聖女(♂)と気功師 1
ざわつく広間を後にして、騎士に囲まれて廊下を進む。
騎士が荷物を持つと言ってくれたけど、高梨さんは鞄を手放さなかった。
気持ちはわかる。
王城だけあって天井が高いし廊下も広いし、ともかく豪勢だ。
大きな窓から差し込む日差しを受けて、何もかもが輝いて見える。
きょろきょろと周りを見回しながら歩いていたら、廊下の向こうに制服を着た女性達が立っているのに気付いた。
三人とも髪をきっちりとまとめて、足首まであるスカート姿だ。
『メイドだ』
『侍女でしょ』
『違うのか?』
高梨さんは肩を竦めただけで答えてはくれなかったし、俺も特にメイドへのこだわりはない。
それより、彼女達の背の高さが気になった。
元の世界でも西洋人は背が高かったけど、この国の人達の身長の高さはそれよりも上だ。
女性でも身長が百八十近くはありそうで、全員スタイルがいい。
手足が長くて顔が小さくて、金髪や赤髪の美人揃い。
騎士達のほうも、もちろん容姿の平均値が高い。
身長だって高くて理想的な体系をしている。おまえ達実は二次元の住人だろうと言いたくなるほどだ。
それで余計にこの状況に現実感がなく、俺と高梨さんだけが異質だった。
「お部屋に案内します」
赤髪のきりっとした美人が、国王にデュランと呼ばれていた近衛騎士に声をかけた。
「お願いします」
騎士とこの女性は身分的には互角っぽい。
特にどちらかが偉そうにするわけでもなく、お互いに敬語で話している。
そして仕事中は私語厳禁なのか、にこりともせず前だけを見て歩き出した。
日本と違って外国は、店員が愛想ないって話を聞いたことがある。
客だからって笑顔なんて見せないし、商品を投げ渡すこともあるって。
日本は丁寧すぎるのかもしれないけど、ここまで冷淡な空気を醸し出さなくてもよくないか?
咳払いするのもまずそうな雰囲気の中、足音だけが響くこの状況はきついぞ。
「こちらです」
五分くらいは歩いたかな。
建物の中で五分歩いてもまだ通路が続いているって、巨大ショッピングセンターぐらいの広さがあるってことだよな。
ようやくたどり着いたのは、同じような扉がずらりと廊下に並んでいる高級ホテルのようなエリアだった。
ただ扉と扉の間の間隔が長い。
ホテルのロイヤルスイートが並ぶ廊下ってこんな感じなのではなかろうか。
俺には無関係なんで知らんけどな。
「どうぞ」
侍女のひとりが扉を開け騎士が横にどいたので、俺が前を歩き、後ろに高梨さんが続いて部屋に向かおうとしたところで、いつの間にか赤髪の侍女がすぐ傍に近付いてきていて、次の瞬間には勢いよく吹っ飛んでいった。
「きゃあ」
「え?」
「何?!」
前を向いていた俺には何が起こったのかわからなくて、慌てて振り返って高梨さんの無事を確かめた。
彼女は冷静な顔で廊下に倒れ込んだ侍女を見下ろしていた。
「ひどい。その子が突き飛ばしたのよ!」
腰と肘を床に打ち付けたようで、涙目になりながら赤髪の侍女が叫んだ。
「なんてことをするのよ!」
うええ、美人が怒るとこわいぞ。
赤髪の女も、彼女を起こしながら睨みつけてくる侍女達も、目を吊り上げて睨んでくる。
「その子って私?」
気が強そうだとは思っていたけど、睨まれた高梨さんの落ち着き払った態度もこわい。
口端をあげて馬鹿にしたような顔をしている。
「そうよ、あなたよ! 私を突き飛ばしたでしょ!」
「そりゃ無理だろ。体格差を考えなよ」
あれ? 意外だ。
騎士たちが高梨さんの味方をしてくれた。
「そうだよ。こんな小さくて細い女の子が、今の勢いできみを吹っ飛ばすには、体勢を低くして身体全体で押すか両手を使わなくては無理だ。でも彼女は前を向いて立っていただけだったよ」
俺よりレベルの高い高梨さんなら片手で吹っ飛ばせそうだけど、立っていただけなら無理だな。
無理だよな?
