異世界転移と出会い   4

 ふと、周囲が静かなことに気付いて周りを見回すと、国王も魔道士も聖職者も、周囲にいる人達全員が息を潜めるようにして、高梨さんの話を聞いていた。

 それだけレベル五十より上の人間がいるというのは脅威なんだろう。

 しつこいようだがもう一度言いたい。

 すげえな、このJK。


「陛下、よろしいでしょうか」

「……」


 最初から俺達を庇ってくれていた銀色の髪の男が話し始めた。


「私の意見を聞いていただきたい。聞いていただけないのであれば、宰相の任を辞させていただきます」


 宰相?! まだ二十代にしか見えないのに?

 ……と、驚いている場合じゃない。さっき彼も鑑定したはずだ。

 かったっぱしからざーっと鑑定したもんだから、誰がどうだったかわからなくなってしまった。


「……聞こう」

「聖女召喚は魔道士殿のみの力にあらず。女神様がこの世界を憂い、力を貸してくださっているのではないでしょうか」

「当たり前ではないですか。女神リディアーヌ様は……」

「黙れ」


 意気揚々と前に進み出た神官は、国王に睨まれてすごすごと元の位置に戻った。


「過去の聖女達は自分の使命を全う出来なかった。ですから今回は聖女を守るためにふたりに役目を分け、最初からレベルが高く、スキルボードも異世界の言葉で用意されたとは考えられませんか」

「聖女を守るだと!」


 ガンっと国王は拳で肘掛けを殴りつけた。


「ひとり目は魔族と逃亡した裏切り者で、ふたり目は聖女ですらない錬金術師。そのくせ我が息子をたぶらかし、王太子の座を捨てさせた女だぞ!」

「なぜそういう行動に出たのかを」

「黙れ!」

「国王陛下!」


 国王のいる側の結界ギリギリまで歩み寄り、大きな声を出しながら右手を高くあげた。

 さっき大理石割りを見せたせいか、国王も宰相もぎょっとして俺に注目した。


「お……私も出来れば今すぐ高梨さんを連れて逃亡したいです。だってそうでしょう? 異世界から突然召喚されて、何も知らない状態で敵意を向けられて、それであなた達と上手くやっていけると思いますか? 私達はふたりだからまだいい。でも今までも聖女はひとりだったんですよね。国王陛下がその態度では、他の人達も聖女を大切にするわけないじゃないですか。相手が魔族でも助けてくれるなら恩人ですよ」

「魔族が恩人?! 魔族だぞ!」

「魔族ってなんですか? 私達の世界に魔族なんていないので知らないです」

「なん……だと……」


 いや、そこで驚くってどうよ。

 既にふたりの聖女がこの世界に来ているんだろ?

 そんな基本的な会話もしていなかったのかよ。


「で、王太子ですけど、本当に国を捨てたんですか? そんないい加減な人だったんです?」

「殿下はとても優秀な方だ」


 すかさず宰相が言うと、


「兄上は勇猛果敢で聡明で、包容力もある尊敬出来る人です」


 イケメンも横から結界を叩きながら言い出した。

 よっぽど兄が好きなんだろう。


「そんな人が国を捨てますか? 二度目の聖女が錬金術師だったのは、前の聖女が王宮にいられなかったので、女神が違うアプローチの仕方を考えたのかもしれないですよ。たとえば……道具や薬を作るとか」


 高梨さんが正解に近そうな意見を言ってくれたので、俺もその意見に飛びついた。


「薬を作るための材料を捜しに行ったのかもしれない!」

「だったら、余に相談すればよかろう! 余所者が我が息子のことに口を挟むな!」


 この野郎。

 その余所者を勝手に召喚しやがったのはお前だろうが。

 こちとら聖女だぞ。

 女神に特別扱いされているチートだぞ。


「畏れながら国王陛下、私も王太子殿下が女性と国を捨てるなど考えられません。秘かに国のために行動されているのではないでしょうか」


 茶髪の男性が発言すると、そこかしこで同意の声が聞こえた。

 王太子はずいぶんと人望のあるやつみたいだな。

 その自慢の息子が女と逃げて、国王は意固地になってしまったとか?


「確かに。聖女達に何があったのか内部調査をする必要があるかもしれませんな」


 銀髪の宰相が発言しながらちらっと視線を向けた先には、金色の髪を後ろでひとつに結わいた派手な服装の男が、苦虫を噛み潰したような顔で立っていた。

 スキルボードに書かれていた名前はベネディクト・スケルディング。職業侯爵。

 さっきから庇ってくれている茶髪の男がエドガー・ナイセル。彼も侯爵。

 きな臭くなってまいりました!

 

「国王陛下!」


 高梨さんが手を挙げながら国王に声をかけた。

 もう国王も怒る気をなくしたのかうんざりした顔になっている。


「この国には聖女を召喚しなくてはいけない問題があるんですよね?」


 自分の結界に自分でぶつかって、反動で後ろにびよーんと飛ばされた高梨さんを慌てて支えた。

 その間も彼女は国王をじっと見つめたままだ。


「その問題、私達が解決します! いえ、解決させてください!」

「……え?」

「なんですか、その気のない声は!」


 思わず呟いた声を聞き咎めた高梨さんは、くるっと俺の方を向いて痛いくらいの力で俺の腕を掴んだ。

 俺よりレベル高いので、高梨さんもかなり腕力がアップされている。


「女神が私達をこの世界に召喚したのは、そうしなくてはいけない理由があるからでしょう? その問題を解決したら、元の世界に帰してくれるかもしれないじゃない!」

「そりゃあまあ」

「国王陛下、先程までの失礼な態度、申し訳ありませんでした!」


 もう彼女の勢いは誰にも留められない。

 突然、日本風にきっちり九十度になるように頭を下げた高梨さんを見て、俺、びっくり。

 国王もびっくり。


「突然見知らぬ世界に来て、帰れないと聞いて、衝撃が大きすぎてまともに考えられなくなっていました。それに私達のいた国には身分差がなく、私は一般市民なので国を治める人に会ったことがありません。こちらの世界の礼儀も知りませんので、失礼な態度をお許しください」


