異世界転移と出会い 3
このまま貴族を味方につけられれば、身の安全を確保できるかもしれない。
銀髪の男や魔道士は立ち位置からして、重要な地位に就いているんだろう。
立場のある彼らよりは、周囲にいる人達と話したほうがよさそうだ。
急いで立ち上がり、俺達を庇う発言をしてくれた茶髪の人と国王の両方が視界に入る位置に移動した。
「確かに私達の態度も失礼だったと思います」
あれ? 今まで気付かなかったけど、俺の声、おかしくないか?
こんなに高い声だったかな。
こちらの言葉で話すと高くなるのかな?
「突然知らない場所に来て、皆さんの服装やこの部屋の様子も私達の国とは全く違うので動揺してしまって、同じ日本から来た彼女と励まし合っていたんです。それで話しかけられていたのに気付いていなかったようです」
緊張で声が震えている。
言葉を理解出来ても、話すとなると発音や言い回しが正しいかどうか自信がない。
ちらっと国王に視線を向けたら、今にも殴り掛かってきそうな表情をしていた。
先程、高梨さんを見ていた表情と比べると、明らかに俺に対しての眼差しの方が険しい。憎しみに満ちた表情だ。
だがそれは仕方ない。
可愛い少女とおっさんとでは、誰しも態度が違うものだ。
ふと床に座ったままの高梨さんに視線を向けたら、驚いた顔で俺を見上げていた。
突然立ち上がって話し始めたので驚いたのだろう。
『マスク、マスク外して』
最近マスクをした人を見慣れてしまっていて違和感がなかったが、この場でマスクをしたままなのはあまり印象がよくないだろう。
「え? あ……」
高梨さんもマスクをしたままだということを忘れていたらしい。
急いでマスクを外した顔は、思っていた以上に可愛かった。
鼻がちまっと小さいために、きつく見えがちなくっきり二重の印象を和らげている。
ちょっと恥ずかしそうに眉毛が下がった表情で、床にぺたんと座ったまま見上げてくる高梨さんは、最初の印象より幼く見えた。
「まあ、思っていた以上に幼いわ」
「やっぱりあの子、まだ成人していないんじゃない?」
「あんな幼い子が聖女なのか」
俺の言葉より、高梨さんの素顔のほうがインパクトがあったか。
かわいいし、まだ少しあどけなさも残っていて、守ってあげたくなる感じだもんな。
「陛下、これはどういうことですか? 彼女たちは未成年じゃないですか!」
「先程からの彼女達への対応が厳しすぎます。状況の説明をお願いしたい」
「同感です。このようなことを今までも行っていたのですか? 彼女達は何もわかっていないようですが?」
すっかり、この場の貴族のほとんどが俺たちの味方になっている。
国王に向ける表情には、怒りや疑惑、他人によっては侮蔑まで込められていた。
国王の方もこれだけの大人数が俺達の味方になったためにまずいと感じたのか、口の中で何か呻きながら玉座に腰を下ろした。
俺の位置からは、玉座の座面と背凭れに何枚もクッションが置かれているのが見える。
煌びやかでも座り心地の悪い椅子なのか、体調が悪いのか。
聖女召喚を何度も繰り返すなどという無茶なことをするのも、その辺りが原因のひとつになっているのかもしれない。
「もういい。これ以上ここで話しても無駄なようだ。そのふたりを捕らえ塔に軟禁せよ」
「陛下!」
「なんてことを!!」
反対する貴族が何人いようが、捕まえる相手が弱々しく見える少女だろうが、命じられれば騎士は従うしかない。
重い足取りでこちらに近付いてきた騎士は、不意に足を止めて首を傾げ、なぜかパントマイムのような手つきで目の前の空間を撫でる仕草を始めた。
「何をしている」
「ここに、見えない壁があります」
「何をわけのわからないことを言っておるのだ!」
「それ、私のスキルです」
床に座ったまま、高梨さんが片手をあげた。
「スキルだと?! ふざけたことを言うな! この世界に来たばかりでなぜスキルがある!」
「そう言われましても」
国王に怒鳴られても、高梨さんは全く動じていない。
立ち上がって両手で服のほこりを払い、俺の隣に並んだ。
ざわざわとした雑談の声の大きさで、周囲の驚き具合がよくわかる。
国王も肘掛けを握り締めて絶句していた。
内側からも触れるんだろうかと手を伸ばしたら、指先が何かに触れた。
ガラスに触れているような感触で、僅かに弾力がある。
コンコンと叩いてみたら、先程壁に気付いた騎士も真似をして叩いてみて首を傾げていた。
「この壁を壊すのは、ここにいる人では無理だと思います」
国王にまっすぐに顔を向けたまま、高梨さんが落ち着いた声で言った。
隣に並ぶと少しだけ俺より背が低い。
俺の身長は百八十だったはずだが、縮んでいてももう驚かない。
今の俺はきっと、白いワンピースを着ていても許される見た目になっているんだろう。
それはたぶん、イケメンだ。きっとそうだ。そう思おう。
「これは私の結界というスキルです。いろんな種類があるので、私達に危害を加えようとしても無駄です。そこのオレンジ色の髪のあなたが、私達を召喚した魔道士ですか?」
「……そ、そうです」
すっかりこの場にいる全員が、高梨さんのペースに呑まれている。
幼さの残る少女が毅然と顔をあげ、役所の窓口に座るお姉ちゃんみたいに淡々と事務的な話し方をする様子には、一種の迫力があった。
しかも今、少し笑ったぞ。
「さっきから何度も、私達を鑑定しようとして失敗しているんですよね?」
「え?!」
「私も鑑定を持っているんです。たぶん宮村さんも持っていますよ」
ふたりの視線を受けて、一瞬きょどってしまった。
落ち着け自分。
若い女の子がこんなに頑張っているのに、年上の俺がこんなことでは情けない。
つかこの子、適応能力高いなおい。
「お、あった」
確かに俺のスキルボードにも、鑑定の文字がある。
この際だから取っておこう。
「なぜ、私達への鑑定が失敗するのかわかりますか?」
スキルの名前を目で追いながら、高梨さんと魔道士の会話に耳を傾ける。
「鑑定を妨害するスキルがあるんですか?」
「違います。あなたは自分のレベルを公表していますか?」
「していますよ」
「魔道士レベル四十五ですね。私達よりレベルがだいぶ下なので、鑑定してもはじかれるんだと思います」
異世界から人間ふたりも召喚した魔道士より、俺と高梨さんのレベルが上?!
