ふたりの騎士は扉の前から動かないようで、狛犬のように左右に立ち、デュランだけがワゴンを押す侍女と並んでソファーセットに近寄った。

 彼も侍女たちを警戒はしているようだ。

 俺ももちろん、警戒を緩める気はない。

 異国の食べ物は怖いし、何か入れられている危険だってある。今こそ鑑定が活躍する時だ。

 

 たぶんこれは、アフタヌーンティーってやつだよな。

 銀色の鳥籠みたいな三段のトレイに、一口サイズのパイやケーキが並べられている。

 別の皿には三角形にカットされたサンドイッチまであるぞ。

 食べ物は日本とそれほど差がないみたいだ。

 ……なんて、感心して眺めている場合じゃない。全部順番に鑑定鑑定鑑定!

 

「うへ」


 って、おい嘘だろう?

 イチゴのタルトに神経毒って反応が。

 それに侍女がカップに注いでいる紅茶には睡眠薬が入っている。

 鑑定はしたけど、本当に薬を入れられているなんて思っていなかったのに、これはもう、いやがらせなんて可愛いもんじゃないぞ。


「なにかありましたか?」


 たぶん俺と同じく鑑定をしたんだろう。高梨さんの顔色が悪いのに気づいて、心配したデュランが声をかけた。

 近衛は敵か? 味方か?

 侍女たちとは対立していたようだが、それだって本当かどうかわかったもんじゃない。

 ここはどうすればいいんだ?


「いえ……。こんなにいろいろあると食べきれないですよ?」

「好きなものだけ食べてください」


 優しく答えるデュランの態度に不満そうに侍女たちが横目で睨んでいる隙に、ティーポットを持っている侍女に近づいた。

 高梨さんをバカにしたように鼻で笑いながら侍女がワゴンにポットを置き、手を離した瞬間を見計らい、俺は全速力で駆け寄り、横からポットをひったくり両手で抱えた。


「何をするの!?」


 よく考えたら、カップの中にだって紅茶ははいっているんだから、こんなに焦らなくてもよかったんだよな。

 でも、自分が毒や睡眠薬を盛られる立場になるのなんて初めてで、冷静に考えられなくなっていた。


「返しなさい!」

「こわ」


 奪い返そうと腕を伸ばしてくる侍女から離れ、部屋の奥に急ぐ。

 ちらっと後ろを見たら、目を吊り上げて叫んでいる。

 何かあるって、その態度だけでもバレバレだよ。


「何をしている」


 俺を追いかけようと侍女が足を踏み出すより早く、デュランが前に回り込み、彼女の道を塞いだ。


「そいつがポットを盗んだのよ!」

「ポットぐらいで何を騒いでいる?」

「高価なものなのよ! 割ったらどうするの! これだから平民は嫌なのよ。高そうだから盗もうとしているのよ」


 うっさいなあ。

 平民平民って、自分たちの価値観を異世界人に無理やり押し付けようとすんなよ。

 

「せこーい。貴族の女性なのに品がなーい」


 両手でポットを抱えて子供っぽく言ってみたら、歯ぎしりしながら睨んできた。

 視線で人が殺せるなら、俺は今死んでいたかも。


「黙りなさい!」

「黙るのはきみだ!」


 デュランの剣幕に、怒り狂っていた侍女がびくっと肩を揺らして怯えた表情になった。

 よっぽど怖い顔をしているのか?

 俺のほうに背を向けているから表情がわからない。


「きみたちのその態度は何だ? この方たちは陛下から最重要人物として警護するように言われている聖女様だぞ。無礼だろう!」

「宮村さん」


 全員がデュランと侍女のやり取りに注目していたので、高梨さんはフリーになっていたようだ。

 いつのまにか近くまで駆け寄ってきた彼女が持っているものを見て、俺は一気に血の気が引いた。


「高梨さん!」


 神経毒のはいったタルトをふたり分、素手で掴んでいる。素手で!