 そ、そうだよな。俺なんて怒鳴りつけてしまったもんな。

 あれはさすがに一国の君主相手にしていい態度じゃないよな。


「申し訳ありません。態度の悪さは私の方がひどかったです。床まで破壊してしまってすみませんでした」


 俺も頭を下げたら、隣に並んだ高梨さんが手を伸ばし、俺の手を掴んできた。

 え? ええっ?

 俺は今、可愛いJKと手を繋いでいるのか?

 いや落ち着け。

 俺は彼女にとっては父親みたいな年齢なんだ。


「……ならば余の問いに答えろ。どちらが聖女なのだ」

「わかりません」


 だから今度は俺が、国王に答えた。

 年長者としては、しっかりと彼女を守らないとな。


「何?!」

「ステータスは見られるのですが、日本の言葉で書かれていて、でもその言葉が所々意味不明なんです。お願いします。彼女とスキルを確認してから返事をさせてください。聖女は回復魔法や光魔法が使えるというイメージなのですが、それであっていますか?」

「概ねそれであっている」


 意外なことに、国王も不服そうではあるけどちゃんと会話をしてくれている。

 王太子が裏切ったのではないかもしれないという話がよかったのか、今までの聖女に対する見方が変わったのか、どちらにしても最悪な展開は免れたらしい。


 そうなると、国王相手の自分の態度が申し訳なくなってくる。

 鑑定したところだいぶ大変な状況で、国王も追い込まれているんだよな。

 こんな子供ふたりに無視されたら立場がないし、動揺していたとはいえ、俺達の対応がまずかった。それは反省しなくては。


「国王陛下。自分達の持っているステータスを確認し、頭を冷やし、落ち着いて物事を判断出来るようになる時間をいただけませんか? 改めてお目通りさせていただきたいです」

「お願いします」


 俺が深々と頭を下げると、宮村さんも隣で頭を下げてくれた。


「もういい。余も体調がすぐれぬゆえ、感情的になっておった。レベルの高いそなた達が問題解決のために尽力してくれるというのであればそれでよい。聖女のために部屋を用意してある。そこに案内しよう」

「ありがとうございます!」

「細かいことは息子のアルベールに聞くがよい」


 金髪のイケメンが結界ギリギリまで近づいて、片手を胸に当てて一礼した。

 うわあ。やっぱりこいつなのかあ。

 高梨さんからしたらどうなんだろう。

 若い男じゃ相談出来ないこともあるよな。

 それともイケメンだから嬉しいのか?


「あの! 国王陛下!」


 俺の疑問に答えるように、高梨さんが背伸びしながら思いっきり右手を上にあげた。

 もうこれが俺達のお約束みたいになってしまっていて、国王も周りの人達もそういうものだと思っているみたいだ。


「まだ何かあるのか」

「出来れば女性の方をお願いしたいと思います。女同士でないと相談出来ないこともいろいろあるんです。わがままを言ってすみませんがよろしくお願いします!」


 よかった。

 高梨さんはこのイケメンをなんとも思っていなかった。


「父上。知らない世界に突然きてしまって、ただでさえまいってしまっている彼女達は、よく知らない男が傍にいては心が休まらないのでしょう。私はふたりが落ち着いたら話をさせていただきます」


 意外。息子も言いなりというわけではないんだな。


「わかった。もう行くがいい」


 国王はぐったりと背凭れに寄りかかり、ひらひらと手を振って追い払う仕草をした。


「警護と侍女は用意してある」


 話しかけてきたのは銀髪の宰相だ。

 どうも違和感があると思ったら、国王以外、四十以上の人がいないんだ。

 まさか年を取ったらインスマスになるなんてことはないよな。


「デュラン、彼女達を頼む」

「はっ」


 彼に呼ばれて、茶色の髪の若い男性が歩み出た。

 この広間にいた兵士達は鎧をつけていたけど、彼らはゲームに登場する騎士のようなお洒落な制服を着ていた。

 職業は、近衛騎士団所属?!

 近衛って王族を警護する騎士じゃなかったか?


「ついてきてください」


 頷いて歩き出そうとしたら、高梨さんが腕を組んで身を寄せてきた。


『結界を小さくしたので、私から離れないで』

『は、はい』


 非常時で、身の安全第一だからだとわかっていても、十代の女の子に腕を組まれたり手を繋がれたり、役得すぎて申し訳ないな。

 いい匂いするし、可愛いし。


「こちらです」


 いちおう部屋にいたその他大勢の人達に会釈して歩き出す。

 高梨さんも鞄を拾い上げて肩にかけ、俺の隣りに並ぶと、デュランと呼ばれた男性と同じ制服を着た若い男性がふたり、背後に並んでついてきた。

 警護してくれているのか、逃げないように見張っているのか、微妙なところだ。


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