まじかよ。
慌てて俺も鑑定を使ってみたら、魔道士のスキルボードが彼の顔の斜め前に出現した。
これが彼のスキルか。
「そんなはずはありません。レベルは五十までしかないんですから、鑑定が通らないなんておかしいですよ!」
「五十まで?」
高梨さんの話を聞いて、場が騒然となってしまっている。
あきらかに俺と高梨さんを見る周囲の目が変わっていた。
「そんなはずないです。私たちふたりとも五十より上のレベルですよ」
そうか。
高梨さんが落ち着いていられたのは、国王や周辺にいる人達をひととおり鑑定したからだったのか。
俺も急いでレベルと職業だけをざっと確認してみたら、なんと! レベル四十代は魔導士だけ。三十代もごく少数で、二十代がほとんどで十代もいるじゃないか。国王でさえレベル三十八だ。
ここにいる人達は貴族だから当たり前かもしれないが、戦闘スキルを持っている人は、ほとんどいなかった。
女性は刺繍やダンス、男性は仕事に関するスキルが目についた。
あとは社交とか礼儀作法とか、話術なんていうのもあった。
繰り返しやっていることや学んでいることがスキルになるのか。
じゃあ、レベルは?
そもそも職業としてのレベルなのか、総合的に判断されたレベルなのかもわからない。
壁際に並んでいる騎士を見てみると、剣のスキルを持っている者も槍のスキルを持っている者も、王国騎士団所属騎士という職業になっている。
先程私達を捕らえるように命じられた騎士がレベル三十四で、騎士の中では一番レベルが高かった。
その中で俺は五十七。高梨さんは六十四。
これぞチートってやつだな。
ゲームとは違い体力や魔力が数値化されているわけではないので、レベルによってどんな差が生まれるのかはわからない。
もしかするとレベル二十代の騎士に切られたくらいでは、かすり傷で済むなんてこともあったりするのかもしれないし、さすがに人間としての常識の範囲を逸脱はしないのかもしれない。
確かめてみないとわからないけど、ちょっと切ってみてくれという勇気はないな。
そうだ。
「あの、ちょっと確認させてください」
高梨さんの真似をして肩手を挙げて発言してからその場に片膝をつき、拳を軽く大理石の床に当ててみる。
コンコンと軽い音がするが、指にはたいして当たっているという感覚がない。
もう少し力を込めて叩いても、音が大きくなるだけで全く痛みがない。
ならばもう少し力を入れてみようと拳を振り下ろしたら、大理石が割れ、下地の部分まで腕がめり込んでしまった。
「な、なんだと!」
「あんな少女が石を割った?」
「何をしてるの?!」
高梨さんが慌てて飛んできて、俺の手を取って向きを変えながら眺めまわした。
「無傷?」
「痛みもなかった。レベルが高いせいだと思う」
「さっき盃が当たっても痛くなかったのは、身体が頑丈になっていたせいなの?」
「そうだね。でも自分でつねるのは、力も強くなっているから痛かった」
だからといって無双が出来るなんて思っていないぞ。
この世界の人間と敵対しては駄目だ。
「破壊してしまってすみません。まさかこんなに腕力が強くなってると思いませんでした」
国王を始めとして周囲の人達の顔色が悪くなっている。
大理石の床を拳で破壊するワンピース着たピンクの髪のオジサンって、化け物だよな。
「み、宮村さん」
「はい?」
「レベル四十五で異世界から聖女を召喚出来るなら、もっとレベルの高い私達なら、帰る方法を見つけられるかもしれないとは思いませんか?」
ゆっくりと立ち上がった高梨さんが、胸の前で拳を握り締めて真剣な声で言った。
「なるほど。その可能性はありますね」
「それに、私達のステータスボードの文字の形が違うのに気付いていますか?」
高梨さんは呆然と立っていたオレンジの髪の魔道士に近付き、自分のスキルボードを掲げてみせた。
いやあ、俺ってば全く頭が回っていないな。注意力も散漫になっている。
高梨さんに言われるまで気付いてなかったよ。
俺達のスキルボードだけ、日本語で書かれているじゃないか。
「ああ、本当ですね。私には読めない言語です」
高梨さんに近付こうとしてつま先が結界に当たった魔道士は、慌てて一歩下がり、手で結界の場所を確認しながらスキルボードを覗き込んだ。
「これは日本語の文字です。でも日本語訳が微妙におかしいんです。女神が私達をこの世界に呼んだのなら、もしかして今回ふたり呼ぶことを急に決めたのかもしれません」
ふと、周囲が静かなことに気付いて周りを見回すと、国王も魔道士も聖職者も、周囲にいる人達全員が息を潜めるようにして、高梨さんの話を聞いていた。
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