 彼女のほうには侍女たちは反応しないで、ただ怪訝そうな顔で見ている。

 近衛たちも何が起こっているかはわからないようだが、さりげなく二手に分かれて侍女たちの背後に近づいていた。


「これも一緒に鑑定してもらいたいでしょ?」

「神経毒が入っているものを素手で掴んじゃいけません! 皮膚から吸収されるものもあるんだよ?」

「え?」

「結界ははった?」

「はい」

「じゃあ、床に置いてしまおう」


 ふたりして戦利品を床に置いたら、侍女がふたりとも必死な顔でこちらに飛び掛かってこようとして、あっという間に騎士に制圧されていた。


「痛いわよ! 離して!」

「こんなことしてただで済むと思っているの!」


 腕をひねり上げられ、床に上半身を押さえつけられながら喚いている侍女の声を聞いて、控えの間に待機していた騎士まで何事かと顔をのぞかせている。


「あなたたちが私たちの味方なら、そのふたりの侍女をこの部屋から逃がすなよ」


 デュランを睨みながら言い捨て、高梨さんの手を取って浄化と回復の魔法をかけた。

 こわいこわいこわい。冷や汗が出たわ。


「なんともないようでよかった」

「ごめんなさい。触るのも危険だとは思わなかった」

「あの、そのタルトとお茶に何か入っているのですか?」


 デュランの質問に冷ややかな顔を向ける。

 俺たちが鑑定スキルを持っていなかったら、大変なことになっていたんだぞ。


「お茶には睡眠薬。タルトには神経毒が混入されている」


 身長が低くて声が無駄に綺麗な声だからちっとも迫力が出ないのが悔しいが、俺は高梨さんをかばうように一歩前に歩み出た。


「聖女に毒だと」

「こんな子供を殺そうとしたのか?」


 さすがに毒殺まで企てたと知って、近衛騎士たちの侍女に向ける視線が剣呑なものに変わった。

 当然だよな、殺人未遂だ。


「毒なんて知らないわよ!」

「いい加減なことを言わないで!」


 侍女のほうは半狂乱だ。

 睡眠薬のほうは否定しないのが笑えてしまう。


「鑑定スキルを持つ信用できるやつを連れてきてくれ。私たちの証言だけでは、侍女たちはあの通り嘘だと言い張る。きみたちだって、冷静な第三者の意見が必要だろう?」

「それは……たしかに」

「ただし、周りに悟られずにつれてきてくれ。今の段階で騒ぎになるのはまずい」


デュランは腕を組んで足を肩幅に開いて片眼を細めている俺と、心配そうな顔で、でも俺の後ろに隠れている気はないのか隣に並んだ高梨さんの顔を交互に見たのち、大きく息を吐きだし、深々と一礼してから背を向けた。


「ロドニー、騎士団まで戻って鑑定士を連れてきてくれ。できるだけ目立たないように」

「はっ」


 ロドニーと呼ばれた青い髪を短く刈った騎士が、脱兎のごとく部屋を飛び出していった。

 目立たないようにって言われたばかりなのに、全速力で廊下を走るなよ。

 騎士団は脳筋しかいないのか?


「この間に聞きたい。ここの警備はどうなっているんだ? 壁際に並んで立っているだけなら、でかい図体が邪魔になるだけだ。高梨さんの結界のほうが頼りになる。ここには鑑定できる奴はいないのか? 敵意丸出しの侍女が持ってきた食べ物を、何のチェックもなしに部屋に持ち込ませたのか?」

「も、申し訳ありません」

「謝罪は後で聞く」


 全員で、拘束されている侍女たちまで、こいつは何? って顔を向けるのはやめてくれないかね。

 中身おじさんで、これでも部下もいる立場だったんだよ。

 あっちの世界には身分差はないけど、上下関係はそれなりにあるんだ。

 中間管理職を舐めるなよ。


「少し時間がかかります。お座りになってお待ちください」

「……」


 この状況で座るのはどうなんだ?

