聖女(♂)と気功師    3

 男だとわかっても問題ないのなら、わざわざ手間をかけて女にしか見えない顔にして女装させなくても、元のままの俺で転移させればいいはずだ。

 だが、女神はそうはしなかった。


『それでも男を転移させたかったのは、女性だけでは対処出来ないようなことがあったってことだろうな』

『今までの経験から、今回はふたりにしてレベルも高くして、そして聖女を男性にしたってこと? これでだめだったら次はどうするのかな』

『もっと大人数を転移させるか、もう見捨てるか……。そもそも何が問題で俺たちは召喚されたんだ?』

『そうなんですよ。一番大事な説明がまだなんですよね』


 それに、ひとりめは魔族の男と逃げ出し、ふたりめは王太子が聖女をどこかに連れ出したってことは、この王城内に問題があるってことだろう?

 そりゃなあ、国王の態度があれだもんなあ。

 侍女たちだってひどかった。

 スキルがないと馬鹿にするばかりで、誰もレベルを上げる手伝いをしなかったんじゃないか?

 

『女のふりをするしかないのか……』

『そのほうがいいでしょうね』

『男だとわかったら、どんなことをしても俺たちを引き離そうとしそうだ』

『あーー、その危険もありましたね』


 でも何日も、下手したら何年も? 女のふりなんて出来るものなのか?

 腕も筋肉質で、手足の大きさが高梨さんとは全く違うんだぞ。

 レースで隠れているけど、喉ぼとけだってあるっていうのに。


『そんな心配しなくても平気ですよ。私ですら、いまだに実は女の子なんじゃない? って思っちゃいますもん。その顔は、そのくらい完璧な美少女です』

『ありがたがるべきなんだろうけどさ……』

『ここが中世ヨーロッパのような世界なら、独身の令嬢は婚約者以外の男性に近づくのはまずいとか、手首から先は触れさせてはいけないとか、いろいろと決まりがある可能性もあるかも』

『いや、それは期待しないほうがいい』


 中世風の服を着た男の下着がボクサーパンツだったり、魔法で使用する照明や水洗トイレ、現代とあまり変わらない風呂がある時点で、この世界の文化の発展を俺達の基準で判断するのはまずいだろう。


『まずドレスが違うだろう? 男は燕尾服のように前が短い上着を着て、女性のスカートも前だけ短くて足が見えていた』


 ふくらはぎまで見えていた女性もいたってことは、腕や膝下くらいは見せても問題ない文化なんだろう。

 背中側だけは長くするのが今の流行なのか、民族的にそういうデザインが好まれるのかはわからないけど、文明や文化の発達の仕方が俺たちの世界とは別物だと思ったほうがいい。


『他の部分のデザインだって中世風というよりは、結婚式でお色直しに着るドレスに近くなかったか?』

『そうなんですよ。ここの女性、コルセットをつけていないんです』

『……となると?』

『体に触れられないようにしないと、肩や二の腕に触れられたらばれる危険があります』

『実はアスリートなんです』

『なるほど。いけるかも。というか、たいていのことはその顔で大丈夫だと思う』


 さっきから顔のことを何度も言うなあ。

 そんなにこの顔は女にしか見えないのか? って改めて鏡を見たら、どう見ても女だった。


『うへえ』

『私たちってどういう待遇になるんでしょう。身分の高い人は着替えも入浴も侍女任せだったりしません?』

『無理無理。性別を隠していなくても、赤の他人に触られるのは嫌だぞ』

『照明は普通にあるし、窓ガラスもある。これって工場で作っているんじゃないですよね』

『工場はないだろう。あ、外がどうなっているのか見ていなかった』


 顔を見合わせて立ち上がり、部屋を突っ切って窓まで走った。


『庭しか見えない……』

『噴水があるね。外灯もある』


 動画で観たインドの宮殿の庭に近い気がする。

 シンメトリーに綺麗に区画されて、十字に水路が作られ、中央では大きな噴水が盛大に水を噴き上げている。

 花は区画ごとに色分けされて、花壇と花壇の間にはベンチも配置されていた。


 ドレス姿で侍女を連れて散歩する御令嬢や、急ぎ足で行き来する侍女や文官の姿が見える。

 数人の兵士が固まって談笑しながら歩いているのは、任務が終わって宿舎に戻るところなのかもしれない。


『この庭だけで競技場くらいは作れそうだな』

『銃器を持っている人はいませんね』

『……女の子が銃器って言葉を吐くとは意外だ』

『ふっふっふ。実は私ゲームオタクなんです』


 だろうな。

 スキルボードを知っていたり、ツリー型スキルをどう習得しようかなんて発言が出るんだから。


『シューティング?』

『オープンワールドのファンタジー系のゲームが好きなんです。ネトゲもしますよ。ファンタジーの舞台なのに銃を持つ職業があるのもあるじゃないですか』

『初心者には使いにくい職業だよね』

『遠距離系はパーティー入るの大変なゲームもありますよねー。って、宮村さんもゲームやるんですね』

『どうでもいいけど、すっかり敬語だね』

『あ』


 社会人は敬語が基本スキルなんですよーって笑っている高梨さんを見ていると、会社の部下と話をしているようだ。

 まだこの世界に来たばかりで、ここまでいろいろと話し合える関係になれたのなら御の字じゃないか?