「さすがにその言いがかりには無理がある」
「なんですって!」
騎士VS侍女?
私語厳禁じゃなくて、仲が悪かっただけ?
「あ、そうか。結界か」
ふと思いついて、俺は拳を手で叩きながら言った。
「彼女達は広間にいなかったんですね。それで知らなくて、結界を張っているのに無理に近付こうとしたんじゃないですか?」
同意を求めて騎士に笑顔を向けたら、侍女達に向けたのとは別人のような優しい表情がかえってきた。
「あー、さっきの結界スキルですか。離れた場所で見てましたよ」
「あれにぶつかると吹っ飛ばされるんですか?」
「与えられたダメージを反射するんです。そうだよね、高梨さん」
「そうなんです。怖くて結界を張ったままにしていました」
高梨さんって、申し訳なさそうな顔をするときついまなざしが和らいで、急に幼く見えるんだよな。
背が小さくてほっそりしている彼女と、背が高くてきつい顔で睨んでくる侍女達と、騎士がどちらに味方したくなるかなんて誰が見てもわかる。
「広間であんな目に合ったら、身を守りたくなるのもわかりますよ」
「結界ですって?」
こちら側はほのぼのとした雰囲気になっているのも、侍女達には気に入らないんだろう。
怒りにわなわなと震えている。
「私のスキルです」
答える高梨さんの前に騎士が歩み出て、侍女から守ろうとしてくれた。
侍女達の俺や高梨さんに向ける敵意はちょっと異常じゃないか?
特に俺は何もしていないのに、なんで睨まれているんだろう。
「聖女がスキルを持っているわけないでしょ! 役立たずなくせに」
「スキルがなかったと知っているってことは、今までの聖女もあなた達が担当したんですか」
高梨さんの顔つきが変わった。
俺の表情もたぶんきつくなっていると思う。
「だったら何よ」
「私と宮村さんのレベルが最初から高いのは、あなた達のように嫌がらせしてくる人から身を守るためだったのかなと思っただけですよ」
「誰が嫌がらせしたのよ! その部屋はそっちの子の使う部屋で、あなたの部屋は隣なの。私はその部屋の担当だから、彼女と一緒に部屋に入ろうとしただけよ」
「さっきも言った通りこの結界は、攻撃されたらそれをそのままの強さで跳ね返す仕様です。あなたがそれだけの勢いで吹っ飛ばされたということは、随分と乱暴に私達の間に割り込もうとしたんですよね。なぜ、そんなことをしたんです?」
「……お客様ひとりひとりにお部屋を用意するのは当然でしょ」
そのお客様に対してタメ口ってどうなんだ?
「だったら最初に説明するべきでしょうが。王城の侍女がこんな態度だなんてびっくりだよ」
だったら俺も敬語を使う必要なんてないよなあ
「つまり、私達をバラバラにしようとしたってことだよな。悪いが断る。きみ達の態度を見たら、こわくてひとりになんかなれない」
「私も宮村さんと同じ部屋がいい。別々にされたら二度と会わせてもらえないかもしれないじゃない」
高梨さんが俺の腕を両手で抱き込んで身を寄せてきた。
胸が……当たっているんですが、いいんですかね。
「これだから育ちの悪い子は嫌よ。どうせ平民なんでしょ」
仲間の助けを借りて立ち上がった侍女が言った。
そういえば王宮で働く侍女は、貴族の子女や夫人だと聞いたことがある。
王族に平民を近付けるわけがないもんな。
「私の世界には身分制度はないの。あなたこそ貴族の御令嬢なのに力で解決しようなんて下品ね」
「なんですって!」
「高梨さん、わざと怒らせないで」
「だって悔しいじゃない。私達はいたくてここにいるんじゃないのよ? 無理矢理召喚されて、自分の家にもう戻れないって言われて、家族にも会えないのに、なんでこんな態度を取られなくちゃいけないの?」
話すうちに感情が高ぶったのか、涙声になった高梨さんは手で顔を覆って俯いた。
これが演技なら本当に女はこわいけど、もしかしたらそろそろ精神的に限界がきているのかもしれない。
さっきの国王とのやり取りだけでも、かなり神経がすり減っているはずだ。