 すぐに動けるようにしたほうが……。


「結界があるから、座りましょう」

「ああ、そうだった」


 ということで、さっきまで座っていた窓際の椅子の向きを変えて、そこに座って待つことにした。

 でかいから重いだろうなと覚悟して椅子を持ち上げてみて、軽くて驚いた。

 高梨さんもひょいっと持ち上げて、窓側を向いていた椅子を室内に向くように移動させている。


「こんなもんですかね」

「うん」


 床に置いた証拠品を踏まないように椅子を置き、よっこらせっと腰を下ろして顔をあげたら、騎士たちは目を丸くして俺たちを見ていた。

 ふたりの侍女は、今までの聖女と俺たちがあまりにも違うことにようやく気付いたのか真っ青になっている。


「重くないんですか?」


 サラサラの金髪を肩まで伸ばした、甘さのある整った顔をした騎士がにやにやしながら聞いてきた。

 この男は癖がありそうだ。


「レベルが高いので」

「そういえば大理石の床を割っていましたもんね」

「そんなことより状況を説明してほしいと言ったのは無視か? 警備はどうなっているんだ?」


 普段はその笑顔に女性たちがうっとりするのかもしれないが、あいにく俺にはまったくきかない。

 機嫌悪そうな声で言ったら、一瞬驚いた顔をしたのち、金髪イケメンは目を輝かして楽しげな表情になった。

 

「申し訳ありません。言い訳は致しません。私のミスです」


 デュランのほうは、ひたすら真面目だ。

 直立不動で立ち、深々と頭を下げた。


「違うだろ。今回は」

「ストークス。理由はどうあれ私の責任だ」


 潔いのは結構だけどさ、イケメンがふたりで自然に話していても格好いいってムカつくー。

 近衛騎士って女にモテるんだろう?

 ひがみだろうがなんだろうが、顔面偏差値の高い男は嫌いだ。

 

「言い訳を言えと誰が言った。説明する責任を果たせと言っているんだ。何が原因でこの状況になっているんだ? この世界の奴らは、今が何時なのか、ここはどういう場所なのか、担当する近衛や侍女の名前どころか、なんでこの世界に召還したのかすら話さないんだぞ」

「はあ? 時間も?」

「あ……」


 ストークスは呆れた声を出し、デュランは間の抜けた顔で固まった。

 大丈夫か、こいつら。


「馬鹿か、おまえは!」


 ストークスに背中をどつかれて、デュランは前につんのめりそうになりながらどうにか持ちこたえた。


「おまえだって一緒にいただろう。部屋に案内してすぐに扉前の警護をしたじゃないか」

「ああ、そうだった。いやだってさ、未成年の女の子だぞ? 何を話してどう接すればいいか悩むだろう」

「そうなんだよな……」


 なんというか、王城の警護をしているっていう雰囲気じゃないんだよな。

 騎士団なのに上下関係も曖昧みたいだし。


「おーい」

「申し訳ありません」


 慌ててデュランが話し始めた。

 緊張して冷や汗をかいてるよ。

 女の子と話すより、敵と戦っているほうが楽だとか言うタイプか?


「ここは王太子殿下の宮殿で、今は午後の三時を回ったところです。この世界の暦や時間は、日本とほとんど変わらないと聞いております」


 最初に説明するのがそこかよ……と思わないでもないが、そうか。時間や暦が似ているのか。

 言葉も、文法が日本語に似ているんだよなあ。


「宮村さん、この人たちは王女様付きの近衛騎士団の騎士みたい。そして侍女たちは、アレクシア・スケルディング付きの侍女だそうですよ」

「なんだと!」

「あー、なるほど」


 デュランが吠え、ストークスは顎に手をやりながら冷ややかな顔で呟いた。

 いや、それより。


「鑑定でそこまでわかるのか?」

「はい」

「レベル差のせいか?」


 俺が鑑定してもそんな詳しくはわからなかったぞ。


「スケルディングって広間にいたな。確か侯爵だった……」

「俺はリュース・ストークス。アンジェラ王女様付きの近衛騎士です。で、彼がエドモンド・デュラン。この小隊の隊長です」


 ストークスは胸に手を当てて自己紹介したのち、親指でデュランを指しながら説明した。


「そして、そこにいる侍女の主人は、元王太子殿下の元婚約者なんですよ」

「あーーーー」


 聖女と駆け落ちしたことになっている王太子の元婚約者かあ。

 聖女が現れたせいで王太子と破談になって、聖女っつーか異世界人全員許すまじ! てことか?


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