『さっきまでまだ少し現実だって思えなくて、ドッキリだよって看板持った人が現れるんじゃないかなんて、バカみたいなことを思ったりしていたんだけど、こんなに大勢の人が生活しているんですよね。あの人たちにとっては、ここでの暮らしが日常なんだ』


 笑っていたから油断していた。

 高梨さんは急に遠くを見つめて、平坦な声で、言葉をひとつひとつ考えるようにゆっくりと話し始めた。


『宮村さん』

『うん?』

『私たち、元の世界に戻れると思いますか?』


 言葉を交わして、少し親しくなったから弱みを見せてくれたのかもしれない。

 それともただ単に、張り詰めた心の糸が切れそうになっているのかもしれない。

 なんであっても今は、高梨さんを力づける言葉を言いたい……けども、心にもないことやいい加減なことは言えないし言ったら駄目だ。


『俺ね、割と明るく考えているんだよ』

『?』

『ここの人間たちは全くあてにならないけど、女神はいろいろ考えてくれているだろ? ふたりめは錬金術師にしたり、今回は最初からレベルを高くして、マジックバッグまで用意してくれている。過去に問題になったところを改善しているってことはさ、ちゃんと俺たちのことを見ているんじゃないか?』

『じゃあ、私が帰りたいって言っているのも聞いていますよね』

『だと思うよ。きみが広間で言っていた通り、俺たちを召喚した目的が達成されれば、女神だって悪いようにはしないんじゃないかな』


 しないでほしいよ。

 よろしく頼むよ。


『そう……ですよね。元気出さないと。落ち込んでいても何も解決しませんもんね』

『俺たちが問題を解決しようとしている限り、女神は味方になってくれるんじゃないかな。元の世界に戻るためにも、ふたりで協力してやっていこう』

『はい。よろしくお願いします』

『こちらこそ、よろしく』


 手を差し出したら、高梨さんは迷わずに握手をしてくれた。

 俺の手で包み込めてしまいそうな小さい手だ。

 しっかりした女性だし、性格もよさそうで話していて楽しい。

 自分のことは自分で出来る女性だろうけど、でも男としては俺が守らなくてはと思うわけですよ。

 魔族や王太子みたいな大層な立場の人間じゃないけどさ。


 いや、待て。

 俺は聖女だ。

 立場的には負けていないぞ。


『じゃあまず、今のうちにスキルの確認をしとこうか。まだ説明を読めていないんだ』

『私もです』

『そのあとはこの部屋に何があるか確認だな』

『はい』


 ちゃんと椅子に座って、集中してスキル確認をしようという話になり、最初の居間と思われる部屋に移動した。

 座る場所はたくさんあるけど、こんな広い部屋の真ん中にいたら落ち着かない。

 窓際に景色を見られるように置かれている椅子に座ると、高梨さんも隣の椅子に腰を下ろした。


 この世界の人の体格が大きいから家具も大きい。

 背もたれも大きくて頭まで隠れてしまうし、座面も広いので、膝をたてて足を乗せても余裕がある。

 クッションの柔らかさもちょうどいいし、ミシンでもあるのか縫い目が綺麗だ。

 

『いい天気ですね』

『そうだな。今は何時なんだろう』

『さあ?』


 根本的な情報が足りなすぎる。

 近衛騎士にちゃんと確認しとくんだったな。


 それからは、ふたりとももくもくとスキルボードの確認をした。

 スキルの説明文や使い方を読むだけでも結構大変だ。


『あ、これはスキルを覚えるためのボタンじゃないのね。発動するかどうかのボタンだった』

『ボタン? 俺のほうにはそんなものはないよ』

『そうなんですか。たとえば結界は魔力がなくなるまで状況を維持できて、途中で中止する場合はボタンを押すか、慣れれば消したいと思うだけで消せるようになるみたいです。組み合わせて使うスキルもあるから覚えるのが大変そう』


 気功師と聖女の違いなんだろうか。

 俺のほうは、ゲームで使ったことがあるようなスキルしかない。

 回復や浄化はもちろん、光魔法の使い手ということでライトニング系列の攻撃魔法も持っていた。


 攻撃する必要があったりするんだろうか。

 聖女として魔物と戦ったり?

 魔族のお偉いさんって魔王だったりするのか?

 だったら魔王を倒せなんて話になったり?


 でもそれだと、最初の聖女はどうなるんだ?

 魔族の国に行っているんだろ?

 そういうヘビーな話はやめてくれ。マジで。

 正直、あんな偏屈な国王や赤の他人の子の世界の人間たちなんてどうでもいいんだよ。

 面倒なことに巻き込まないでほしいんだ。


 たださ……。

 ちらっと隣を見たら、高梨さんは真剣な顔でスキルボードを睨んでいた。

 中身は二十六歳。見た目はJK。

 学級委員タイプの頭のよさそうな美人で、実はゲームオタク。

 うん。かわいい。


 他のことはどうでもいいけども、彼女だけは元の世界に戻してあげたいんだよな。

 待っている家族がいるんだし。


 当面は、それが俺のこの世界で生きる目的だな。

 聖女?

 女のふりをすればいいんだろう?

 そんなの簡単……いや、やっぱ無理かもしれない。


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