「そうだね。ほんの何時間か前まで自分の部屋にいたのにね。あ、どうしよう。窓を開けっぱなしだ」
言っているうちに、俺まで悲しくなってきたぞ。
俺にとっては大事な自分のテリトリーだった場所だ。
あの部屋に二度と帰れないのかもしれないのか。
思わずしゅんとして俯いたら、
「あああ、大丈夫ですか?」
「侍女達には私共の方から厳重注意しておきます。おふたりはお部屋にどうぞ」
「そうですよ。お疲れでしょう」
デュランや騎士達が大慌てし始めた。
「さあ、お部屋にどうぞ。ゆっくりお休みください」
「ありがとうございます」
なんていい人達だ。
まだ文句を言い続けている侍女達から、騎士達が壁になって守ってくれた。
だが、とても丁寧に接してくれるのはありがたいけど、俺に対しても姫扱いなのが気になる。
いくらなんでもおかしいよな。
このワンピースもピンクの髪も、騎士や高梨さんの態度も……あれ? この騎士達部屋の中まで入って来るぞ。
「ここは控えの間です。お付きの侍女や警護の者が詰める部屋なんですよ。おふたりはこちらへどうぞ」
すげえ。廊下を開けてすぐに部屋があるんじゃないのか。
控えの間といっても、壁際に机と椅子が何脚がある以外、ロビーのようながらんとした部屋だ。
こんなところに何時間も待機するのか?
右手にも扉があるから、あそこで休めるんだと思いたい。
「我々が廊下の扉の前で警護しますし、ここにも交代で待機しますので、何かありましたら声をかけてください」
侍女が待機するんじゃなくて、全部近衛の騎士達がやるのか?
どうなってるんだろう。
でも、今はそれよりも隔離された安全な空間で、いろいろと確認しなくては。
「はああ」
バタンと分厚い扉を閉めて、ようやくふたりだけになった途端、高梨さんは扉に寄りかかったままずるずるとその場に座り込んだ。
『疲れた』
『高梨さんは冷静ですごいですね。おかげで助かりました』
『とんでもない。夢だと勘違いしてご迷惑をおかけしました。すみません』
『いや、私こそ。国王相手にひどい態度を取って、下手したら殺されていたかも。すみません』
俺も慌てて座り込み、手をついて頭を下げた。
つまり土下座だ。
『いえ、態度が悪かったのは私も同罪です。落ち着いていたつもりだったのに、全く頭が回っていませんでした』
高梨さんも同じように頭を下げてくれたので、扉のすぐ前でふたりで土下座大会だ。
何度も頭を下げ合ううちにおかしくなって笑ってしまった。
『こういうところ、やっぱり日本人なんですね』
『本当に。宮村さんは、見た目はこちらの人と変わらないのに、中身は……』
『見た目! そうだ、鏡!』
ともかくまず、自分の姿を確認したい。
急いで立ち上がり室内を見回す。
かなり広い部屋だ。
扉前に立つと正面が庭に面しているようで、一面が窓になっている。
床はヘリンボーンで、腰高までの壁が木目。そこから上は深い緑色の蔦のような模様の描かれた壁になっていて、左側には立派な暖炉があった。
さすが王宮。金がかかっている。
内装も置かれている家具もお高そうだ。
この部屋には鏡がないようなので、右手の扉を開けて隣の部屋を覗く。
こちらは寝室だ。
『げ』
部屋の中央に天蓋付きのキングサイズのベッドがどっかりと置かれていた。
『うわあ、こういうベッド、写真以外で初めて見た』
そんな明るい声で言っている場合じゃないよ。
ベッドがひとつしかないんだよ?
いや、その反応で確信したぞ。
早く鏡を捜さないと。
寝室の奥にも扉があるのを見つけて駆け寄る。
小さい鏡はちゃんと探せばあったかもしれないが、出来れば全身が映る姿見が欲しい。
『あった!』
扉の先は衣装室? 着替え室?
呼び方はよくわからないけど、収納だらけの室内の一部の壁に大きな鏡がはまっていた。
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